だれかに話したくなる本の話

『大家さんと僕』が大ヒットのカラテカ・矢部 その意外な読書歴とは?

出版業界の最重要人物にフォーカスする**『ベストセラーズインタビュー』**。
第94回の今回は、各方面から絶賛の声があがっているコミックエッセイ『大家さんと僕』(新潮社刊)で話題を呼んでいる矢部太郎さんの登場です。

矢部さんといえば、1997年高校時代の友人である入江慎也さんとお笑いコンビ「カラテカ」を結成。日本テレビ系「進ぬ!電波少年」をはじめ、バラエティ番組などを中心に活躍されてきました。

そんな矢部さんが今回書き上げたのは、88歳になる大家さんとの日常を描いたマンガ。家族でも恋人でも友達でもない、「大家と入居者」の関係なのに、お茶をしたり、電話したり、一緒に鹿児島旅行をしたり。のんびり、ほっこりしつつ、ちょっと可笑しな毎日が、柔らかな絵柄で書かれています。

矢部さんが驚いた大家さんのエピソード、2人の関係の強さをうかがわせるお話、そして矢部さん自身の読書歴まで、幅広くお話をうかがいました。

前編に引き続き、後編をお届けします。【前編はこちらから

(インタビュー:ASUKA、金井元貴、記事・撮影:金井元貴)

■ハロウィーンのコスプレ、大家さんのオススメは「広瀬中佐」

――お話をお聞きしていると、大家さんはかなり知識が豊富そうですね。

矢部:大家さんの話している内容の9割は知らないことなんです。だから、その場で検索して調べることもしばしばあります。

あ、そういえば毎年ハロウィーンに、天野会というキャイーンの天野ひろゆきさんの家にタレントさんが集まってコスプレパーティーをする会に参加しているんですが、それぞれコスプレをしないといけないんですね。それで何をしようか迷って、大家さんに相談にしたら「日露戦争で活躍して軍神と呼ばれた広瀬武夫中佐はいかがですか」と言われて、「誰ですか、それ」って。

――しかも、ハロウィーンですからね。

矢部:ハロウィーンの説明もちゃんとしたんですけど、大家さんは広瀬中佐を薦めてきましたね。困って、もう一個あげてくださいとお願いしたら「瀧廉太郎さんはいかがですか」と。

――なるほど(笑)。一応皆知っている人物ですしね。

矢部:そうそう。それならウケるかもと思って、瀧廉太郎のコスプレで行ってみたらものすごい空気になりました。申し訳なく思っています。まだ広瀬中佐の方がウケたのかもしれない…。

でも、そのときに初めて広瀬中佐を知って勉強をして。僕がスマホで検索して調べていると、大家さんが「それ良いわね」って言ってくるんです。大家さんが若い頃はスマホもパソコンもないから、知りたいことがあったら本屋で本を注文して、もしそれでもなければ日比谷の図書館に行って調べさせてもらっていたそうです。
当時女子は図書館に入れてもらなかったようで、なんとかお願いをして入れてもらい、調べ物をしていたという話も聞いて驚きましたね。そういう感動は多いです。

――ネット上にはないような知識がたくさん大家さんの頭の中にあるんでしょうね。

矢部:日常レベルの話はとても興味深いです。マンガに書いたことだと、住んでいる街には昔ホタルがいたとか、戦前はうどん屋にしか電話がなくて、わざわざ電話をするためにうどん屋に通っていたとか。自分が普段見ている街が書き換えられていく感じがします。

――大家さんとは本の貸し借りもしていらっしゃるようですが、矢部さんが貸してもらった本で印象的な一冊をあげるとするとなんですか?

矢部:有島武郎の『或る女』を貸していただいた時に、「私、こういう女になりたかったの」っておっしゃられていたことが印象的でした。ただ、僕にはかなり読みづらくて、パラパラめくった程度でまだちゃんと読めていないんです。

でも、これは僕の想像の話なんですけど、奔放な当時としては新しい女性を描いた作品ですよね。大家さん自身、両親が厳しくて好きな人がいても自分から告白するような時代ではなかったという話をするので、そんな大家さんが憧れるような女性が書かれているんだろうな、と。これを読めば大家さんのことがもっと分かるんだろうなと思います。

あとは村上春樹さんの『1Q84』ももらいました。

――最近というほどではないですが、近年の作品もちゃんと読まれているんですね。

矢部:そうなんですよ。芥川賞を受賞した作品は全部買って読まれていますね。

――本の中に出てきた、感想を言いにくい「ハレンチな本」って何ですか?

矢部:あれは『1Q84』か、田中慎弥さんの『共喰い』だったと思います。結構ハレンチな描写が出てくるので、僕も困ってしまって(笑)。

――感想を言い合ったりするんですね。

矢部:そうです。だから、本の話はよくしますね。最近、大家さんはノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんを読み始めています。

――かなり感度が高いですね。

矢部:大家さんから「どの作品がお薦め?」と聞かれて、僕は読んだことがなかったのですぐに担当編集さんに相談しました。そして、さも僕はすでに読んでいるかのようにお薦めをして(笑)。『わたしを離さないで』から読んでいます。

■少年はやっぱり冒険好き! 矢部太郎の読書

――では、矢部さんが影響を受けた本を3冊、ピックアップしていただけますか?

矢部:これは激ムズの質問ですね。なんでしょうか…。読み込んだ本を挙げていってもいいですか?

まず、小さな頃に好きだったのが『少年王者』という山川惣治さんが書かれた絵物語でした。これは戦後まもなくに出た本なのですが、ちょうど僕が子どもの頃に角川書店が同じ山川さんの『少年ケニア』という物語を映画化して、復刊フェアをやっていたんです。
僕は『少年王者』全10巻と『少年ケニア』全20巻を毎月1冊ずつ買っていたんですけど、自分的には『少年王者』のほうが好きで、絵が黒と赤の2色刷りだったんです。クオリティもすごく高くて、引き込まれるように読んでいましたね。
『少年王者』ってすごく変な話で、ようはターザンの日本版なんですけど、アメンホテップっていう怪人が出てきたり、ゴリラの絵がやたらリアルだったり、全てが魅力的でした。「電波少年」でアフリカに行ったときも、『少年王者』のことを思い出しましたね。

それに、子どもの頃よく読んだ本で石川球太さんの 『冒険手帳』もめちゃくちゃ好きでした。これもイラストメインの本で、キャンプで雨が降らない時に飲み水をつくり出す方法とか書かれていて。

――サバイバルガイドみたいな。

矢部:まさにそうです。蛇の捕まえ方とか食べ方とか。鳩は酔っ払わせて捕まえるとか。別に僕、冒険好きでもなんでもないんですけど、大好きでしたね。

あとは、マンガですけど白土三平さんの『カムイ伝』も好きでした。あの作品も冒険の要素が入っているので、そういうのが好きなんだと思います。やっぱり男の子は冒険好きというか。

――今も冒険モノはよく読まれるんですか?

矢部:全然読まないです(笑)。最近は今村夏子さんの小説が好きで、先日紀伊國屋書店新宿本店さんで今村さんが影響を受けた本を展開する『今村夏子さんの「大切な本」』というフェアをやっていて、買って読んでしまいましたね。

あとはトマス・ピンチョンを結構読みました。ポストモダンが大好きな友達に薦められて、『V.』、『LAヴァイス』、あとは『競売ナンバー49の叫び』も面白かったです。もともと理系っぽい作品が結構好きで、中学の頃は安部公房さんにハマりましたし、今だと円城塔さんをよく読んでいます。

――『少年王者』からピンチョンまで、矢部さんの読書の幅広さと深さに驚きました。ありがとうございます! では、矢部さんの『大家さんと僕』をどのような方に読んでほしいですか?

矢部:実は先輩とか友達とか、読んでほしい人には全員読まれてしまったので…。なので、どうしよう。本当に本が好きな方に読んでほしいです。そういう人から感想をいただけるとすごく嬉しいですね。

この『大家さんと僕』は妥協なく自分が良いと思うものを書けた自信があって、内容の面白い、つまらないの責任は全部僕にあると思っています。初めて僕が全責任を負ってOKを出した作品なので、本当に本が好きな方に読んでもらえるとありがたいです。

――大家さんも本好きですが、この『大家さんと僕』についてはどんな感想が届きましたか?

矢部:読みながら、「私こんなこと言ったかしら?」とか言ってましたけど…。でも、大家さんの中でこの本の一番いい部分は帯の著名人のコメントらしいです。ここが一番感動したと言っていました(笑)。

――本の中の部分ではないので、ちょっと作者としては残念ではないですか(笑)?

矢部:いえいえ、そんなことないです。僕に向けて書かれているコメントだから嬉しいと思ったのかな、と。それと同時に、これらは大家さんに向けてのコメントでもありますからね。

(了)

■取材後記

物件をネットで調べて、そこに住むことを想像するのはよくありますが、大家さんが下に住んでいる環境は想像したことはなく、読む前からもとても興味がそそられました。
実際読んでみて、大家さんとの友人のような家族のような不思議な関係性が羨ましく素敵に思えて仕方なかったのですが、今回インタビューさせていだだき、お答えしてくださる矢部さんがとても丁寧で優しく、この雰囲気が上品な大家さんと仲良くなれた要因なのかなと思いました。そしてお互いにとって大切な存在であるのを感じとても暖かい気持ちになりました。
今もこの家に住まれているとのことだったので、まだまだお二人の素敵な世界を堪能したく次回作が出ることを切望してやみません。(ASUKA)

■矢部太郎さんプロフィール

1977年生まれ。お笑いコンビ・カラテカのボケ担当。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。父親は絵本作家のやべみつのり。『大家さんと僕』は初めて描いた漫画。2017年10月現在も大家さんの家の二階に住んでいる。(新潮社ホームページより引用)

大家さんと僕

大家さんと僕

大切な人をもっと大切にしたくなる、泣き笑い、奇跡の実話漫画!

この記事のライター

ASUKA

ASUKA

ダンサー、振付師

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