虫歯はないのに歯周病で歯が抜ける、という恐怖
――「歯周病」という言葉はここ10年ほどで一気に広がった感があります。この背景にはど
のようなことがあるのでしょうか。
田北:これは私見ですが、まず歯周病が全身の病気に強く関与していることがこの頃になってわかってきたことが挙げられます。
身近なところではアルツハイマーですとか、糖尿病、心臓系の疾患ですね。そういった病気の治療をする時に口の中の病気を一緒に直しましょう、とか、口の中の病気を治すことで全身の病気を治していこう、というように、歯科医と他の科の医師との連携ができてきたことが、「歯周病」という言葉が広まった背景としてあると思います。
もう一つは、昔と比べてみなさんすごく清潔にするようになりましたよね。それに伴って、口臭があったり、口の中が汚かったりすることが、マナーの観点から人に嫌がられる原因として取り上げられるようになってきたこともあるのではないでしょうか。
――歯周病が全身の病気に関係することがわかってきたのはここ数年のことなのでしょうか。
田北:1900年くらいから、口の中の病気の菌と同じ菌が心臓の弁に付着していたり、歯周病の女性が早産になりやすかったりといったことから、口内の状態と全身の病気に何らかの関係があることはわかっていたようです。
最近になって、口の中の菌の分類や遺伝子など、様々なことを調べられるようになって、より詳しいことがわかってきました。
口の中はいつも湿っていて温かくて、常に食べ物が入ってきて、ということで、ばい菌が増えやすい環境です。そこで増えた菌が体の方にどう反映するのか、というのは今後さらに研究が進んでいくと思います。
――子どもの頃よく言われるのが「歯を磨かないと虫歯になるよ」というものです。そのせいか、虫歯のケアはしていても、歯肉炎やその外の歯周病にはあまり意識が行っていない人が多いような気がします。現実には「虫歯は一本もないが、歯周病」という状態はあり得るわけですよね?
田北:あり得ます。時々あるケースが、大人の方で「歯を磨かなくてもずっと虫歯がない、自分の口内は清潔だ」と思い込んでしまう、というものです。
こういう方ほどだんだん歯を磨かなくなりがちで、40代、50代になってから突然歯周病になって、虫歯はないのに歯周病で歯が抜け落ちてしまったという話はあちこちで聞きますし、見受けられます。
――「歯周病」というと、中高年がかかるものだというイメージがあって、20代30代のうちは他人事だと捉えている人は多いかもしれません。
田北:若い方でも歯周病になる方はいます。アメリカなどでは10代、20代の時に異性から感染して、家族間で広がっていくパターンが多いようです。
そもそも、歯周病の菌自体は若いうちから多くの方が持っているんですよ。ただ、若いうちは抵抗力があるから発症しにくいというだけで。抵抗力が落ちてきた40代、50代になると、口の中に菌をたくさん持っている人は発症しますし、歯磨きなどでこまめに菌を落としている人はその限りではありません。
歯周病を発症するかどうかは、口の中の歯周病菌の数とその人の抵抗力のバランスで決まってきます。
経年劣化はやむなし!?すり減る奥歯にご用心!
――タイトルになっている「歯から若返る」がどういったことを指すのか教えていただきたいです。
田北:人間にとってコミュニケーションというのは非常に大切なものですが、誰かとコミュニケーションをとる時に、相手のどこを見ているかというと、まずは相手の目ですよね。それと、口元も非常によく見られるんです。人と食事をしながら会話をしたり、といった時に口元が若々しく見えるというのはとても大事なことです。
じゃあ、若々しい口元とはどういう状態なのかといいますと、まず左右の歯の形がそろって顔が左右対称に見えること。次に歯のくすみがないこと。
それと、三つ目は顔の輪郭ですね。人の顔は若い時の方が縦に長いんです。なぜかというと、歳をとると、それこそ歯周病などで奥歯が抜けるといったことが出てきますから、その分だけ顔が短くなります。抜けないまでも、歯というのは長年使っているうちにすり減ってきますから、ミリ単位の話ではありますが、やはり顔は短くなる。
奥歯がしっかりしていると、話し方がはっきりして、食べ物がよく噛めるのに加えて、見た目の若さにもつながるわけです。
このように、いろいろな要因がありますが、歯をいい状態に整えることで見た目が若返りますし、そうなると人とのコミュニケーションが活発になってさらに若返る。「歯から若返る」にはこういう意味があります。
――歯がすり減るというのは考えたこともありませんでしたが、確かに長年使っていればそうなってもおかしくありませんね。
田北:たとえば江戸時代の人の平均寿命は40歳とか50歳だったようですが、今はその倍近くになっているわけですから、ある程度の経年劣化は仕方がないとも言えます。
ただ、すり減る速さは人それぞれです。1日の食事でだいたい600回から700回噛むのですが、さらに歯ぎしりすると、奥歯同士の摩擦が強くなりますから、習慣化すると歯がすり減りやすくなってしまいます。
入れ歯をつけるとよけいに歯が抜けるという悲劇
――本書では定期的な歯科検診の必要性を訴えられていますが、歯周病予防の商品が次々と開発されている今でも、病院に行くことなく歯周病をケアすることは難しいのでしょうか。
田北:歯周病の菌は、歯の根に膜状や歯石になって貼りつくので、簡単には落ちないというのがまずあります。その膜を壊すには市販のものよりも強い殺菌剤が必要です。
それと、マメに歯磨きをする方でも必ず同じ場所を磨き残します。よく、「磨き残しがないように、電動歯ブラシを使った方がいいですか」と聞かれるのですが、これは磨き方の癖の問題なので、道具を変えてもあまり効果がないんです。
ですので、やはり定期的に歯科医にかかって、自分の磨けていない箇所を磨いてもらうのがいいのではないかと思います。それによって口の中の菌が大幅に減りますので、歯周病の発症はどんどん遅れていきます。
――歯科の技術や機具も日々進歩しているかと思います。最近新たに開発された医療機器や技術などがありましたら教えていただけませんか。
田北:最近、インプラントの技術の発展と普及は目覚ましいものがありますね。
もちろん、インプラントが良くて入れ歯がダメ、という話ではありません。実際、歯を失った方にとって、長い間入れ歯はなくてはならないものでした。
しかし、入れ歯を使うことが、残っている歯まで失う原因になる可能性もあります。歯の一部がなくなってしまい、その部分を入れ歯にする場合、その入れ歯は両サイドの歯に引っかける形で固定するのですが、引っかけられた方の歯は、ものを噛んだりして入れ歯に力が加わえられることで揺さぶられるわけです。
すると、次第にその歯まで悪くなって、最後には抜けてしまう。そうなると、入れ歯を作り直して、さらにその両サイドの歯に引っかけて固定しないといけません。入れ歯を入れることでどんどん歯を失ってしまうということが起きることもあります。
現在では、自分の歯をできるだけ守るという意味では周りの歯に負担がかからないインプラントの方が有効だと私は思います。
我が子に歯磨きの習慣をつけさせる裏ワザ
――子どもがいる親としては、息子・娘の虫歯や歯周病は心配です。親としてできることを教えていただきたいです。
田北:自分が歯磨きをしている姿を子どもに見せるのが一番ですね。子どもが歯磨きをしない家庭は、親もあまり歯磨きをしていないことが多いんです。
それと、子どもの特性を知ることも大切です。子どもの反抗期は歯の生え方と重なっていて、最初の反抗期は生後8か月~1年くらいの時に来ます。ちょうど最初の乳歯が生える頃ですね。
それから3歳と6歳で、それぞれ乳歯が生え揃う時期と、最初の永久歯が生える時期です。その次は12歳で永久歯が生え揃う頃と、最後は親知らずが生えてくる18歳。定期的に子どもの歯のケアをして、反抗期の時はあまりうるさく言わない。反抗期が来る前に治療すべきところがあれば治療しておいてあげるといったことが必要になるのではないでしょうか。
もちろん、本を読んだり、適切なアドバイスをくれるいい歯医者さんと付き合ったりして、親が歯についての知識を持っておくのも大事なことです。
――赤ちゃんに口移しで食べ物を与えることで、虫歯の菌が親から子に移ってしまうということが言われます。きちんと歯磨きをしていてもできるだけ避けた方がいいのでしょうか。
田北:虫歯菌の70%が母親の口から子どもの口に移るというデータがありますので、できれば口移しはやめた方がいいと思います。ただ、決してそれは愛情の否定ではなく、子どもの健康を守るためにも、できるだけ口移しの回数を少なくして、する時は親が口の中をきれいにしてから、ということを意識していただきたいですね。
――子どもに歯磨きの習慣をつけさせるために有効な方法がありましたら教えていただきたいです。
田北:これはスウェーデンで行われていることなのですが、まだ歯が生えていない乳児のうちから、授乳した後にガーゼで子どもの口の中を触ったり、歯ブラシを口の中にいれたりして「口の中に食べ物を入れたら歯を磨く」という習慣をつけています。
歯が生えてくる8カ月くらいの時期は、子どもに自我が芽生えて最初の反抗期がきますから、その時に歯磨きをしようとしても嫌がってうまくいかないんですよ。だからこそ、「ものを食べたら歯ブラシを口の中に入れる」というのを乳児の時期から癖づけておくことは、歯磨きの習慣をつけるために有効だと思います。
――疾病や体の不調の原因になるなど、歯や口内の問題の影響は全身に及びます。こうした歯周病に「完治」はあるのでしょうか。
田北:どんな病気でもそうなのですが、「ある一線」を超えなければ治ります。
ただ、歯周病が厄介なのは、「サイレント・ディジーズ(沈黙の病気)」と言われているように、あまり症状が出ずに進行してしまうことです。そして、症状が出る頃にはかなり進んでしまっている、というケースがよくあります。
――歯周病における「ある一線」とはどのあたりになりますか?
田北:歯の下の骨の高さが健康な状態であることだと私は考えています。
歯肉炎といって、歯茎が腫れているだけならば、清潔にすれば治ります。ただ、骨の方に歯周病の菌がまわってしまうと、骨の量が減ってきてしまう。骨はなかなか再生しませんから、そこまで行くと完治は難しくなってしまいます。
――最後になりますが、虫歯や歯周病が気になりつつ、歯科医院にいけずに放置してしまっている方にメッセージをいただきたいです。
田北:一番に言いたいのは「あなたは悪くない」ということです。虫歯でも歯周病でも、歯医者さんに行くと、みんな「あなたの磨き方が悪いから虫歯になった」「あなたの生活習慣が悪いから歯周病になった」と言われます。
でも、これはある種の脅しですよね。そもそも、虫歯も歯周病も感染症であって、誰かから移されるものです。これを全部自己責任にしてしまうのはかわいそうだと思います。
口の中のケアについて教えてくれる人がいなかったという人もいるでしょうし、仕事が忙しくてなかなか歯科にかかれなかった人もいるはずです。だから必ずしも「自分が悪い」というわけではありません。「自分は悪くない」と思って、負い目を感じることなく歯医者さんにいらしていただきたいです。
それと、正しい知識を持っていただきたいということも言いたいです。日本の歯科医は虫歯や歯周病の治療には一生懸命ですが、虫歯や歯周病についての正しい知識を普及させる努力がもうひとつだったように思います。
今はいろいろな本が出ていますから、気になるものを読んでみたり、いい歯医者さんを見つけて教えてもらったりして知識を得ることも大切にしてほしいですね。