だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1916回 「アメリカを動かす『ホワイト・ワーキング・クラス』という人々 世界に吹き荒れるポピュリズムを支える"真・中間層"の実体」

2016年11月、アメリカ大統領選挙でトランプ氏が勝利し、世界に衝撃を与えた。トランプ大統領誕生の原動力となったのは、ホワイト・ワーキング・クラス(白人労働者層)。時代の流れと共に居場所を失い、エリート層からは軽んじられ怒りと失望を抱えている彼らの求めるものとは何か。アメリカ社会に限らず、現在世界に広がるポピュリズムと深刻化する格差問題の根本に切り込む一冊。(提供・集英社)

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「ホワイト・ワーキング・クラス」と呼ばれる中間層の実態が明らかに!

みなさんこんにちは。ブックナビゲーターの南雲希美です。

今回ご紹介する書籍は、2016年のアメリカ大統領選挙を機に日本でも注目されるようになった米国の「白人労働者」に焦点を当てた一冊となっています。 彼らはドナルド・トランプ氏の大躍進を支えた原動力と言われており、アメリカ現代政治にも大きく影響を与えています。

本書では、富裕層でも貧困層でもない中間層を「ワーキング・クラス」、上位の人々(専門職や管理職階級)を「エリート」と呼び、議論を進めていきます。 タイトルにあるホワイト・ワーキング・クラスとは本書でいうところの「白人労働者階級」ということになりますね。

さて、そもそもワーキング・クラスとは具体的に何かと言いますと、 かつて、自動車メーカーや工場などに勤め、日々真面目に働いてアメリカの繁栄を支えてきた人々のことを指します。 豊かな暮らしをおくるのに十分な収入を得て"中流階級"として消費社会も支えてきました。

しかし時代は変わって、ワーキング・クラスの勤め先である工場は海外への移転や倒産に見舞われ、地元に仕事はなくなっていきました。 政治家やメディア、大企業の管理職などのエリートは彼らを軽んじるようになり、政府は、ワーキング・クラスよりも下の階級、貧困層を援助する政策はうつものの、自分たちは税金をとられるだけ…そんな状況に、彼らの怒りがますます大きくなりました。

そんな彼らの不満を上手くくみ取ったのがトランプ大統領だったのです…。

といったところで、そんなワーキング・クラスとエリートの溝について、また彼らが現代のアメリカ社会にどんな影響を及ぼしているかについて、本書では詳しく書かれておりますので、その内容をかいつまんでご紹介したいと思います。

まず本書では、ワーキング・クラスとエリートとの文化や、両階級の考え方の違いについて述べられています。

たとえば第4章「なぜワーキング・クラスは専門職に反感を抱き、富裕層を高く評価するのか?」という項目では、両階級の根底にあるものについて書かれています。わかりやすくディナーパーティーを例にとった文章がありますので、ご紹介いたします。

ワーキング・クラスの人が開くパーティーでは親戚が呼び集められ、料理は大皿に盛られたなじみあるものを食べるそうです。 和やかで安定した雰囲気があるのが特徴で、仕事から離れ、よく知っている人の心をやわらげ楽しませることが目的だとされています。

一方で、エリートが開くパーティーは、「もっとよく知り合いたい人」が招かれます。 同僚や顧客になる見込みのある人、取引先など、キャリアに役立つ人脈を築くことを目的にしているのですね。そして出される料理はなじみのあるものではなく目新しいものを選び、相手に洗練された印象を与えることを重要視しているのだそうです。

また、ワーキング・クラスの仕事には社交的なスキルよりも技術的なスキルを要求されるものが多いため、ワーキング・クラスは自分が持つ技術に誇りを持ちますが、エリートの場合、仕事自体の内容やそれによる経済力、そして社交関係を誇りに思う傾向があるそうです。

そして、ワーキング・クラスの社会では「何をしているか」よりも「どんな人間なのか」と、仕事よりも人格に関心を向ける傾向があります。 「道徳的な秩序を維持」しようとし、伝統的な価値観を守ろうとするのです。彼らにとって伝統とは、地元に根付き、家族的価値観を守ることにありました。 家族的価値観とは、両親のいる家庭で安定した生活を築き、家族で家族の面倒を見ることに重きを置くというものです。

その逆で、エリートは洗練さを示すためにアバンギャルド(前衛的な)ものに寛容な態度を示します。 先端的なものを受け入れることで社会的名声を手に入れようとしますが、ワーキング・クラスは伝統を受け入れることで社会的名声を手に入れようとするのだそうです。

まとめると、ワーキング・クラスは安定やコミュニティ、伝統を重んじ、エリートは変化や自己啓発、洗練や創造性を重視するということになります。

このように、ワーキング・クラスとエリートの違いを認識したうえで、この階級文化の隔たりはどうしていけばよいのでしょうか。 筆者のジョーン氏はこの問題に対して、次のような意見を書いています。

「階級というのはお金の問題だけではない。個人の変わることのない特徴を指すものでもない。むしろ、毎日の行動を方向付け、人生の意味を見いだしていく過程で人々が作り上げる文化的伝統のようなものだ。そのため、エリートの読者がホワイト・ワーキング・クラスを真に理解するには、ホワイト・ワーキング・クラスの生活、思考、行動様式を理解するだけでは足りない。自分達エリートにも、ホワイト・ワーキング・クラスにはまったく理解できない自分達だけの生活、思考、行動様式があり、それを真理だと思い込んでいることも理解する必要がある。」

お互いが相手の文化も自身の文化も理解し合い、歩み寄っていくことが必要なのですね。文章にすると簡単ですが…難しい問題ですよね。

さて、もうひとつ。 ワーキング・クラスがトランプ大統領を支持した理由についても本書では詳しく述べられているのですが、そのうちの一つをご紹介したいと思います。

詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、第14章「なぜ、民主党は共和党に比べて、ワーキング・クラスの扱いが下手なのか?」という項目で、現在、ホワイト・ワーキング・クラスの怒りは政府だけでなく組合にも向かっているとの指摘があります。 長い歴史を紐解くと、ワーキング・クラスにとって組合がまっとうな雇用を守ってくれなかったと感じる要因があるからです。

これに関して一つ驚く話があります。 選挙の際、共和党が教員組合に不利な政策を実行したにもかかわらず、アメリカ教員連盟の5人に1人がトランプ氏に投票していた、というものです。 大手労働組合のほとんどが2015年には早々にヒラリー氏の支持を表明していましたが、結果として多くの組合員がトランプ氏に投票しました。ある組合員は「我々は熱心な民主党支持者として育った。でも党が我々を見捨てた。」と答え「見捨てたという点では組合も同じだ」と続けたそうです。

ワーキング・クラスは単に専門職エリートが持っているものが欲しい、つまりまともな生活を送っていくための仕事が欲しいだけなのだと筆者は述べています。 民主党が病気休暇を有給化せよ、最低賃金を引き上げろと叫んだこともありましたが、それでワーキング・クラスを助けたと思っているところに腹が立つという意見もあります。

たった数日病気休暇に給料が支払われたところで家計に影響はないし、マクドナルドの時給が9ドルだろうと15ドルだろうとワーキング・クラスの人々にとっては関係ありません。 中間層としてまともな生活を送れるだけの収入を保証してくれる仕事が欲しいのです。 トランプ氏はここ数十年で初めて、正面からそれを約束してくれた政治家なのだと言われています。 少なくともワーキング・クラスが何を求めているかをわかってくれる、その事実だけで多くの有権者が彼を高く評価したのだと結論付けられています。

まだまだ本書では、ワーキング・クラスの人々の歴史やアメリカ社会に対する彼らの考え方、階級間の関係性、アメリカ政治の在り方について詳しく書かれています。これからの政治に対する問題意識にヒントをくれる一冊にもなっておりますので、アメリカ階級社会についてより深く知りたい方、今後のアメリカ、ひいては世界政治に興味のある方は、ぜひお手に取ってみてはいかがでしょうか。

◆著者プロフィール
ジョーン・C・ウィリアムズさん。カリフォルニア大学ヘイスティングズ校法科大学院労働生活法センター初代所長。過去四半世紀にわたり女性の地位向上に関する議論において中心的な役割を果たし、ニューヨーク・タイムズ・マガジンでこの分野における「ロックスター的存在」と紹介されました。2016年11月、ハーバード・ビジネス・レビュー誌に執筆した記事「アメリカのワーキング・クラスについて多くの人が知らないこと」はWeb版に掲載されるやいなや、同氏の歴史において最大の読者数を誇る記事となりました。

『アメリカを動かす『ホワイト・ワーキング・クラス』という人々 世界に吹き荒れるポピュリズムを支える"真・中間層"の実体 』

アメリカを動かす『ホワイト・ワーキング・クラス』という人々 世界に吹き荒れるポピュリズムを支える"真・中間層"の実体

二〇一六年、一一月、米大統領選挙で、ドナルド・トランプが勝利し、世界に衝撃を与えた。トランプ大統領誕生の原動力となったのは、ホワイト・ワーキング・クラス。かつてアメリカの製造業を支えたブルーワーカーで、一つの企業で真面目に勤め上げ、家族を養うことを美徳としてきた人々が、時代の流れとともに居場所を失い、政府やメディアなどのエリート層からは軽んじられて大きな怒りと失望を抱えている。トランプの政権運営が迷走する今も、揺らぐことがない彼らの怒りはポピュリズムという形で世界に広がりつつある。