だれかに話したくなる本の話

栄光から挫折、そして再起へ “カリスマ美容師”は今

今から10年以上前に大ブームを巻き起こした“カリスマ美容師”たちを覚えているだろうか。90年代の終わりにテレビ番組をきっかけとして注目を集めたが、無免許問題などに揺れ、今ではほとんどその言葉を目にしなくなった。
 彼らは今、どうしているのだろうか。

 そのカリスマ美容師ブームの旗手の一人でサロン『STREET』のオーナーであった鈴木勝裕さんは、現在、美的感覚集団美髪堂株式会社の代表取締役として地元・埼玉県入間市を中心に複合サロン事業を展開。理美容と福祉を融合させた出張理美容サービスを提供しており、2006年には第2回渋沢栄一ベンチャードリーム賞で奨励賞を受賞した。
 『奇跡の美容室』(ダイヤモンド社/刊)には、鈴木さんが経営者として経験したカリスマ美容師ブームの本当の姿と、ブームが去ったあとの経営の実態、そして、国や役所と二人三脚で行う「経営革新計画」などについて触れられているので、その一部を紹介したい。

 鈴木さんは24歳のときに独立し、サロンを開店した。
 これは美容師としては異例の早さであったが、その裏にあったのは鈴木さんが持っていた経営者としての嗅覚の良さであり、徹底した数値管理によるものだった。
 地元・入間を中心に多店舗戦略を展開していた鈴木さんが目をつけたのが、ファッションの発信地だった原宿だ。これまでの経営でやってきたこととは違う、「新しい断面」を創り出すことができたら、経営というデザインはどう変わるのか。その挑戦地として選んだ原宿に鈴木さんは、1年半もの間実際に住み、店舗の土地を探して「STREET CORE」というサロンをオープン。
 そこに狙い通りやってきたのがテレビ番組だ。テレビスタッフは原宿の大御所カリスマ美容室に、埼玉県から進出してきた新進のカリスマ美容室が戦いを挑むという構図で取り上げ、鈴木さんたちは見事勝利を収めるのだ。

 その後、鈴木さんはカリスマ美容師の代表的存在としてメディア出演をこなし、それに伴いサロンの売上も上昇するが、栄枯盛衰、そのブームに翳りが見え始める。それを象徴する事件が、カリスマ美容師の中に無資格者がいることが発覚した事件だ。鈴木さんはそのときのメディアの報道姿勢を「それまでとは真逆の冷ややかなものだった」と回顧する。
 こうして事業は厳しい事態に陥る。特に原宿で展開していた6店舗の固定費が経営を圧迫。通常8%が理想とされる家賃比率が原宿では30%、全店舗では25%に達している状況となり、完全に固定費が利益を奪う構造となっていたのだ。そして、2002年においては、赤字が5%〜10%ほどになっていたという。

 時代の波に経営を任せた結果の赤字転落。
 ブームの盛衰から離れた鈴木さんは、もう一度、自分の事業と世の中の変化に真正面から向き合った。キーワードは「ゲリラ戦」「地域密着」「高齢化」、この3つだ。
 そこに、再び鈴木さんに追い風が吹く。新事業を進める上で大切なのが資金繰りだが、国や自治体が事業を支援する「経営革新法」(現在の「中小企業新事業活動促進法」)の存在を知るのだ。そうして生まれたのが、現在の事業の中でも注目を集める移動式福祉美容車両だ。

 赤字まみれの経営から再起を果たした鈴木さんが見ていたのは、「数字」だったという。経営の変化はすべて数字によってあらわれる。だからこそ、数字に興味を持つ。時代の波に流された一人のカリスマ美容室は原点に戻り、新しい時代の「経営」を始めたのだ。
 『奇跡の美容室』には、鈴木さんの経営に対する考え、そして彼が利用した国の経営支援策である「経営革新計画」の詳細がつづられている。かつてのカリスマ美容師は今、あの頃の華やかなフィールドとは別の、新しい舞台に立っているようだ。
(新刊JP編集部)