将来の経済を読み取るための思考術
小宮一慶氏が大胆に近未来の経済を予測―【書評】『未来経済入門』
この20年間、平成の大不況という暗幕のようなものに包まれた日本経済は泥沼化したまま現在に至っている。この間、エコノミストたちによって様々な経済予想が語られ、私たちは彼らの言葉に一喜一憂してきたが、そもそも、どうして彼らは経済予測が出来るのだろうか。
もちろん彼らはあてずっぽうで発言しているわけではない(もしかしたら中にはそういう人もいるのかも知れないが)。それまでの歴史をしっかりとなぞった上で、現代の流れを読み取り、予測しているわけだ。
結果として表れる現象の全てに原因があるように、今起こっていることを原因として考えたとき、歴史を知っていれば類似ケースで近い未来に起こるはずの「結果」を予想できるはずだ。それは先見力が必要なビジネスの場面において重要な思考となる。
本書『未来経済入門』はコンサルタントとして著名な小宮一慶氏による経済予測が書かれた一冊なのだが、知識の他にもう1つ得られるものがある。それは、未来の経済を読解する能力だ。
本書では第1部で、過去25年間の日本や世界経済の流れを分析し、第2部でメディア上の様々な情報やデータを馳駆し、近い未来に起こりそうな経済・ビジネスイベントを丁寧に追う。そして、それらを踏まえた第3部で、企業や国家はどのような施策を打つべきか、ということを解説する。
この思考フローを身につけること。それこそが本書を読む価値を最大限に増大させてくれる。もちろん、経済予測もしっかりとした分析の上でなされており、それだけでも十分に勉強になる。
ここでは、本書を紐解きながら、その思考フローの一部を体験できるようにしていくことにする。
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1、日本経済が変わったのは「1989年」がきっかけ
小宮氏は本書において、この「1989年」という年に非常に重きを置いている。つまり、1989年に起こったある出来事をきっかけに日本経済が大きく変化したという。
その出来事こそが米ソによる冷戦の終結だ。
冷戦下の日本は、米国からアジアにおける資本主義の広告塔として経済的繁栄を求められていた。つまり、米国からの支援・保護という、大きなハンディキャップを手にしながら高度経済成長を遂げてきた。しかし、米ソ冷戦が終結し、アメリカが経済的に日本を保護する必要がなくなった。そして日本は、ハンディキャップなしで国際経済に放り込まれた状態になってしまった、という筋書きである。
確かに1990年以降、日本はバブル崩壊に始まり、平成の大不況を経験するなどそれまでとは打ってかわった20年間を歩んできた。そして企業は“国際化”という標榜の元で、コスト削減という価値観が植えつけられ、年功序列の崩壊や成果主義導入などを叫んだ。
それまで日本経済を支えていた企業の環境は、国際化の波で大きく変わった。その決定打は、1989年の冷戦構造の崩壊だったのである。
(1989年には他にも天安門事件やベルリンの壁崩壊など、社会主義国家の凋落とも言える出来事が次々に起こっており、世界情勢が一気に変わってしまった。近年の研究においては、この1989年以前を「近代」、以降を「現代」という枠組みで捉えることが多くなってきている)
2、日本は国民も企業もさらに二極化が進む
日本銀行の調査によれば、無貯蓄世帯が平成15年から20%を超えているという。以前と比較して、経済的な豊かさが消えてしまった世帯が多くなっているのは間違いない。
この背景にあるのが、冷戦構造の崩壊後、年功序列のシステムを維持できる余裕を失った企業環境の変化だった。
ハンディキャップを失った日本の企業たちは、そのまま熾烈な国際競争と対峙しなければいけなくなった。そして、生き残るために、泥沼の不景気の中で、血みどろのコスト改善、例えば大規模なリストラや給与体系の変更など、さまざまな策を行った。
年功序列というシステムで守られていた国民の人生設計はそこであえなく崩れ、日本に貧富の二極化が生まれる大きな原因となってしまったのだ。
また、小宮氏はこの先10年間で、ファンドなどの投資機関が世界や日本の企業を活性化する仕組みが定着すると述べる。しかし、投資ファンドも「将来性」がなければ企業には投資しない。いかに顧客本位の「本物の」企業に脱皮することができるか、日本の企業にはそれが求められているのである。
3、日本の企業はこれから何をするべきなのか?
国際競争の中にいきなり放り込まれた日本企業は、この20年間、その競争を対等な立場で行うために米国型の経営スタイルをひたすら体内に飲み込んできた。しかし、今やそれは行き詰まりを覚えていると感じざるを得ない。
では、これから日本の企業はどう変わっていくべきなのだろうか。
小宮氏はその処方箋を日本型経営に見出そうとする。そして日本型経営には4つに要素が見られるというのだ。
(1)長期雇用と前提とする、(2)給与査定において情実が入りやすい、(3)コーポレートガバナンスが十分機能しない、(4)従業員の発言力が強い
この中で小宮氏が注目するのは長期雇用である。長期雇用を前提とする経営システムは働く人の忠誠心を高め、会社の安定に必要な、人の安定をもたらしてくれるからだという。
サブプライム問題の原点は、成果主義人事制度に代表される「お金を追い求める制度」であり、儲けることしか考えないような、なりふり構わない態度であった。だからこそ、小宮氏は「お金は追わずに、仕事を追う風潮を取り戻すこと。それが企業発展の原点」であると語る。
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ここでは日本企業を取り巻く環境の変化にのみ絞って本書から抽出し、その要点をまとめてきた。どうして今のような現象が生まれ、どのようにすれば日本の企業は生き残っていけるのかが、少しは垣間見ることができたのではないだろうか。
本書にはこの他にも世界の中における日本政治のあり方や、資源戦争の可能性、環境に対しての考え方、新しい市場をいかに開拓していくかなど、将来の経済を予測するための思考フローが分かりやすく理解できる。
ビジネスパーソンである「私」は一人しかいないが、その周りは様々な「仕組み」のもとに動いている。それが「私」にダイレクトに影響を与えるのだ。自分と経済のつながりを探る上で、また自分が考えている経済予測と照らし合わせる上でも、一読すべきだろう。
(新刊JP編集部/金井元貴)