「“奇跡のリンゴじゃなくて、“必然”のリンゴだったんだ」
― 本書では僧侶である荒了寛さんとの対談に臨まれていますが、対談時の現場の雰囲気はいかがでしたでしょうか。農業と仏教で、通じ合うものはありましたか?
目の覚めるような思いをさせていただきました。私には仏教の知識はあまりないのですが、自然栽培農法を模索するなかで学んだことを、和尚さんは仏教のいろんな視点からとらえ直してくださり、とても有意義で楽しい時間でした。社会情勢や教育の問題まで、いろんな話に花が咲きました。
― どのような想いで対談に臨まれたのでしょうか。
地球上のすべてのものに命や心があると、リンゴの無農薬栽培に取り組むなかで私は感じるようになっていました。そうとしか思えない、という心境になっていったのです。ですから、私は自分なりの確信をもって、そのことを農業関係の研修や講演会などで多くの方にお伝えしてきました。しかし一方で、自分以外の別の視点からも、「あなたが考えたことややってきたことに、間違いはないですよ」と教えてもらいたい、という思いも抱いていました。ですから、今回の対談の企画が持ち上がってから、私としては神妙に和尚さんの審判を待つような緊張感もありました。
― 対談を通して、新たに気づいたこと、感銘を受けた言葉などはありましたか?
印象に残っているのは「慈悲」という言葉の意味です。和尚さんは、仏教での「慈悲」という言葉の意味は「一体感」だとおっしゃったんです。それを聞いて感動しました。私が自然栽培農法で見出したのが、まさにこの「一体感」の世界だからです。
自然界では本来、リンゴの木も雑草も虫もすべて、リンゴが実をつけるうえで欠かせない要素として強く結びついています。人間たちの無用な作為など必要ないサイクルが、自然界にはあります。私は土に這いつくばり、根元からリンゴの木を見上げながら、その自然のありようを見てきました。そのことが、2千年を越える歴史をもつ仏教の教えの中で脈々と語り継がれてきていた。それを和尚さんに教わって、「やはりそうだったか!」と心を揺さぶられる思いがしましたね。
さらに、仏教で教える「縁」というものの不思議さも興味深いものでした。私をこの農法へと導いた数々の不思議な出会いは、まさにこの「縁」でした。無農薬栽培という無謀なことを私が考えたのは、木村家に婿入りするまで農業の経験がなかったからですし、その挑戦を支え続けてくれた義父は、娘の体質が農薬に弱いことを誰よりも心配していました。そして、何年挑戦してもリンゴの花一つ咲かないことに絶望し、死を決意して分け入った山の中で、一本の木の根元に堆積したから大きなヒントを得るという体験もしました。多くの不思議な縁によって、私はまさにこの自然栽培農法へと導かれた、としかいいようがないんです。だから、人はよく「奇跡のリンゴ」と言ってくれますが、「奇跡」のリンゴじゃなくて「必然」だったんです。和尚さんは、すべてのことは「原因」と「縁」が結びついて、「結果」すると話してくださいましたが、本当にそのとおりだと腑に落ちました。
「ずいぶん遠くまで来たもんだ。多くの人と出会うために」
― 実は以前、木村さんの前著を読ませていただいたことがあったのですが、本書でも木村さんの自然との向き合い方、接し方が一貫していらっしゃいました。その一貫した軸を持ち続ける方法や気持ちの持ち方について教えていただけますか?
いろんなことをよく観察する、ということでしょうか。当たり前のことが当たり前であるために、何がどう関わって成り立つのか、そういう視点で物事を見つめてみるんです。
リンゴ畑で土とまみれ、風に吹かれながら、私はよく自然を観察します。すると、いろんな発見をします。たとえば、害虫が大量に孵化してしばらくたつと、それを食べる虫が孵化する。互いに食ったり食われたりの関係でありながら、それぞれ全滅もしない。長いスパンで見ると、バランス良く落ち着くようになっているんです。でも、私たちは一日、一カ月、一年という、自然の大きな流れに比べるとずっと小さなサイクルで物事をとらえがちです。目先の欲にかられて、ゆったりとした目線をもてないのです。人間が小手先で全体のバランスを崩すようなことをすると、そこに組み込まれている自分の存在も同時に危うくなると気づけないんですね。
人間は、どんなに踏ん張っても、自分の体にはリンゴの実一つも米粒一つもならせられません。いくら力んだところでコップ一杯の水も出せない。土を掘っても、そこに水脈がなければ水は湧いてはこないんですから。結局は、置かれた状況で自分がどのように周囲からのはたらきかけを受け、自分もまたどうはたらきかけていくかということを見つめる――コップ一杯の水を飲む時にも、その状況をあえて俯瞰して物事を観察する習慣をつけると、狭くなりがちな視野を広く保てるのかもしれませんね。
― 私の実家が農家で、なおかつ山の中にあることもあり、人間の自然との接し方について、少し人間が傲慢になっているのではないか、人間が自然を管理してやっているという気持ちが強いのではないかと感じます。木村さんはそう思われることはありますか? もしそうならば、どんな時ですか?
まさに、そう思います。代表的なものが、現在の農業のあり方でしょう。
リンゴの慣行栽培では、通常、農薬を年に十数回も散布します。その農薬は、直接肌にふれると皮がベロリとむけてしまうほど強い薬品です。私はある時、人の皮膚と同じようなことが畑の土の中でも起こっているんじゃないかと思いました。だって、木の根っこは、農薬を散布している時の私たちのように衣類などで覆われているわけじゃなくて、直接薬が触れるわけですから。
そこで、紆余曲折の末に、畑の土を山の土のような自然の状態に戻しました。雑草も生え放題です。すると、リンゴの木から落ちた葉が草に絡まるので風で飛ばず、自然の堆肥となって木の養分となり、実を太らせるわけです。山の木々は、だれも雑草を取ってくれませんよね。けれど木々には毎年いろんな実がなり、山の生き物たちを生かしている。その生き物の糞が、木々の養分になる。自然では、すべてのものがつながり合って互いを生かし合うという、過不足なくバランスのとれたサイクルが完成しているじゃないですか。また、自然栽培農法に慣れてきたリンゴの木は、自然治癒力が高まるんです。葉に病気の菌がついても、そこにだけ養分が行かないようにして、病変部分だけが丸く抜け落ちてそれ以上広がらないようになるんです。
そうしたことを思うと、人間が「収穫量を上げよう」という欲から農薬や除草剤を散布することは、実はそういうサイクルを壊しているように見えてきます。人間はもっと自然に対して謙虚な“わきまえ”ある姿勢でそのサイクルの一部として参加する、というくらいの気持ちでいるのがいいと思います。
― 木村さんがリンゴ栽培を続けてきて一番良かったと思うときはどんなときですか?
もちろん、無農薬栽培に挑戦し始めてから、初めてリンゴの実が実った時は、それはもううれしかったですよ。あの時の家族の笑った顔は、一生私の脳裏に焼きついて離れないでしょうね。
そして、今、リンゴの畑に立つとしみじみと思うんです。この畑から出発して、私はずいぶん遠くまで出かけてきたなぁって。そして、何て多くの人と出会わせてもらったんだろうかと思います。無農薬栽培に取り組まなければ会えなかっただろう全国の自然栽培を志す仲間や、言葉の通じない海外の人たちにまで会えました。その間、私はずっとリンゴたちと二人三脚で歩んできました。いや、リンゴたちに引っ張ってもらって、いろんな出会いをいただいてきたと言っていい。今は、そうした新たな出会いをいただいたことが、何よりの喜びです。
― 本書では自然との接し方を通して、「教育」の分野にまで切り込んでいますが、教育という観点から今、課題だと思っているところ、疑問に思っていることはありますか?
大切なのは、食事の際の「いただきます」や「ごちそうさまでした」という言葉の受けとめ方を、私たち大人が子どもにきちんと伝えていくことじゃないかと思っています。
私はよく、小学校や中学校にも呼ばれて話をする機会があるのですが、とある小学校で話をした後、子どもたちと一緒に給食をいただく機会がありました。ところが、みんなで「ごちそうさま」と言う段になって、見学していた保護者の一人が「給食費を払っているのに、なぜそういう挨拶をしなくちゃならないのか」と先生に質問したんです。話では聞いていたけれど、本当にそんな人がいるんだと、心底驚きました。
今回、和尚さんにお話をうかがって、こうした問題についても改めて考えさせられました。仏教では、物事は何一つとして独立して存在しないと説くそうですね。自分の口に食べ物が入るということは、野菜や豚や牛を育ててくれた人や自然をはじめ、調理してくれた人のはたらきがある、ということです。給食費を払うにしても、それだけの収入のある仕事が必要です。私は無収入の時代が長くあったのでそのことをより痛感するわけですが、仕事に普通に就ける状況や、給食供給のシステムも、安定した社会情勢のうえに成り立っています。すべて、多くの人の働きや時代の流れなど、自力だけでないさまざまな作用のもとに、今、目の前に馳走された(ふるまわれた)この一口、一食だととらえる。何事も当たり前にあるものなんてない、すべては届けられたものと思うと、深い感謝がわいてくるじゃないですか。だからこその「いただきます――頂きます」であり、「ごちそうさま――ご馳走様」なんです。こうしたことを大人がきちんととらえていなければ、どうして子どもたちに生きる姿勢を伝えられるでしょうか。
今は、大人が子どもに「世のため、人のためになる人間になれ」と教えることが少なくなりました。昔の人には、自分の力だけでできることなどたかが知れている、人はいついかなる時にも他の人びとや社会、自然に生かされて生きているという“わきまえ”があったんですね。だから、自分にできることはさせていただこう、という志をもって生きられたんです。それが、今は変な個人主義が横行していて「お金さえ払えば、権利が得られて当然」と、感謝を忘れている。そのへんを、大人たちはもう一度、心して学びなおさなければならないことだと思います。
「リンゴが苦労を共にしてくれたから、今の自分がある」
― 木村さんにとってのリンゴ栽培の“ゴール”とはどのようなものですか?
今、私は各地の農家の方たちと、自然栽培農法に関する知識を分け合いながら、日本の「農」のあり方や認識を変えていこうという運動を広げています。自然と共存する生き方を、「農」や「食」の場面から発信して、もっとみんなの常識になるくらいまで到達できれば、と思っています。
それはすべて、リンゴが私に教えてくれたことです。私は、リンゴたちから人生の苦労をいただいて、それによって生きる姿勢を教えてもらったんです。無農薬栽培を確率しようと試行錯誤していた時期、私は畑のリンゴの木たちにほんとうにつらい思いをさせました。枯れてしまった木もあります。彼らとそうした苦労を共にして学ばせてもらったこと――「リンゴの心」を伝えていくことが、今の私の使命であり、目標ですね。
― 本書をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
今回は、対談という形でこの本をまとめていただいています。ですから、私のリンゴ栽培の話だけでなく、仕事をするうえでの心のもち方や、人を育てるときに大切なことなど、人の生き方をテーマとした話に自然と広がっていきました。これも相手のいる対談だからこそですね。ですから、学校の先生方や子どもを持つ親御さん、お仕事をされている方や若い方にも、手に取ってもらえるといいんじゃないかと思います。
― このインタビューの読者の皆さまへメッセージをお願いします。
タイトルに冠した「リンゴの心」とは、「すべてのものがつながって、互いに生かし生かされて生きる」というメッセージです。私はこのことをリンゴに教えてもらって、目の前に見えてくる世界が一変しました。自分を取り巻く世界が、こんなにも分かちがたい絆で結ばれていて、その中に自分もまた抱かれている。そう気づくと、世界が私に微笑みかけてくれているような心持ちで生きていかれるし、自分もまた世界に応えるように生きていこうという力が湧いてきます。そうしたリンゴからのメッセージを、ぜひ皆さんには受け取っていただき、真の意味の豊かな人生を実現してほしいと思います。