7月10日から13日にかけて東京・お台場の東京ビッグサイトで開催された東京国際ブックフェア2008。さまざまな出版社のブースが並ぶその中に、ひときわ異彩を放つブースがあった。
「畳」に「ちゃぶ台」、そしておそろいのTシャツ―まるで高校の文化祭のような雰囲気を醸し出すそのブースにたくさんの人が興味を持ち、足を止める。「普段の“ミシマ社”を再現しました」とはスタッフの窪田篤さんだ。
“ミシマ社”とは一体どんな出版社なのだろうか? 「畳」と「ちゃぶ台」に興味を持った新刊JPニュース編集部はさっそくミシマ社のオフィスを訪問し、代表取締役・三島邦弘さんに話を伺った。
◆「畳」と「ちゃぶ台」があるオフィス
「畳」と「ちゃぶ台」―それは、現在のミシマ社を語る上で外すことのできない、いわば「シンボル」といっても良いかも知れない。
ミシマ社は2006年11月に設立された、2年目のまだ若い出版社だ。
社員数はわずか6人。最初は三島さんだけだったが、自然と人柄が合う仲間たちが集まり、現在のメンバーとなった。まさに「個性溢れる」という言葉がしっくりくるメンバーたちだ。
そんな6人の社員と非常勤スタッフが忙しく出入りするオフィスが、自由が丘の閑静な住宅街にある。小さな私道の袋小路の奥、左手側を見ると緑に囲まれた二階建ての日本家屋。それがミシマ社のオフィスである。
なすびや枝豆などが植えられた小さな庭を横目に玄関に入ると、まず目の前に広がるのは畳がしかれた10畳ほどの大広間だ。そこに机とパソコンを置き、スタッフたちが忙しく動き回っている。和室の中央部に設置されている机とパソコンを除けば、他は懐かしい日本家屋の光景が広がる。何も知らないで覗いてみると、まさか出版社のオフィスだとは思えない。
隣接する6畳ほどの和室には、ブックフェアで見かけたちゃぶ台が顕在。ホワイトボードが置いてあり、ミーティングルームとして使われているようだ。といっても、ふすまがないため筒抜けだが。「ここは、もともとは下宿に使われていた物件で、全て和室です。2階には流しがついている個室が4部屋あります」と三島さん。
この日本家屋に引っ越してきたのは今から4ヶ月前のことだ。社員が増えたことで、それまでオフィスにしていたワンルームマンションが手狭になり、引っ越しを余儀なくされた。
以前のオフィスも同じ自由が丘。オフィスの場所には強いこだわりがあったと三島さんは言う。「出版社を立ち上げるにあたって、場所はどうしてもこだわりたいことの1つでした。普通、出版社は山手線の内側にあるじゃないですか。でも、そういう「常識」から脱却して、少し遠い場所から出版を仕掛けたかったんです。中心から離れて、違う角度から見つめたらより本質的で面白いことができるんじゃないか、と」。
◆「日常」の生活風景から生まれてくるミシマ社の出版物
ミシマ社初めての引っ越しの際でも、「場所にこだわる」という三島さんの信念は貫かれた。
「でも、実際は大変でした。最初は自由が丘で探していたのですが、なかなか見つからなくて。渋谷や代官山もアタックをかけてみたのですけど、こちらもなくて」。そんなある日、たまたま今のオフィスとなる日本家屋と巡り合った。
「いつかこういう日本家屋にオフィスを構えるみたいなことができたらいいな、と思っていましたが、まさかね」と三島さん。まさに「巡り合わせ」としか言うことができないだろう。
引っ越しパーティーには60人ほどの来訪客があったが、関係者だけではなく読者、というよりも熱狂的なミシマ社ファンも訪れたという。日本家屋のオフィスという「家」を持ったミシマ社ならではの、アットホームなエピソードだ。その後、たくさんの人がオフィスに訪れるが、そのたびに誰もが驚くという。
また、ミシマ社にとっては「近所つきあい」も忘れてはならない重要な日課の1つだ。「ふと見てみたら、うちの社員が隣のお婆さんの家の木の枝を切ったりしているんですよ。もちろん、回覧板もまわってきます」。
三島さんの「読者の目線と同じ位置から出版を考えていく」という理念はこうした小さな近所との付き合いが支えているのかも知れない。
さて、そんなミシマ社には出版物に対して1つの譲れないコンセプトを持っているという。それが「10年読み継がれる本を作る」というものだ。
ジャンルにこだわらず、10年読み継がれるような面白い本を作ること。三島さんは「それが出来ないのは、格好悪いとさえ思う」と言う。「10年読み継がれる本になるには一冊一冊、丹精こめて作っていくしかありませんよね。そして、10年後、出版した本が日本だけでなく世界にも広がっていれば最高です。本そのものの面白さを伝える出版社でありたいと思います」。
事実、ミシマ社は設立以来2年が経ったが、その間、世に出してきた本はわずか10冊。しかし、この10冊は丹精込めて作られた自信作だ。そして、内田樹著『街場の中国論』や須田将啓、田中禎人著『謎の会社、世界を変える。―エニグモの挑戦』といった書籍は高い評価を受けている。
◆ちゃぶ台の上で混じり合う社員たちの会話と視線
ここで、ミシマ社の会議について言及しておこう。
ブックフェアで見られた「ちゃぶ台」。これは飾りではなく、実際に会議に使われている。ちゃぶ台を囲み、車座になって話し合う。これがミシマ社のスタイルだ。
三島さんはこう話す。「会議というのは基本的に車座になって行うことが望ましいというのが持論です。畳という共通の土俵の中に収まる。その時点で、仲間意識のようなものが芽生えます。基本的に対面というのは対決の姿勢になりがちですから、クリエイティブな仕事には向かないんですよね」
視線と会話が中心にあるちゃぶ台の上で混じり合う。そこには、自分たちらしさを追及していこうという一つの出版のスタイルがあった。
最後に、三島さんに、活字離れが深刻化し、混迷を極めているといわれる出版業界について意見を求めた。
「確かに今、活字離れと言われていますが、それを引き起こしている一因には私たち出版業界の人間の姿勢があります。読者に向かって、自分たちが面白いと思うことをやれているかどうか。私たち作り手や売り手が面白いと思わずに、目先の数字をあげるためだけの本を出していても、読者は簡単に見抜いてしまいますよね。
私は前に勤めていた出版社を辞めてこのミシマ社をという出版社を立ち上げたのですが、そこから得た教訓は、どんなことをするにしても『飛び道具』なんてないということです。地道にやりつづけること、それしかないんですよね。
本は最低でも10年、読み継がれないと意味がありません。だって、100年前に出版され夏目漱石の本は今読んでも面白いじゃないですか。良書は錆びませんよね。ミシマ社もそういう本を出版していきたいと思っています」。
自由が丘の静かな住宅街の中にある日本家屋。今日もここでミシマ社は10年読み継がれる本を作り出すために、「ちゃぶ台」を囲み、面白さを追求する。
取材・執筆/川口絵里子(新刊JPニュース編集部)、写真撮影/金井元貴(新刊JPニュース編集部)、写真提供/ミシマ社
2008年09月01日 00時配信
【特集】ミシマ社の挑戦―自由が丘の静かな住宅街、築47年の日本家屋から良書を発信する
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