だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1493回 「母を棄ててもいいですか? 支配する母親、縛られる娘」

「支配する母親」と聞いてどんな母をイメージするでしょうか。それは母親が、自分の娘を自分の思い通りにしたいという思いで娘を縛り付けてしまう行動、これが「モラル・ハラスメント」でした。「支配する母親」は娘を自分の思い通りにするためだけに全精力を傾けていました。それがどんなに理不尽であろうとも……。

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モラル・ハラスメントの実態

著者プロフィール  熊谷早智子さんは、1959年生まれ。結婚直後から夫によるモラル・ハラスメント(精神的暴力)を受け続けた経験を持ちます。結婚19年目に、「モラル・ハラスメント」の概念を知り、半年後に離婚。2003年よりポータルサイト「モラル・ハラスメント被害者同盟」を管理運営し、夫、そして母のモラル・ハラスメントに苦しむ女性たちの支援や情報提供等の活動を続けています。

 この本は、そんな熊谷さんの立ち上げたウェブサイト「モラル・ハラスメント被害者同盟」に集まってきた、モラル・ハラスメントで苦しんでいる多くの女性たちの実体験を綴ったものです。

 熊谷さん自身も子どものことから、酒乱の父親と暴言を吐き続ける母親のもと、「平穏さ」とはかけ離れた家庭環境で育ってきました。熊谷さんのサイトに集まる女性の多くも、母親からまともな愛情をもらえずに、母親の暴言に傷つき、母親の身勝手さに苦しんできました。それでも生きるために自分の感情を押し殺して母親に従い、思考をゆがめて途方に暮れていたといいます。

 しつけ、教育という名を借りた支配を受け続けた娘たちが、どんなに悩み、苦しんだとしても、「親はどんな親でも受け入れるべし」という価値観が世間にある限り、彼女たちはそれに従って生きていくしかありませんでした。母と娘の間に起こっているモラル・ハラスメントが、長期化して深刻化するのは、そういった世間での背景があるのだと熊谷さんは言います。

 しかし、母親によるモラル・ハラスメントは、「しょうがない」のひとことで済まされる単なる親子喧嘩とは違います。自分を押し殺し、相手の言うままに行動してしまうのです。

 本の中では、母親からの支配に苦しむ女性7名が登場します。母親からモラル・ハラスメントを受けた娘たちが、どうやって生きてきたか、これからどう生きていきたいのかが赤裸々に綴られています。

母親の支配の下、育った7人の女性たち

 母にいつも妹と比べられ、さげすまれて育ったナオミさん。  心配性の母をなだめるため、娘を犠牲にしたサツキさん。  虚栄心の強い母の犠牲になり、結婚後も苦しみ続けるキョウコさん。  女手ひとつで育てられたナナエさんは、エリートになってもけっして母から認めてもらえることはありませんでした。  アルコールに依存する母のために家庭が崩壊したハルカさん。  幼い頃からの母のカウンセラー役を務める羽目になったエリさん。  そして、モンスターのような守銭奴の母に、敢然立ち向かったイズミさん。

 この7人は「支配する母親」に幼いころから、苦しめられてきた女性たちです。  そのうちのひとり、アルコールに依存する母のために家庭が崩壊したハルカさんのエピソードの一部を紹介します。

ハルカさんの母はよく、謝罪を強要した。「ごめんなさいと言いなさい」と言われれば、ハルカさんは素直にそれに従った。 ぜんそくでごめんなさい、お母さんの仕事を増やしてごめんなさい、心配させてごめんなさい、生きててごめんなさい……。

 「負けを認める訓練を小さい頃からしていますから、誰にでもどんなときにでも白旗を揚げることができました。その訓練に耐えた後には、きっと甘い大きな果実が手に入ると思っていたんです」

 ハルカさんの言う「負けを認める訓練」とは、誰かが白いものを「黒だ」と言えば、白に見えても「あれは黒なのだ」と自分に思わせ「本当にそうですね」と言わせる訓練である。「果実」とは、母の愛情だ。だが、ハルカさんが頑張っても頑張っても、蜃気楼のような果実は、いつも逃げていった。

母から解放されたいという娘たち

 「そんなものは最初からないって気づくまで、ずっと幻の果実を追いかけていました」 ハルカさんには、母とのスキンシップや、母からにこやかに話しかけられた記憶がまったくない。あるのは暴言と暴力の記憶だけ。有無を言わさず何もかもを支配しようとする母から自分を守るのに精いっぱいで、傷つく心さえ持てなかった。ハルカさんが物心ついたときから、母はずっと怒っていた。

 「母の怒りは、どんなものに対しても向けられていました。自分が生きていることに対してすら、怒っていたような気がするくらいです。 ストレスでイライラして、家族に当たったということかもしれませんが、では母のストレスが何によるものだったのかは、いくら考えても、わからないんです」 (P118-120より抜粋)

 小さいころから母親の支配のなかで生きてきたハルカさんですが、大人になり結婚をして、子どもにも恵まれましたが、離婚をしてしまいます。そのときに友人の勧めでカウンセリングを受け、いままで縛られていた心が救われたといいます。

 「母は自分に対して愛情がある」、だから「母を怒らせてはいけない」「その母を怒らせる自分はいけない人間だ」と思い込んでいたのに気づくのです。

 ハルカさんは言います。  「もう丸呑みにするのはやめようって思ったんです。愛情のない母の言うことをぜんぶ真に受けて、言われるままの生き方をする必要はないんですよね。もちろん、母に愛情があったらよかったのにという思いはありますが、今はもう、それにこだわるつもりもありません」 (P135より抜粋)

 この本に出てくる女性たちはみんな子どもの頃に母親に縛られ逃げることも出来ずにいましたが、大人になり、母親から解放されることを学んでいきます。「母親から愛されることのなかった娘」たちの思い、そんな娘たちが母親と距離を置き、母親を棄てたとしても、それは誰も責めるべきではない、むしろそれは娘たちにとって、新たな出発となるのではないか、ということを感じた一冊でした。

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母を棄ててもいいですか? 支配する母親、縛られる娘

母を棄ててもいいですか? 支配する母親、縛られる娘

「支配する母親」と聞いてどんな母をイメージするでしょうか。それは母親が、自分の娘を自分の思い通りにしたいという思いで娘を縛り付けてしまう行動、これが「モラル・ハラスメント」でした。「支配する母親」は娘を自分の思い通りにするためだけに全精力を傾けていました。それがどんなに理不尽であろうとも……。