だれかに話したくなる本の話

高校生のときにはまった小説家は?――声優・井上喜久子さんインタビュー(2)

普段、作家や著者たちに話を聞いている新刊JPだが、今回は「朗読」にスポットをあてて、本を朗読している人にインタビューを試みた。声優、ナレーターをはじめ様々な人が登場することが予想される第一回は、「ああっ女神さまっ」ベルダンディー役や、「らんま1/2」天道かすみ役などで知られる声優の井上喜久子さん。
 井上さんは2012年に同じく声優の田中敦子さんとともに、東日本大震災の復興支援を目的とした朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」を立ち上げた。10人の女性作家によるオムニバス短編集『文芸あねもね』(新潮社/刊)の作品を人気声優たちが朗読するというもので、2人のほかに浅野真澄さん、大塚明夫さん、小野大輔さん、釘宮理恵さん、小山力也さん、ささきのぞみさん、佐藤聡美さん、杉田智和さん、たかはし智秋さん、田中理恵さん、浪川大輔さん、山寺宏一さんらが参加している(五十音順)。
 この朗読作品はオーディオブック配信サービス「FeBe」で有料配信され、その収益は全額震災の復興支援に寄付される(詳細はこちら)。
 今回はこの「文芸あねもねR」の話を中心に、井上さんの想いを聞いた。その後編をお伝えする。
(新刊JP編集部)

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■井上さんが高校時代にはまった意外な作家とは…!?

――この「文芸あねもねR」では、これまで『文芸あねもね』の中の6作品が配信されています。その中で井上さんの朗読を聞ける作品の一つが蛭田亜紗子さんの「川田伸子の少し特異なやりくち」ですが、これはかつて親友同士だった2人の女性のやりとりが非常に印象的な作品です。

井上喜久子さん(以下敬称略):「これは私に読ませてほしい!」ってお願いしたんです(笑)この『文芸あねもね』には10篇の作品が載っていて、バラエティに富んでいるんです。純文学作品から、かなり刺激的な作品もあり、子どもに読ませにくいものもあるのですが(笑)全てが面白い作品であるなかで…。

――この「川田伸子の少し特異なやりくち」が読みたい!と思った。

井上:そうなんですよ。この作品の主人公の川田伸子っていう人物が自分と重なる…というほどではないんですが、とても共感できたんですね。川田伸子を読むのは私!っていう直感で決めて(笑)

――川田伸子はもともと学生時代にコスプレにはまるなどオタク一直線の道を歩んで、大人になってもそこから抜け出せないでいるというキャラクターですよね。で、ラブホテルの従業員として働いている。このオーディオブックを聴いているとき、クライマックスの川田伸子のセリフには本当にゾクッとしました。これはぜひ聴いてほしい!

井上:そう言っていただけてすごく嬉しいです! ただ、セリフには自信があるのですが、地の読みのところで読み癖が出てしまったりしている部分があって…。だから、ここだけの話し、もう一度読みなおしたいという気持ちもあるんです。

――普段の声優のお仕事でもそういう風に思うことはあるのですか?

井上:それはありません。お仕事でもう一度録り直したいというのはプロとして言ってはいけないことだと思いますし、音響監督さんがOKを出しているのだから、そう言うことは失礼にもあたります。
でも、この企画は私たちで作り上げているものだから、ナレーションの部分は変えたいと思ってもいいのかなって(笑)たとえば音楽をつくって、もう一度アレンジし直したいという気持ちと同じかもしれません。

――主人公とかつての親友のルビィちゃんとのやりとりはじわっときました。

井上:この作品では、ルビィちゃんの役をたかはし智秋ちゃんが読んでくれたのですが、このキャスティングを考えているときから智秋ちゃんしか考えられなくて、お願いをしたらOKをもらえて…非常にありがたかったです。

――井上さんは本がお好きだったのですか?

井上:大好きでした。中学時代から色々と本を読み始めて、高校時代には完全に読書にハマっていましたね(笑)こう、制服のポケットに文庫本を入れておいたりして。

――中学校の国語の教員の免許もお持ちなんですよね。

井上:そうなんですよ。でも、教育実習で挫折してしまって(笑)私が授業をしていたら後ろの方で男の子たちがバドミントンをしていて、私、注意できなかったんですね。嫌われたくないと思ってしまって。でも、先生は叱ることも仕事だし、それが愛情だから、叱らないといけないんだけど、私にはできない!って思ったんです。

――学生の頃に読まれていた本で特に印象に残っている作家や作品はありますか?

井上:えーっと…三島由紀夫です。もともとは中学生のときに星新一の作品を教科書で読んで、「すごく面白い!」と思って本屋さんでショートショートを買ったのが、読書にハマるきっかけでした。その後、『どくとるマンボウ』シリーズの北杜夫さんも教科書を通して好きになりました。

――三島由紀夫にハマったきっかけは?

井上:高校生になって、本屋さんに行ったときに三島由紀夫のコーナーがあったんです。たくさん本が並んでいる中で、まずは一番ページの細いものを読んでみようと思って手にとったのが『仮面の告白』で、もうすごい衝撃でした。それまで幸せに育ってきた少女が毒を知ってしまったという感じで。

――まったく触れたことのない世界を知ってしまった。

井上:そうそう!その世界をのぞいてしまったという感じです(笑)その頃、太宰治も読みはじめたのですが、同じような衝撃を受けました。

――太宰治の作品でお気に入りのものはなんですか? 「女生徒」のような作品もありますが…。

井上:そっちではないんです(笑)「斜陽」や「人間失格」のような暗めの作品が好きで。言葉そのものにインパクトがありますよね。
また、こうした作品を読みつつも、宮本輝さんの小説もすごく読んでいました。ドラマから入って。

――本が大好きな井上さんなんですが、声優を目指されたのはどうしてなんですか?

井上:声優という職業を意識したのは子どもの頃です。テレビの中から私の大好きな声が聞こえてきて、その人の声が聞こえるたびに反応していたんです(笑)でも、そのときは誰の声なのか分からなくて、アニメを見ては「あの人の声だ!」って思っていました。

――それは誰の声だったのでしょうか。

井上:増山江威子さんです。増山さんは当時も今も憧れの声優さんですね。ヒロイン役だけでなく、ちょっとした役でもその声を聞くだけで増山さんって分かっちゃうんですよ。だから、テレビを見ている人が声を聞いて「あっ、井上だ」って思ってもらえるような声優になりたいというのは、今でも思っていることです。

――では、最後に「文芸あねもねR」の活動についてまたお話をうかがいたいと思います。山本文緒さんが『文芸あねもね』の「あとがき」で「何事もやり始めることは簡単でやり切ることは困難です」と書かれていましたけれど、井上さんにはこの活動の「やり切った」形は見えていますか?

井上:まずは全作品を録音して、音声に残すこと。そして、いろんな人に聞いていただけること。今は「FeBe」さんの方でオーディオブックという形で流してもらっていますが、子どもからご老人まで聞けるように、CD化も進めています。誰もが聞けるような形にできたらいいなと思っています。
ただ、それは進むべき方向であって、終着駅はないのかもしれませんね。継続することが大切で、どこかで誰かにこの活動のバトンを渡したりすることもあるのかもしれませんが、どんどん輪が広がっていけばいいなと思います。
だから、『文芸あねもね』という本を読んでほしいですし、音声も聞いてほしいです。そして、できるならばご家族やお友達、ご近所さんにもお勧めいただけたら嬉しいです。それがチャリティーの輪として広がっていくところにつながっていくと思います。

(了)

■井上喜久子さんプロフィール
声優。神奈川県出身。
現在のレギュラー番組は「リゾーリ&アイルズ」(モーラ・アイルズ役)、「宇宙戦艦ヤマト2199」(スターシァ役)、テレビ東京「しまじろうヘソカ」(しまじろうの母役)、「FAIRY TAIL」(ミネルバ役)、「ハンター×ハンター」(パーム役)、「ガイストクラッシャー」(白銀ひのこ役)、文化放送超!A&G「It’s a voiceful world」。

■朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」について
・公式ブログ(文化放送ウェブサイト内) http://www.joqr.co.jp/anemone-r/
・ダウンロードページ(有料/オーディオブック配信サービス「FeBe」)
http://www.febe.jp/feature/466