だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1494回 「心のおくりびと 東日本大震災 復元納棺師 〜思い出が動きだす日〜」

復元納棺師・笹原留似子さんを追ったノンフィクション。笹原さんは、東日本大震災後、被災地でのボランティア活動で、死者をおくり遺族たちの心を救ってきました。本書はその150日の記録を小説タッチに描いた作品です。

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被災地に赴いた復元納棺師

著者プロフィール  今西乃子さんは、児童書のノンフィクションを主に手がける児童文学作家。執筆のかたわら、「国際理解」や愛犬を同伴しておこなう「命の授業」をテーマに、小学校などで“出前授業”をおこなっています。著書に『ドッグ・シェルター 犬と少年たちの再出航』 『犬たちをおくる日 この命、灰になるために生まれてきたんじゃない』など、多数。

 この本は、復元納棺師 笹原留似子さんの活動を綴ったノンフィクションです。 2011年3月11日、東日本大震災が発生し、その9日後の3月20日、笹原さんと、お仕事のパートナーである菊池君が、被災地のボランティアとして被災地に足をふみ入れました。そこでの活動150日を追って、小説風にまとめられています。

 「復元納棺師」とはどういう仕事なのでしょうか。  人間は死んで“遺体”となってしまうと、肉体を長くは維持できません。復元納棺師は、そういった死後肉体に起こる変化を処置し、できる限り生きていたころに近い姿に戻す処置をします。それは病死や、事故死、自死(自殺)であったり……といった、遺体の損傷がはげしい故人であっても、遺族が安心して故人をおくることができるようにしてくれるのです。

 笹原留似子さんはこのようにいいます。 死んでしまえば肉体はほろびる。しかし、その人の生きてきた証は、肉体が消えても思い出となり、遺族の心の中に行き続ける。肉体は継承できないが、思い出は継承できるのです。(P53ページより)

 大切なのは、遺体の顔を「創る」のではなく、あくまでも生前の眠ったような顔に「もどす」ことだといいます。(言いえて妙ですが)最後のお別れのときに、笑った顔でお別れすることができれば、遺族は笑った顔をたくさん思い出すことができる、遺族がその亡がらとお別れする時が、思い出を継承する「始まりの日」となるのだといいます。

岩手県宮古市でのエピソード(1)

本書より一部を抜き出してご紹介します。 (音声版では矢島の朗読でお送りしています)

その日、笹原さんは岩手県宮古市まで来て欲しいと、友人(伸子さん)からの連絡を受けました。生まれて10日目の赤ちゃんとお母さんがいっしょに安置されている。その復元をしてほしいという遺族からの依頼だといいます。 赤ちゃんはやわらかい分、損傷も激しく、もう形もないくらいだといいます。しかし、「それでも笹原さんなら・・」という思いで連絡してきたのです。

笹原さんはすぐに、パートナーの菊池君とともに宮古市に向かいました。 今までいた北上市から宮古市までは約150キロ。渋滞がなくても片道3時間はかかる距離です。この震災の津波で、自分たちの技術や思いを必要としている人がいるなら、時間の許す限り遺体復元に向かおうと、笹原さんはそれらをすべて無料でひきうけます。

宮古市に到着しました。遺族のお父さんに話しかけても、ただ、うなずくだけで、言葉を発することができないほどよわっていたといいます。 生まれたばかりの赤ちゃんは、すでに原型をとどめてはおらず、頭はつぶれたおにぎりのようになっていました。そして、その頭にはヒラヒラとしたレースのヘアバンドが巻かれていました。

笹原さんは復元のため、そのレースをはずそうとすると、「赤ちゃんのおばあちゃんがつけてくれたんだよ」と、笹原さんに電話をしてきた友人伸子さんが教えてくれました。

「最期にできるだけ可愛い姿で赤ちゃんを送りたい」という遺族の思いからなのでしょう。笹原さんはそれを察して、必ずお孫さんをもとの可愛い姿に戻そうと、心の中で誓います。

白衣とマスク、プラスチックの手袋をはめると、ぐっちゃりとつぶれてしまった赤ちゃんの処置から取り掛かります。輪郭を、口の中から脱脂綿をつめることでふくらみをつくり、たくみに形を整え、復元していきます。子どもの復元は損傷が激しい場合が多く、時間も倍近くかかりました。そして母親の遺体も復元していきます。

岩手県宮古市でのエピソード(2)

数時間かけて母子の復元が終わり、遺族に話しかけました。

「おばあちゃん……終わりました……これを……もう一度つけてあげてください……」

笹原さんは一度はずしたレースのヘアバンドを祖母にわたしました。

「あああ……なんて、なんて……かわいいんだ……寝てるだけだよね……起きなってば……さあ……」そういって、祖母は棺に抱きつき号泣しました。

それを見ていた赤ちゃんの父親は、棺をのぞきこんで、そっと赤ちゃんの頬にふれ、顔を隠すように嗚咽をもらしたといいます。

「やっと……やっと……泣けた」

泣くことすらできなかった父親が、やっと涙を流すことができたのです。 それは、遺族にとって確かな一歩でした。

岩手県宮古市でのエピソード(3)

 このあと、笹原さんの復元を見ていた人たちが、 「うちの人もきれいにしてやってくれないだろうか」 「うちも、このままじゃ最期の姿を子どもに見せることができない…お願いします」と、次々声をかけてきたといいます。 そして、笹原さんは、ホールに安置されていた37体すべての復元を決意したのです。 「他のボランティアにはできない、自分だけがこたえられることをしよう」と、思いを胸に、復元に取り掛かっていきました。

 こんな被災地支援の形もあったのかと、気持ちが熱くなりました。  本を通して復元納棺師というお仕事について知ることができましたし、笹原さんの思いを受け取ることもできました。遺族の方が笹原さんに復元を依頼し、無残になってしまった遺体が眠っているかのような顔に戻ってはじめて「やっと泣けた…」と話した、というようなところでは思わず涙がじんわりきてしまいました。

 小説の体裁を取っているので、読みすすめるうちにどんどん感情移入していき、一度に読みきってしまうと思います。

心のおくりびと 東日本大震災 復元納棺師 〜思い出が動きだす日〜

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