だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1330回 「33人 チリ落盤事故の奇跡と真実」

2010年8月にチリで起きた落盤事故。33人が地下700メートルの坑道で生き埋めになりました。本書は、世界中が注目した事故の裏側にあった人間ドラマを描いたノンフィクションです。当初は絶望視されていた生命。家族の想い。鉱山会社の対応。政府当局の動き。現地ジャーナリストが克明に綴った感動のドキュメントです。

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チリ落盤事故の中にあった人間ドラマ

● 著者紹介 マヌエル・ピノ・トロさんは、さまざまなメディアで活躍してきたチリ出身のジャーナリストです。チリのラジオ局で、レポーター・記者・プロデューサーを経験したのち、米国のスペイン語新聞社で編集を務め、現在は、チリにある広報機関グルポ・ガウディ社でディレクターとして活躍しています。

● この本のテーマ チリ落盤事故の真実と裏側を克明に記した手記

● 事故概要 2010年8月5日、チリのサンホセ鉱山で落盤事故が起き、33人の作業員が行方不明となりました。生存は絶望的だと思われる中で捜索作業が始まりましたが、驚くことに33人全員無事であることがわかりました。 しかし、その場所はなんと地下700メートル。一度は坑道に常設されている換気坑からの救出も試みられましたが、二度目の落盤が起きてしまい、別の方法での救出が検討されました。 それが、700メートルの地下まで掘削をして、そこから作業員を引き上げるという方法でした。結果、10月13日に救出が始まり、じつに23時間をかけて、69日ぶりに作業員は太陽の下に出てくることができました。

この出来事は世界的なニュースになり、その映像を見た方も多いと思います。 この救出劇の裏には様々なドラマがありました。作業員の家族。その家族をサポートする人々。チリ大統領を筆頭に救出活動に動いたチリ政府や救出チーム。鉱山を所有する会社など。本書には、事件に関わった様々な人や組織の知られざる一面が描かれています。 また、チリの文化や労働事情、社会背景も随所に書かれていて、非常に興味深い。

救助を待つ家族たちの想い

チリ落盤事故の救出劇には多くの出来事と背景がありました。 作業員を待ち続ける家族の姿や空気が描かれている一節をご紹介します。

砂漠には独特の夜が訪れる。昼間の灼熱の太陽が傾きかけると、途端に骨を刺す寒さがやってくる。 アタカマ砂漠特有の濃霧 ―カマンチャカ― が一帯を覆うと、数メートル先でさえ視界がきかない。 この時間になるとキャンプ村に暮らす家族たちは続々と集まり出す。嬉しいことや、今回の事故について、互いに語り合うために。 家族たちの多くはキャンプ村で一番広いスペースを持つ食堂に集まってくる。食堂では食事をするほか、ニュースを見ることもできる。とりわけ鉱山事故に関しては、毎晩、何かしら報道されるので、そこに集まる人々の多くは、TVに映る自分の姿を見つけることができた。 一方で、再会を望む身内に思いを馳せ、彼らの写真や旗の前で過ごす人もわずかながらにいた。 ジョニー・バリオスの兄弟と、彼の妻、マルタ・サリナスがそうだ。 彼らは寒さの中、白い息で顔を曇らせながら、写真の前で祈りを捧げている。 彼らは毎晩欠かさず、岩の上に立てた蝋燭に明かりを灯し、いぶかしげな表情でこちらを見据えるジョニーの写真を照らしていた。 キャンプから目を上げると、丘の上に鉱山労働者を歓迎するサンエステバン社の 看板の文字がでかでかと掲げられている。 そこに書かれているのは、今となっては皮肉か悪い冗談にしかとれない、こんな言葉だ。 「ともに安全な労働をしよう」 注意を引くのはこの看板だけではない。 「私たちの鉱山作業員は、ヒーローのごとく還ってくる」 美しい横断幕に書かれたこのスローガンは、コピアポ市の公立中学校の生徒たちが書いたものだ。

この他、チリ大統領や閣僚の人たちの姿や、救出チームの奮闘、閉じ込められた作業員と地上との交信の様子が描かれています。 生存が確認されてからも前例のない救出劇は様々な困難がありました。なにせ地下700メートルですから、救出までに数ヶ月掛かると予想されていました。 しかし、そんな困難の中にあって、印象強く描かれているのは、希望を失わない前向きさと強さです。

通信が繋がって、作業員が発した言葉とは?

続いて、それを象徴するような出来事をご紹介します。 生存が確認され、地上との音声通信ができるようになって、初めて交わされた救出チームと作業員のコンタクトです。

通信機は細長いカプセルに入れられた。それによって地下の作業員たちが外部と繋がることになるのだ。準備から1時間45分後、700メートルの地下と通信が繋がった。 「こちら、鉱山です」 と、ルイス・ウルスアが言った。誰が最初に外部と接触を取るのかという決定は厳密に行われていたのだ。 ウルスアは最初にゴルボルネ鉱山相に落ち着いてこう言った。 「我々は大丈夫だ。救出を待っている」 地下からの声は続いた。 「水を飲んでなんとかしのいできた。あとは避難所にあったほんの少しの食料を食べたくらいだ」 ゴルボルネ鉱山相は落ち着いた様子でありながらも感動していた。 そしてウルスアに対して、国全体がずっと作業員を探してきたことを伝えた。 しかし、ウルスアにとっては、チリ全体が感動しているということよりも、落盤が起こったときに、自分たち以外の作業員が誰も被害に遭っていないかということのほうが気に掛かっていた。 みな脱出した。死者もなく大丈夫だと、ゴルボルネは確証をもって伝えた。 その瞬間、地下から拍手喝采の声が聞こえた。 彼らにとってはそれが何よりも重要で、知りたかったことだったのだ。

生存が確認された時点で、事故から17日が経過していました。その間、作業員たちは、たった2日分しかない食糧と15リットルの水の他は、染み出る泥水でしのいでいたそうです。そんな状況にあっても、33人の作業員が懸念していたことは、落盤事故で他に被害者がいなかったかどうということなのです。

作業員たちは、きっと助かるという希望を捨てない前向きを持っていました。 作業員の家族たちも助かることを信じていました。救出メンバーもきっと助けるという信念を持っていました。 そんな前向きさ、力強さは、落盤事故という悲劇のなかにあって、一際、世界中の 人たちの感動となりました。

作業員たちの真っ直ぐに家族を思う気持ちや、前向きに信じることの強さが描かれたドキュメンタリー作品をぜひ読んでみてください。

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33人 チリ落盤事故の奇跡と真実

全員が無事で本当によかったです。

33人 チリ落盤事故の奇跡と真実

33人 チリ落盤事故の奇跡と真実

2010年8月にチリで起きた落盤事故。33人が地下700メートルの坑道で生き埋めになりました。本書は、世界中が注目した事故の裏側にあった人間ドラマを描いたノンフィクションです。当初は絶望視されていた生命。家族の想い。鉱山会社の対応。政府当局の動き。現地ジャーナリストが克明に綴った感動のドキュメントです。