1、本書を読んでいる中で大塚さんが経験されたエピソードが非常に印象的でした。
そうしたエピソードが書かれていたことで、100のルールの項目1つ1つが腑に落ちて理解することができたのですが、改めて大塚さんにとっての20代とはどのような時代だったと思いますか?
そうですねぇ、私の20代はまさに挫折のどん底からのスタートで、特に20代の前半は「コン畜生、今にみていろ」と拳を握りしめていました。
やる気はあるのに、なかなか目に見えた成果を手にすることができず、悶々とした日々を送っていました。
これは10代からの延長ですが、高校受験の直前でこれまでに経験したことのない、低い偏差値を取ってしまい地域一番校からランクを落とた高校に入学したのが、挫折感にさいなまれる最初の原体験でした。
大学入試でリベンジを果そうと決意したにもかかわらず、一次志望には合格できませんでした。就活もやはり志望していた総合商社や大手広告代理店ではなく、当時はまだ海のものとも山のものとも分からないリクルートという会社に入社したのです。
そういう意味では高校受験、大学入試、就活とすべて一次志望に入ることができなかった敗北や挫折感にさいなまれ、達成感というものを一度でもいいから味わってみたいとずっと思っていました。
その感情は仕事で爆発しました。リクルートで出会った、法人営業という仕事に
そうした内面の持って行き場のないもやもや感をぶつけたのです。
そこで人生最初の成功体験を味わうことになるのですが、同時に30代以降の人生が実りあるものになるなら、20代のすべてを犠牲にしてもいいと思って、25歳でその後の人生設計を行いました。
そしてMBA留学を決意し、留学費用捻出と受験勉強のためにリクルートをスパッと退職し、実家に帰ってヤマメの養殖を始めたのでした。
2年半後にお金もたまり、合格もしたので、渡米、ビジネススクールに入学しました。
2、20代に経験された失敗や挫折の中で、今でも後悔しているものはありますか? また、それはなんですか?
それはなんといってもクリスマスツリービジネスの失敗ですね。実はヤマメの養殖を
しつつ、余力があったので生のクリスマスツリー販売のビジネスの準備をしていたのす。実は実家が江戸時代から昭和初期まで材木商を営んでいた関係で山林を所有してたのです。たまたまリクルートで担当していたのが、生のクリスマスツリーの最大手の会社で、なんと私の故郷からツリーを仕入れているではありませんか。
何も迷わず、トレーラーが横付けできる畑に全国から集めたクリスマスツリーの苗を植えまくったのです。MBA留学から帰国したら、そのツリーを売って1億円の種銭をつくるのが私の皮算用でした。
ところが留学中にバブル経済が崩壊、帰国したときには世の中、クリスマスツリーどころではなくなっていました。
リクルート時代のコネを駆使して販路は築きましたが、なんといっても数が多すぎて、結局1千数百万円の損失を出してしまったという顛末です。
結局のところ、私は植木屋でも花屋でもなく花木の実務については全くの素人でしたし、木というのは在庫としては取っておけず、どんどん大きくなってしまうキワモノビジネスだということに気づかず、ただおもしろそうだということだけで飛びついてしまったのです。
しかも、生のクリスマスツリーは高価で、手もかかるので実際に買うお客様は限られているという現実を、細かなリサーチもせず、自分の営業力があればなんとでもなると過信して、スタートしてしまったことを恥じました。
母からリクルートの営業実績を鼻にかけ、MBA留学までした結果がこれか、と呆れられたのが一番堪えましたね。
3、大塚さんにとって「仕事」とは何ですか? また、その「仕事」の意味を自分なりに理解できたのはいつ頃のことでしたか?
人生のすべてです。これがなければ何も始まりませんね。家族も守れないし、幸せを感じることもできない。20代半ばだと思います。実はリクルートを辞めたくで仕方なかった。窮屈だったです、組織の仕事が。とにかく自由にやりたかったし、自由に行きたかった。だからその自由を手に入れるためにMBA留学をして、自分で創業しようと思ったわけです。
4、20代半ばにしてのMBA取得のために留学するという決断、そしてそのためにリクルートを辞めるという決断は大変なものだったと思いますが、その時の決断の決め手は何だったのですか?
自由を手に入れるためのマスターピースに思えたんです、MBA留学が。 決め手はずばり「自由」を手に入れるためです。仕事も顧客も収入も全部自分で決めた かったんです。
5、「働きたくない」と言っている若者についてどのようにお考えですか?
私だって、大学時代はそう考えていたと思います。働かずに幸せを感じて、豊に生きて行けるなら私だって働かないかもしれません。そして「強いられた仕事」「つまらない仕事」「役に立たない仕事」だったら今でもやりません。
ですから「働きたくない」と言っている若者の気持ちはわかります。ただ、親は必ず先に死にますし、よほどの資産に恵まれない限りは働かないと人としての生活は成り立ちません。
どうせ働かなくてはいけないのですから、「働きたくない」レベルのところでグルグル考えずに、仕事の面白みや仕事を通じた成長の方をまずは実体験することだと思います。
6、20代のときに出会った言葉の中で最も印象に残っているものはなんですか?
「知らないことは人に訊け」
「走りながら考えよ」
(ともにリクルートにて)
7、もし、今、20代の自分にかけてあげるとしたらどんな言葉ですか?
心配するな! 25年後のお前は自己実現を遂げているから!
8、20代に身につけたものの中で、今、一番役に立っているものはなんですか?
営業力
9、これからを生き抜いていく上で、現代の20代に必要なものはなんだと思いますか?
実務能力
ガッツ
スキルを金に換える知見
10、日本の20代に向けてメッセージをお願いします。
時代がどうあっても、夢なんてどうせかなうものですから、大きいほうがいいですよ!
1962年、群馬県生まれ。株式会社リクルートを経て、アメリカ国際経営大学院(サンダーバード校)MBAを取得。リクルート時代はINS事業部において、社内ネットワークシステムの営業を担当、2年間に80社以上の新規受注をあげ、全国トップセールス一度、2位一度、一貫して営業畑を歩む。社内QC活動においても、社内ネットワークシステムの販促ツール、販促企画で2年連続全国入賞を果たす。 米国へのMBA留学を経て、帰国後は1年間、出版社で雑誌創刊のインターンシップを経験。1994年1月オーダーメイド型営業研修および法人営業コンサルティングを展開するエマメイコーポレーションを創業、現在に至る。また、ビジネス書作家としてベストセラーも記している。
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