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『「数」の日本史―われわれは数とどう付き合ってきたか』伊達宗行著【「本が好き!」レビュー】

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日本人が「数」とどのように付き合ってきたかを軸に語る日本史。
なかなかおもしろい。

著者は物性物理学が専門で、数学の専門家でも歴史の専門家でもない。
だが、「数」という観点から日本史をたどる本が意外に少ないことに気づく。「数」の扱い方は、文明・文化の尺度であり、普遍的なことであるにも関わらず、である。これはおそらく分野間の断絶によるものだろう。歴史の専門家が数学に興味を持つことは少なく、科学史の専門家は各々専門の枠内で論じる。専門に特化した状態からはなかなかこうした視点は生まれてこないということなのだろう。

章に分け、時代ごとに見ていく。
まずは縄文時代から。近年わかってきたことによると、この頃には十二進数が使われていた可能性があるという。古代数詞は「ひい、ふう、みい」であったが、これは日本語の成立とも大きく関連するようだ。
その後、大陸数分化が流入し、「いち、に、さん」の現代数詞が生まれ、律令国家を支えるようになる。
平安時代は、算学や暦法が軽視されがちであり、数にとっては受難の時代であった。しかし庶民レベルでは数への興味が育ちつつあり、それが花開くのが江戸時代である。
「塵劫記」などの算術教科書が人気を集め、やがて和算が大きな発展を遂げる。
大きな転換点となったのが、明治維新。洋算が入ってきて、和算は駆逐されていく。激動の時代は、初等数教育の変遷にも表れる。
戦後の教科書はどう変わったかにも触れ、最後は近年の理数科離れにも触れる構成である。

本書のハイライトはやはり、「塵劫記」の人気ぶり、そして和算の奥深さだろうか。
「塵劫記」の作者は吉田光由(1598-1672)で、京都の大商人・知識人であった角倉一族の出身であった。父が医者であったこともあり、幼少時から多くの漢書に触れる機会があった。輸入書の中に算法の本もあり、ほぼ独学でこれを読み、身につける。角倉一族が請け負う土木工事からも算学の知識を得ていたようだ。
光由は一般的な算学の本を構想し、5年をかけて、1627年に全18巻の算書を書き上げる。
塵劫とは悠久の時間を指す。書名をつけるよう頼まれた天竜寺の玄光師が、長い時間の後も価値の変わらぬ書として名付けたものである。
命数法や単位、九九や面積の求め方といった算術の基礎から、日常生活に必要な算術までがまとめられる。鼠算や継子立といった算数パズルのようなものも含む。これが庶民に大うけした。
版が重ねられ、偽書も出回り、構成も変化しと、変遷を遂げながら、実に300年以上も読み継がれたという。
後の和算家のほとんども愛読したであろうという化け物ロングセラーである。

和算の興隆には、「塵劫記」の人気からもうかがえるような、庶民レベルでの算術の醸成に加えて、中国の天元術やキリシタン経由の西洋数学の流入が背景にあったようだ。だが特に、キリシタン関連の文化の流れには不明な点も多い。
和算の巨人といえば関孝和(1642?-1708)である。点竄術(てんざんじゅつ)と呼ばれる代数の計算法を生み出し、高等和算の基礎を築いた。また、円に内接する多角形の手法で、円周率を11桁まで正しく求めたことでも知られる。
和算の表現は独特で、今日の数学とはかなり異なる推論や感性が伴うため、解釈の難しいところも多いようだが、現代の群論や整数論に関係するようなテーマも取り組まれていたようである。

独自の発展を遂げていた和算だが、明治維新をもって、歴史の表舞台からは姿を消すことになる。教育の場で用いられるのはもっぱら西洋数学になっていく。
著者は最後に、理数科離れについて嘆き、警鐘を鳴らす。本書の初版は2007年で「円周率を3とする」ことに批判が高まっていたころでもある。
語られる1つのエピソードの中で、「四捨五入で5を繰り上げるのはおかしいのではないか」と疑問を持つ生徒の話が面白い。「5は真ん中なのに、上げると決めるのは不公平だ」というのだ。これをその時の教師は、5は繰り上げると決まっていると切り捨てる。しかし、これはおもしろい視点で、数についての理解を掘り下げるきっかけにもなりうる。1.49を小さい桁から2回四捨五入すると、1.5→2となるが、最初に小数点1位の4を四捨五入すれば1になる。
実は戦前の教科書ではこうした点も踏まえて解説した教師用の指導要領があったのだという。現代の算数教育は、子供たちの知的好奇心に応えられるものになっているのか、せっかくの芽を摘んでいるのではないかと著者は危惧している。
『「数」の日本史』の最後としてはいささか不安な締めくくりではあるが、実はこの危機感が、著者が本書を表す大きな原動力であったようにも思う。


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(レビュー:ぽんきち

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