だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1363回 「アフター・ザ・クライム 犯罪被害者遺族が語る「事件後」のリアル」

例え裁判が終わろうと、刑が執行されようと、被害者の遺族は「その後の人生」を生きていかなければならない。様々な凶悪犯罪により大切な肉親を失い、悲しみと苦しみを背負い、闘い続ける「その後の人生」を生きる遺族達の「心の叫び」を記録した社会派ノンフィクションです。

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犯罪被害者遺族、「その後」の人生

もし、身内が犯罪被害者として命を奪われてしまったら、その後の自分の人生はどうなるのだろう? そんな想像をしたことはありますか?

報道の多くは、事件や被害者遺族の「その後」を扱うことはありません。 しかし、遺族の人生は裁判が終わった後も続き、それを背負って生きているのです。

「アフター・ザ・クライム 犯罪被害者遺族が語る事件後のリアル」(講談社/刊)は、犯罪被害者遺族の事件後の人生に迫ったルポルタージュ。数々の凄惨な事件の遺族や関係者たちの、風化することのない心の傷や暗部を明かしています。

● 著者について 藤井誠二さんは、高校時代から教育問題などに関心を持ち、様々な社会運動に関わってきた方です。現在は、ノンフィクションライターやコメンテーターとして活躍されています。愛知淑徳大学の講師として「ノンフィクション論」や「取材学」の講座も受け持っています。

本書は、凄惨な事件の被害者遺族へのインタビューを通して、遺族たちの「その後」の人生を克明に記したドキュメンタリーです。 被害者遺族の語りをメインに、遺族が過ごしてきた日々や、事件直後と現在の心境の変化、被害者になって分かった日本の裁判制度の欠陥、マスコミやメディアが遺族に与えてきた被害など、「当事者だからこそ分かる苦しみや問題点」が語られています。

6つの重大事件被害者遺族の思い

本書では、次の6つの事件が取上げられています。 すでに事件後から5〜16年の歳月が経過し、事件によっては加害者への「刑の執行」が済んでいるものもあります。

1.「大阪市浪速区・姉妹殺害事件」(2005年) 2009年に加害者は死刑執行。 2.「沖縄・塾経営者殺害事件」(2005年) 加害者は服役中。 3.「横浜・OL殺害事件」(2000年) 加害者は否認したまま刑が確定し、服役中。 4.「名古屋・老夫婦殺害事件」(1996年) 加害者は服役中。 5.「東京都文京区音羽・女児殺害事件」(1999年) 加害者は服役中。 6.「栃木・牧場経営者殺害事件」(1994年) 加害者は2008年に死刑執行。

どの事件も、発生当時はメデイアが盛んに取り上げたこともあり、大きく注目されました。特に音羽の事件は、「山口県光市母子殺害事件」や「埼玉県桶川市ストーカー殺害事件」といった重大事件が立て続けに起きた年でもありました。

著者の藤井さんは、それぞれの遺族に何年にもわたってインタビューを続け、事件後の変化を記録してきました。遺族の殆どが言っていたのは「例え裁判が終わったとしても、自分たちの苦しみは終わることはない」という意味合いのことだったといいます。

裁判が終わると、メデイアの取り上げ方も小さくなり始め、事件はいつの間にか「風化したもの」のようにとらえられていきます。そうして「世間の事件への興味」は変わっていきます。しかし、「その後の人生」が続く限り、裁判が終わろうと遺族の悲しみや苦しみが消えることは有り得ません。 「変わらない苦悩」は、ずっと続くのです。

事件後復帰できず、自殺未遂への発展も

何よりも悲しいのは、「その後の人生」を、かつてのように前向きに過ごせる遺族が圧倒的に少ないということです。

例えば、「沖縄・塾経営者殺害事件」では、事件後すぐに、被害者の奥さんが亡くなった夫の経営を引き継ぐことになり、しかも幼い子供二人も育てなければならないという状況に陥りました。 彼女は事件直後の失意の中で、子供たちのために必死に毎日を過ごしますが、疲弊しきった彼女の精神は徐々に崩れ始め、その後、何度か自殺未遂へと発展してしまいました……。

「横浜・OL殺害事件」の被害者の母は、事件後、PTSDに苦しめられ日常生活にも支障をきたすようになってしまったといいます。心療内科に通院していたものの、その後は自傷行為や自殺衝動にかられ、事件から5年後、自ら命を絶ってしまいました……。

被害者遺族の周囲には、事件後何年も経ち裁判が終わった頃には、遺族は「立ち直り始めている」もしくは、「立ち直っている」と思っている人が多いといいます。 しかし、当事者たちからしてみればそんな簡単に切り替えられるわけはなく、「愛する人を奪われた悲しみと怒り」そして「守れなかった自責の念」を背負って生きているのです。

誤報・印象操作という、メディアの罪悪

悲しみを背負い続ける被害者遺族にとって、さらに悪影響を及ぼしかねないのが「メディア」(報道)の存在です。 本来、被害者として守られる立場にあるはずの遺族が、「誤った報道」によって更なる心労や名誉毀損を被ることも珍しくありません。

「文京区音羽・女児殺害事件」では、事件の原因は加害者の一方的な思い込みだったにも関わらず、「加害者が被害者遺族の母親にいじめられていた」という根も葉もない誤報が出回ったことで、その母親を攻撃する意見や中傷が増え、より重い心の傷を与えることになってしまいました。

また、事件現場が「名門私立幼稚園」だったため、マスコミは「お受験殺人」などと名づけ、事件の背景に「加熱するお受験ブームの問題」などをこじつけ、真相と無関係な報道を続けていたのです。 これにいより、さらに被害者宅へ多くの報道陣が押しかける「メディアスクラム」といった行為も、遺族にとって精神的負担につながりました。

藤井さんは「お受験殺人」のような、メディアによる「印象操作」を危惧しています。 メディアは売り上げのために、「資産家殺人」「美人姉妹殺人」のようなスキャンダラスな冠を付けたがる傾向にありますが、下手をするとそれが「被害者にも犯罪が起きる原因はあった」かのような印象付けをする恐れがあるのです。

「女児殺害事件」被害者の祖父・松村恒夫さんは、そういった誤報や傷つけられた家族の名誉のため、流したメディアを訴え、謝罪と訂正を求める活動を展開されました。 藤井さんの知る限り、「憶測や偏見に満ちた報道を自ら収集・分析し、毅然とした態度で行動を起した被害者遺族は、この松村さんが始めてだった」といいます。

松村さんたちの活動は、その後数年かけて「被害者の裁判参加制度」「被害者の支援の在り方」といった「被害者遺族の権利」を見直すきっかけとなりました。 思考停止状態だった日本の「罪と罰」の領域を動かしたのも、被害者遺族だったのです。

闘い続ける被害者遺族

例え裁判が結審したとしても、被害者遺族の闘いはずっと続いているのです。 しかも、その闘いをサポートする仕組みも「やっと出来てきた」というのが日本の現状なのです。

「犯罪被害者の会」といったネットワークは、以前から機能はしてきました。しかし、国の定める「法律」が被害者の現実に合わせ変わり始めたのは、せいぜい10年ちょっと前からです。

そもそも日本の法律が「被害者より加害者を守る体質」であることの異常にやっと気付いたのかもしれません。 多くの被害者遺族が望んでいるであろう「裁きのあり方」「支援のあり方」「情報を扱う側への責任感」とはどういったものか?

「自分たちが当事者だったら」という気持ちで考える重要性を教えてくれた一冊でした。

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アフター・ザ・クライム 犯罪被害者遺族が語る「事件後」のリアル

目を背けてはいけないですが、息の詰まる思いです。。

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アフター・ザ・クライム 犯罪被害者遺族が語る「事件後」のリアル

例え裁判が終わろうと、刑が執行されようと、被害者の遺族は「その後の人生」を生きていかなければならない。様々な凶悪犯罪により大切な肉親を失い、悲しみと苦しみを背負い、闘い続ける「その後の人生」を生きる遺族達の「心の叫び」を記録した社会派ノンフィクションです。