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戦後日本の異様な対米従属の「正体」とは? 『国体論』白井聡さんに聞く(1)

戦前の「国体」が天皇制を指すならば、戦後の「国体」は対米従属である――そんな衝撃的な主張をする、『国体論 菊と星条旗』(集英社刊)が話題となっている。政治学者・白井聡さんは、本書において、戦前と戦後の「国体の歴史」を比較しながら、今の日本の危機的な状況を分析する。戦前の悲劇のような破局に、戦後の国体は日本を導いていくのか? 白井さんにお話をうかがった。

(聞き手・文:金井元貴)

■「歴史は二度繰り返す」…戦前と戦後は「反復」している

――本書のテーマである「国体」という問題設定の経緯からお聞かせ下さい。

白井:日本は世界に類を見ないようなやり方でアメリカに依存し、従属しています。対米従属をしている国は世界中いくらでもありますが、日本は特殊である。従属しているのにしていないと思っているところがある。つまり、従属の事実を否認しているわけです。

それはなぜかと考えたときに、天皇制にその根源があるのではないかというところに行き着きます。『永続敗戦論』を書いている過程でそのことに気づき始め、『永続敗戦論』を出版した後も様々な人と議論をする中で、その確信が深まりました。

ですから、「国体」という言葉は死語になっていますが、実は戦後もずっと生き続けています。しかしもちろん、それはファナティックな天皇崇拝を強要した戦前のいわゆる国体と、全く同じものではない。なぜなら、それは敗戦を契機に、アメリカの手で再編成され、しかも、その後も常にアメリカが一枚噛んでいるという形で継続してきたわけです。だから、「戦後の国体」を考える際に、アメリカという要素は絶対に欠かせません。

そんなことを考えてきましたから、ここで一度、「国体の歴史」としての日本近代史をまとめないといけないと思ったんですね。

――冒頭に戦前と戦後の年表が対比される形で掲載されています。近代前半(戦前)の「国体」は天皇が中心であったことに対して、近代後半(戦後)の「国体」はアメリカが一枚噛んでいる、と。ただ、戦後の歴史の流れは戦前の歴史を反復しています。これは必然的なものなのでしょうか。

白井:ある意味で必然でしょうね。マルクスは「ヘーゲルはどこかで述べている。『歴史は繰り返す』と。『一度目は悲劇として、二度目は茶番として』」という有名な言葉を残していますし、ヘーゲル自身も歴史的な大事件や偉大な人物は二度やってくると『歴史哲学講義』の中で言っています。

では、なぜ二度起こるのか。それは、一度では納得ができないからです。出来事の影響が大きければ大きいほど、認知的不協和が高まりますから、当事者たちはなかったことにしたくなる。「あんなことが起こったのは偶然だ」と思い込みたくなる。

でも、大きな出来事というのは構造的必然性があって起きています。だから、一度やり過ごしたところで、もう一度起こってしまう。マルクスに言わせれば、「一度目で理解しろよ」という話なんでしょうけど、残念ながらみんなマルクスほど頭が良くはないので、繰り返されてしまう。

そう考えたときに、「国体」の歴史も同じように反復しているんです。第二次世界大戦で一度崩壊したけれど、日本人はその失敗に納得できていなかった。敗戦国の歩みについて、よくドイツと日本の比較が批判的な文脈で引き合いに出されますが、決定的な違いは「ドイツは二度、戦争に負けている」というところです。ドイツは第一次世界大戦でも敗北していますよね。これが日本との最も根本的な違いで、日本の国体はまだ一度しか崩壊していない。だから日本人は「国体」と決別できないのだと思います。

――それは第二次世界大戦が正しく検証されないまま、今に至っているということの裏返しということでしょうか。つまり自浄作用が働いていない。

白井:そうです。まさに安倍政権が、自浄作用の働いていないことのシンボルですよね。さすがに最近の動向で安倍政権の終わりも見えたように思えますが、それは相対的な問題で、安倍政権を長期・本格政権化せしめている日本社会の悲惨さのほうがよほど問題でしょう。

ちなみに、反復といえば、安倍晋三氏の首相登板は二度目です。こんな人が首相になってしまうのは、一度きりなら偶々だったと言えますが、こうして長期本格政権になったわけで、必然なのでしょう。悲惨な社会には悲惨な首相がお似合いです。ついでに、安倍氏は自らを岸信介の再来と見なしていますから、これも反復です。マルクスの言った「二度目は茶番」の典型例ですね。

さらに希望が持てないのは、若い人たちの意識です。若年世代になればなるほど、安倍政権および自民党への支持が強い傾向がはっきり出ている。なんでこういうことになるのか、私は大学で教えていますから、実感としてわかりますよ。社会的無関心が極限まできていますから。「いや、しっかり考えている若者もいるぞ」という見方もあるでしょうが、それは例外なんです。「社会なんてものは存在しない」というマーガレット・サッチャーの言葉がありますが、それを地で行く状況が生まれています。「社会」の存在を認識することは苦痛でしかなく、損するだけ。そんな平成の世相をつくったのは年長世代だし、「国体」というシステムの「成果」でもあります。

■高度経済成長後の日本に見える異様な対米従属の「正体」

――確かに年表を見ると、戦後日本は戦前と似た道を辿っていることが分かります。80年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は、「アメリカなき日本」の象徴ともいえるものですが、それが戦前の「アジア唯一の一等国への成長」と「大正デモクラシー」における「天皇なき国民」時代と重なります。

白井:70年代から80年代にかけて、日本では「アメリカに占領されている国」という現実が不可視化されていきました。

そうなった要因は複数ありますが、ここでは経済を挙げましょう。1971年のニクソン・ショックあたりから、アメリカ経済の衰退と日本の経済の堅調な成長の対比が鮮やかになり、日米貿易摩擦が激化してきます。そして1979年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(エズラ・ボーゲル著)という本が出版されるわけですね。

――そこが「アメリカに追いつけ追い越せ」でやってきた戦後日本の到達点だった。

白井:そうです。そして、あたかも「アメリカなき日本」が成立しているかのような空気が醸成されます。戦後日本の達成が最も過大評価を受けていた時代ですね。それは、明治維新以後、欧米列強に伍そうと急速な近代化を進め、日露戦争での勝利によって一定の到達点に達したことで大正デモクラシーが花開いた時代と共通しています。

――その後に続くのが「国体の崩壊期」です。戦前であれば「国民の天皇」、戦後であれば「日本のアメリカ」ですね。

白井:まずは戦前の話をしましょう。明治時代、大日本帝国憲法によって天皇は日本を主宰する存在になります。つまり、日本の国土の住人は「天皇の国民」として再定義されたわけです。

大正デモクラシーに代表される「天皇なき国民」の時代が終わって台頭したファシズム思想は、その定義の反転を試みます。「国民の天皇」になるわけですね。北一輝の『日本改造法案大綱』(1923年)には、冒頭に「国民の天皇」という項目が出てきています。

そして、北一輝の思想に影響を受けた陸軍青年将校たちが、二・二六事件を起こします。その時、青年将校たちは天皇への熱烈な忠義を動機として行動を起こしたのですが、昭和天皇は彼らに激怒します。まさにそこに戦前の国体の限界が現れたと言えます。天皇のあずかり知らないところで国民が「道義」を打ちたてて、それに基づいて行動する可能性を示してしまったことに、天皇が激怒した。やはり、「国民の天皇」という観念は一個の不条理だった。

―― 一方で、現代の日本は「偉大であるアメリカを自分たちが支えている」と、アメリカのあずかり知らないところで考えている。

白井:今の日本はまさにそういう妄想をしてしまっていると思います。現に衰退していくアメリカを日本が支えきた側面があります。「アメリカの日本」という戦後の対米従属路線は、そもそも国家の復興の手段であったはずなのに、今は自己目的化した対米従属になっています。この不条理を覆い隠すためには、「日本のアメリカ」というこれまた不条理な観念を暗に持たねばならなくなる。

例えば国際舞台での核兵器廃絶に関する日本政府の動きに、この観念は現れています。ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)がノーベル平和賞を受賞しても日本政府は無視ですよね。国是としての反核という建前に矛盾するスタンスは最近とみにはっきりしてきていて、国際的な提案が出るたびに「反対」という立場を打ち出しています。なぜならそれはアメリカが核軍縮に反対しているから。

このスタンスは、おそらく「アメリカの核兵器は日本の核兵器である」と無意識に考えているからだと思います。アメリカが「日本のアメリカ」であるとするならば、アメリカの核兵器は「《日本のアメリカ》の核兵器」である、と。

後編に続く

■白井聡さんプロフィール

1977年、東京都生まれ。政治学者。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。専門は政治学・社会思想。京都精華大学人文学部専任講師。『永続敗戦論―戦後日本の核心』(太田出版)で、石橋湛山賞、角川財団学芸賞受賞、いける本大賞を受賞。

国体論 菊と星条旗

国体論 菊と星条旗

誰も書かなかった、日本の深層。

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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