だれかに話したくなる本の話

無茶を押し付ける営業部門とデジタル化を推進する開発部門 そのギャップをどう埋めた?

古からある価値観と新しい価値観はいつでも対立し合うものだ。

それはビジネスの現場でもまったく同じ。その代表的な例が営業部門と開発部門である。
「対面」というこれまでスタンダードとされてきたコミュニケーションに対して、近年デジタルツールを使った「新しい」コミュニケーションが普及してきた。

そこで起こるのが深刻なコミュニケーションギャップであり、部門間の軋轢である。

■創業11年のIT企業で顕在化する部門間の「ギャップ」

大手広告代理店出身の社長が11年前に独立し、創業した大島テクノロジーズ(仮名)はメディア事業とWEB事業で業績を伸ばし、現在は社員数120名。うち半数は開発エンジニアというIT企業だ。

そんな会社の中で顕在化しているのが、比較的ベテランが多い営業部門と、若手中心の開発部門の対立である。
営業部門は数字こそ全て。数字に対する情熱は凄まじいが、受注後の仕事が煩雑になりがちで、他部門から不満の声が上がっている。また、営業部門の方も不満を膨らませている。開発部門を中心に導入が進む新しいデジタルツールにベテランがついていけず、対面でのコミュニケーションの少なさにいら立ちを覚えているのだ。

では、大島テクノロジーズはこの課題をどのように解決していったのか。

ここで営業部門と開発部門の軋轢の原因は、大きく2つの問題がある。
1つ目はコミュニケーションの取り方の齟齬だ。営業は対面で、開発はデジタルでのコミュニケーションを求めるが、その間でコンセンサスが取れていない。
2つ目はクライアントの意向に沿おうと無理な要望に応えようとする営業部門に、開発部門が「無茶を押し付けられている」と不満を抱いていることである。このせいで開発部門は生産性が上がらず、新人教育も進まないことから離職率も高い。業務量の見直しをしなければ、改善は見通せない状態だ。

この2つの大きな問題を解決すべく、動いたのが社長である。

■コミュニケーションは「働く環境」を一気に変えることで変化が始まった

組織変革コンサルタントのアドバイスをもとに、社長は下記の2つのフェーズをクリアしていくことで問題からの脱却を図ろうとした。

フェーズ1:コミュニケーションを変える
フェーズ2:標準化した業務フローを組織に根付かせる

1つ目のフェーズである「コミュニケーションを変える」。これはまずオフィスの環境改革から始まった。

手をつけたのは、部門ごとに分かれていた執務スペース。これを、コミュニケーションを取りながら仕事を進める「コミュニケーションゾーン」、作業に集中したいときの「集中ゾーン」と機能別にゾーン分けし、部門ごとの垣根をなくした。
また、打ち合わせがしやすいように大小さまざまな打ち合わせスペースを設置し、すべての打ち合わせを1時間以内で収めるようにルール化。さらに、簡単な確認事項やタイムリーな報告・連絡・相談はすべてチャットでするように通達した。

もちろん、最初は営業部門からは不満の声が上がったが、営業部長の三浦(仮名・42歳)がそれをなだめながらルールを守るように根気強く伝えていった。

もう一つルール化したのが、時間の使い方だ。クライアントの要望になんとか応えたい営業部門としては、コミュニケーションを拒まれては困る。そこで、「90分-30分ルール制」という制度を導入した。
これは、90分間の「集中タイム」と30分間の「コミュニケーションタイム」を交互に設定し、集中タイム中は原則としてお互いに話しかけず、業務に集中するというものだ。

その結果、営業部門からは「コミュニケーションタイムがあることで、開発部門に話しかけやすくなった」という声があがり、一方で開発部門からは集中できる時間が確保されたため作業効率が上がったという声が聞かれた。

■開発部門のリーダーもクライアントの打ち合わせに出席

続いてのフェーズは**「標準化した業務フローを組織に根付かせる」**である。
目的は、これまでバラバラだった仕事の進め方を標準化し、生産性の向上を図るというもの。これには「忙しい中でそれはやりたくない」という開発部門からの反発があったが、社長のトップダウンで乗り切った。

業務フローの再設計によって、無駄の洗い出しや業務の工数の標準化はある程度できたが、それでも一つ一つで求められるスペックやこだわりは変わる。また、工数を少なく見積もる傾向は消すことができなかった。
そこで社長は「ディレクター制度」を導入し、営業担当と開発担当の橋渡しとなる人を新たに置いた。ディレクターには開発部門のリーダークラスを数名任命、人員不足が懸念されたが、採用強化などで対応することになった。

ディレクターは営業とクライアントの打ち合わせにも出席し、できることやできないことのコントロールがしやすくなる。最初は開発が打ち合わせに同席することに対して反発があったが、次第に「そちらのほうがコントロールしやすくなる」と定着していった。
こうして無駄を省き、生産性の向上や業務量の圧縮を達成することができた。

 ◇

このエピソードは『モンスター組織 ~停滞・混沌・沈没…8つの復活ストーリー』(リブ・コンサルティング著、権田和士監修、実業之日本社刊)の中に出てくる8つの組織変革の事例の1つである。

このエピソードのまとめで語られていることは、非常に重要な示唆に富んでいる。

大島テクノロジーズの抱える問題点は、一見すると、デジタル世代である開発部門とアナログ世代である営業部門のコミュニケーションギャップや、部門間の意思疎通が円滑ではない縦割り風土が問題であると見られがちである。もちろんコミュニケーションギャップの溝を埋めることは大事だが、それと同時に、コミュニケーションギャップを生んでいる真の要因にも目を向け、そこに手を打たなければ、本当の解決には至らない。(p.67より)

表面的な問題だけを掬って手を打ったとしても、本質的な解決に結びつくことは難しい。大島テクノロジーズの場合は、まずはオフィスの環境を抜本的に変えたことが大きかった。結果、行動が変わり、そして意識が変わっていったのである。

本書には他にもさまざまな混乱に陥っている組織の事例が紹介されている。
成長を優先しすぎる経営者、責任と権限の不一致が起こしている組織、業績目標第一主義でパワハラが横行する会社など、「あるある」が満載なのだ。では、一体そこからどのように抜け出すか。ぜひ本書を読んで参考にしたい。

(新刊JP編集部)

モンスター組織 停滞・混沌・沈没…8つの復活ストーリー

モンスター組織 停滞・混沌・沈没…8つの復活ストーリー

組織変革に必要なのは「犯人探し」でなく、「組織メカニズムを正す」こと。

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