だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『夜の光に追われて 』津島 佑子著

提供: 本が好き!

『津島佑子コレクション』第2巻は、まるまる1冊、1987年に発表され、第38回読売文学賞を受賞した『夜の光に追われて』に当てられている。

語り手である「私」は作家で、既婚男性との間に男の子どもをもうけたが、その子は9歳で突然亡くなってしまったため、その死を悼み、孤独と喪失感にさいなまれている。
そんな「私」が千年の昔に書かれた『夜の寝覚め』の作者に宛てて手紙を書くことから物語は始まる。

届くはずのない相手に宛てた手紙には、「私」が置かれている境遇や、「私」がなぜ『夜の寝覚め』にこだわるのかなどが綴られていくのだが、そうした手紙を挟みながら、津島佑子版『夜の目覚め』が物語られていく。

『夜の寝覚め』は平安末期のころに書かれた物語で、作者は未詳とされているが、『更級日記』や『浜松中納言物語』を書いた菅原孝標女だとする説もある。
原典は完全な形では存在せず、中間と末尾に大きな欠落部分を持っているのだが、津島はこれをただ単に現代語に置き換えたわけではなく、現存する原典の物語性と原典が持つ細やかな心理描写をいかしつつ、欠落部分を大胆に補って津島らしい物語を創りあげているように思われる。

互いにそれと知らないまま、姉の夫に言い寄られ、望まない妊娠をしてしまった主人公は、仲の良かった姉と袂をわかつことになり苦悩する。人知れず出産するも我が子とは生き別れになり、そうしたあれこれを隠したまま、周囲の決めた年の離れた相手の後添いとなるのだが、常に受動的に生きてきた姫君も様々な苦悩を経て次第に現実に目覚めて成長していく。同時に彼女に常に寄り添う乳母の存在も印象的だ。
女として、母として、人として苦しみ、寝覚めては苦悩に陥る女たちの様子が綴られるそれは、読み応え十分。
そうした千年前の物語の姫君の苦しみに、その作者に手紙を書いている「私」の苦しみを一体化させる手腕は見事しか言いようがないと感嘆していたはずが、やがては我が子を失うどころか出産の経験すらない読者である私自身の様々な思いまでもが物語の中に巻き込まれていってしまう。

人間があまりに救われない、筋も通らない生を過ごさなければならない存在だから、せめて架空の話を夢見ておきたい、という願いから、人間は今までに数えきれないほどの物語を紡いできたのかしら。こんな風に思っていたこともありました。でもこの頃は、そんな消極的なことではなかった、と思うようになっています。

『夜の目覚め』の作者に宛てた手紙の中で、「私」が綴る言葉は印象的だ。

作家が物語の書く意味を自らに問い続けるように、読者もまた読むことの意味を問い続けている。

(レビュー:かもめ通信

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本が好き!
『夜の光に追われて 』

夜の光に追われて

なにが本当の喜びなのだろう?あなたはなぜ書いたのか、一人で子を成す孤独を。あなたも知っていたのか、子を奪われる苦しみを。千年の時を超え、平安時代の王朝物語「夜の寝覚」の作者とともに、人間の幸福の意味を問いかける名著。

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