だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1670回 「賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。」

敗者であふれ、思考放棄のこの国に、村上龍が突きつける「脱・幸福論」!
格差を伴った多様化と分化が進むいま、どこに希望を見出せばよいのか?
村上節が深く静かに炸裂する、待望のエッセイ最新刊!!

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概要

こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。

今回出版された、『賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。』は村上さんが連載しているエッセイ『すべての男は消耗品である』シリーズの新刊で「Men’s JORKER」2012年7月号?2013年11月号に掲載されたタイトルに加え、書き下ろし特別エッセイ「賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。」を加えたエッセイ集となっており、現代社会を村上龍の独特な視点で書かれております。

村上さんの書籍は新刊ラジオでも何度もご紹介させて頂いておりますが、毎回読むごとにその切り口の鋭さに感心させられます。

今回のエッセイ集でも、その切り口は冴え渡っております。

なんというか、切った後にその切り口を、冷静に平等に、村上節で観察しているように感じました。

本書の帯に書かれている言葉に、

「敗者であふれ、思考放棄の国の 脱・幸福論」

とありますが、この切り口は一体なにを意図しているのか?

まずは書下ろしから一部抜粋して紹介させて頂きます。

◆著者プロフィール 村上さんは1952年、長崎県生まれ。武蔵野武術大学中退。在学中の76年に『限りなく透明に近いブルー』で群像新人文学賞、芥川賞を受賞。以降、『コインロッカー・ベイビーズ』『村上龍映画小説集』『イン ザ・ミソスープ』『希望の国のエクソダス』『13歳のハローワーク』『半島を出よ』『歌うクジラ』『55歳からのハローライフ』など旺盛な作家活動を展開。 かたわらTV番組「カンブリア宮殿」のMCとして毎週出演。 メールマガジン「JMM」主催の他、「キューバ・コンサート」を20年に亘り毎年主催している。 現在、月刊誌「文藝春秋」に長編小説『オールド・テロリスト』を掲載中。 電子書籍を制作・販売する「村上龍電子本製作所」という自社ブランドを持っています。

信頼を得る

「思考放棄」に陥った人や共同体には特徴的な傾向があるように思う。「幸福」を至上の価値として追い求め、憧れ、生きる上での基準とするということだ。

わたしたちの社会では、よく「幸福であるかどうか」が問われる。

テレビドラマのモチーフも、バラエティでお笑い芸人が過去のエピソードを披露するときも、男性誌や女性誌の特集ページでも「幸福」がテーマとなることが多い気がする。

幸福な結婚、幸福な家庭、幸福な毎日、幸福になるための家や家具や家電や本、時計、ファッション、健康食品やサプリメント、そんな感じだ。

だが、幸福という概念は主観的であり、かつ曖昧でもある。

わたしは、『55歳からのハローライフ』という作品で山谷の住人たちに取材したが、ホームレスに近い生活をしている何人もの人たちが「おれは気ままで、案外幸福なんだ」と言うのを聞いた。

「これで充分だ」と納得さえすれば、その人は幸福を手に入れることができる。

今、わたしたちに必要なのは、幸福の追求ではなく、信頼の構築だと思う。外交でいえば、日本は、緊張が増す隣国と、「幸福な関係」など築く必要はない。

しかし、信頼関係にあるのかどうかは、とても重要だ。

幸福は、瞬間的に実感できるが、信頼を築くためには面倒で、長期にわたるコミュニケーションがなければならない。

国家だけではなく、企業も、個人でも、失われているのは幸福などではなく、信頼である。

今現在、アベノミクス・東京五輪など、わかりやすい夢や希望が各種メディアで取り上げられていますが、一方では原発汚染水問題、消費税増税、ブラック企業と、その両極端な現実に、多くの人々は思考を放棄してしまっている。

いま本当に必要なのは、耳障りの良い幸福論を脱して信頼を得ることだと村上さんは書いています。

そんな幸福論について村上さんはこうも書いています。

幸福論

幸福という概念はとても曖昧だ。

辞書で調べると「満足していること」「不平や不満がなく楽しいこと」という風に記してある。

人それぞれ欲望や欲求の質や量が違うから、自分はこれで満足だと思いさえすればそれで幸福だということになる。

だから、新聞連載のために取材したホームレスでも、「おれは幸福だ」という人がかなりいた。

だから若者たちに「あなたはいま幸福ですか」と聞いたらイエスという回答が意外に多かった、などというアンケート結果には、あまり意味がない。

だいぶ前だが、都内の有名私立大で講演したことがある。

最後に学生たちとの応答があって、「収入はそれほど要らないから、趣味を楽しめて、家族を作り、ごく普通の幸福な暮らしができればいいです」と一人が言った。

わたしはその学生に対し、「それでは、ごく普通の幸福な暮らしを実現するためには年収はどのくらいあればいいと思うか」と質問した。

その学生は、答えることができなかった。

幸福だと感じられる生活を維持するための年収は、人によって違うだろう。

2億なければやっていけないという人もいるだろうし、150万でも何とかなるし満足だという人もいるはずだ。

だからアンケートでは「あなたはいま幸福ですか」ではなく、「あなたが幸福だと思える暮らしには年収がいくら必要ですか」という質問にすべきだと思う。

年収150万だと、おそらく家庭を作るのは無理だし、子どもを産み育てることも非常にむずかしいし、病気になっても医者に診てもらえない。

しかしそれでも、「わたしは充分に幸福です」という人もいる 幸福とはそういうものだ。

これを聴いてハッとした人も多いのではないでしょうか?

特に20代のリスナーがいましたらよく考えてみてください。

思考停止をしている人はいませんでしたか?

皆様が該当するかはわかりませんが、現在の日本ではこういった思考停止の若者が非常に多いと村上さんは語っております。

まとめ

今後、たとえ「アベノミクス」が功を奏してデフレから脱却できたとしても、その恩恵がすべての国民に等しく行き渡ることなどないし、国民の各階層間の格差はさらに大きくなっていき、母子家庭などを中心に貧困層は増えていく。 政府が何とかしようとしても、財政政策も金融政策も、もうできることが限られている。

国庫に充分な資金がないどころか、破綻して、円が暴落する可能性さえある。

大量の国債を保有している民間銀行だが、何らかの理由で金利が上がりはじめたら、いっせいに売りに走るかも知れない。

お国のために、たとえ潰れても国債を手放さない銀行など、おそらく存在しない。

マクロ的には、そういった危うい綱渡りのような状態が続いていて、ミクロ的には、今後、今よりももっと個人や企業の優劣がはっきりして、世の中は敗者であふれかえるだろう。

村上さんは、東京オリンピック開催が決定した日、西新宿の定宿に泊まっていて、都庁前の広場で「THANK YOU」という人文字を見たんだそうです。

東京オリンピックは素晴らしいことだと私も思います。

でもみなさん、政治や経済、原発問題に対するデモや集まりってほとんど見ないし話題に上がりませんよね。

これはなぜでしょうか? 皆さんは思考停止をしていませんか?

今回読んでみて、失礼ながら改めて、村上さんの文章は心に波紋を立てるのが非常に巧いなと感じました。

心の中にスッと1石を投じられる、それでいて見解が平等で説教臭くない。

20代の若い世代にこそ読んで頂きたい一冊です。

また音声ではうまく伝えられませんが、もう一つの見どころとして表紙や本文内の合間に出てくる写真が非常に印象的でした。

1枚の街の航空写真等を上下左右4枚に反転コピーしつなぎあわせているような写真が多いのですが、見ていると写真に吸い込まれそうになる不思議な写真です。

この写真を一体なにを意図しているのか観る人によって感じ方が変わるロールシャッハのような写真だと感じます。

気になる方は是非お手に取って確認してみてください。

賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。

賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。

賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。

敗者であふれ、思考放棄のこの国に、村上龍が突きつける「脱・幸福論」!
格差を伴った多様化と分化が進むいま、どこに希望を見出せばよいのか?
村上節が深く静かに炸裂する、待望のエッセイ最新刊!!