だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1364回 「サラリーマン誕生物語  二○世紀モダンライフの表象文化論」

昭和初期に誕生した都市型知的労働者でありモダンライフの先駆となった「サラリーマン」。今では当たり前となったその姿の原像はどんなものだったのか? 最新機器が導入され、効率化や生産性の向上の追求の原風景をオフィス生成期の表象から論じた一冊です。

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サラリーマンはどうして生まれた?

「サラリーマンは〜、気楽な稼業ときたモンダ〜」と言ったのは、俳優・植木等さんですが、現代のサラリーマンはなかなかどうして気楽なものではありません。

この「サラリーマン」という社会集団が世に現れたのは、昭和初期の頃です。 知的労働者が台頭しはじめたこの当時、「サラリーマン」というライフスタイルは、どのように誕生し、そして今に繋がってきたのでしょうか。 「サラリーマン誕生物語−二〇世紀モダンライフの表象文化論」で知ることができました。

● 著者について 原 克(はらかつみ)さんは、早稲田大学教授。表象文化論、ドイツ文学専門。19〜20世紀の科学技術に関する表象分析を通じて、近代人の精神史、未来を志向する大衆の文化誌を考察・展開しています。

二十世紀(日本でいえば昭和初期)になって、日本人の労働スタイルは大きく変化していきました。 「サラリーマン」という、いわゆる知的労働者が台頭し、社会の中心原理となり、それに伴い、人々のライフスタイルや意識も大きく変化しました。

例えば、満員電車内でのマナーや、出社時間に遅れまいとする時間感覚、おそらく一生親しく交わることはないであろう不特定多数の人たちとの微妙な距離感覚など。 今では当たり前のライフスタイルも、その誕生は二十世紀に入ってからだったのです。 著者の原さんは、「サラリーマンというものは、実に、二十世紀的な現象だ」と語っています。

サラリーマンの原風景を味わえる物語風な論述

本書に登場するのは、のんきで、どこか憎めないサラリーマン、阿部礼二という若者。彼を「狂言回し」の役割に当てて、阿部君のある一日の物語を通じて、表象論が展開されていくという構成です。 ※(TOKYO FMの『あ、安部礼司』とは関係ありません)

ごく普通のサラリーマン、阿部礼二が、同僚とともに、当時の最新オフィス機器を使っていく描写がありますが、そこについて歴史的検証や、最新機器に向かい合ったときの精神性を論じています。 また、当時、実際にあったサラリーマン川柳や、今でいえば雑誌のコラムのようなものまで取り上げていて、サラリーマンの原風景を味わうことができます。 たとえば、このようなものがあります。

サラリーマン川柳

「満員車 黙って肩を 借りられる」 満員電車で、誰かの肩に寄りかかって寝ている姿は、今でもたまに見かけますよね。

「算盤が 枕に変わる 昼下がり」 2つ目の川柳は昼休み後の眠気との闘いを詠んだものです。 算盤という単語に時代を感じますが、当時から、サラリーマンは大変だったのですね。

黎明期のオフィス機器

そして、本のメインとなっているのはオフィス機器です。 最近では、書類のやり取りもPDF形式でのメール送信が多いと思いますが、当時はまだFAXの時代でした。FAXの歴史は意外と古く、明治時代後半にはすでに実用化されていたそうです。 他にも、タイムカード、ホッチキス、電卓、書類をまとめるカードボックス、果てはビジネス通信教育の歴史なんかについても詳細に書かれています。

これらのオフィス機器が導入されていった理由は「効率化」です。 今も昔も、業務改善や効率化は、多くの企業で謳われていたのです。 黎明期からその姿は変わっていないのですね。

オフィス機器導入で、“サラリーマンは使われる立場に”?

「効率化」を目的としたオフィス機器導入の最たる例が、タイムカードです。 昭和初期、タイムカードが出始めた頃こんな広告記事があったそうです。

本器は一人一枚のカードに其で出入り時間を正確に印刷するものにして、工場及び事務所に於て勤労の時間を最も正確に計算して、事務員職工他労働者の勤怠を知り得る器具である。

なにやらむずかしい書き方ですが、今と変わらない機能のタイムカードです。 著者の原さんは、このタイムカードという機械は、他のオフィス機器とは一線を画した次元の違うものだと言います。

なぜなら、タイムカードとは「サラリーマン “が” 使う機器」ではなくて、「サラリーマン“を” 使うための道具」だから。タイムカードを押すとき、サラリーマンは時間管理という執務を行う「主体」ではなく「容体」であり、時間管理をする部署のための「素材」になっているのです。 タイムカードは、「効率化」を目指すために導入された、今までになかった画期的な仕組みのひとつなのです。

このように本書では、当時のサラリーマンと機械の関係を綴っています。 「オフィス機器」というサラリーマンにとって身近な存在の導入で、サラリーマンはどのように変化していったのか。興味深い考察が成されています。

全章チェック

第1章 通勤電車に乗る 愚者につける薬はない/無理算段の「首吊り」/舶来品と国際品/まともイデオロギー/奇妙な三人組/ラッシュアワーの方程式/有無を言わせない扉/へんな間のわるさ/御茶の水ピラミッド

第2章 午前の勤務につく 時是金の世界/ロチェスター式時間記録装置/グッバイ、ボーイズ!/死にかけた野心の象徴/どうだい、忙しいかね/見積書はどこへ/鋼鉄の頭脳あらわる/幸田露伴とカードボックス/事務員天国

第3章 仕事に追っかけられる 三越女店員の霊験/サラリーマン懶惰の説/ベルトコンベヤー給仕装置/当世世間胸算用/電送写真を送る/ジーメンス・ハルスケ社製テレフンケン・カロルス/寺田寅彦とファクシミリ/国産NEC初号機あらわる/最新モードは電波に乗って

第4章 やっと一日の仕事が終わる マイクロフィルムがやってくる/図書館からオフィスへ/小さな巨人/招霊妖術師のトリック/芥川龍之介の憂鬱/ベルリン工科大学の新機袖/音読してはいけません/新人間機械論/山公 ウソツキ!

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サラリーマンは、気楽な家業じゃなかったのね

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サラリーマン誕生物語  二○世紀モダンライフの表象文化論

サラリーマン誕生物語  二○世紀モダンライフの表象文化論

昭和初期に誕生した都市型知的労働者でありモダンライフの先駆となった「サラリーマン」。今では当たり前となったその姿の原像はどんなものだったのか? 最新機器が導入され、効率化や生産性の向上の追求の原風景をオフィス生成期の表象から論じた一冊です。