■雑誌に書かれていた「10年に一度の好機」で転職?
――大串さんはもともと日本ヒューレット・パッカードの人事部門にいらっしゃったそうですね。
大串:そうです。採用や教育、海外派遣業務や社内コミュニケーションの業務をしていました。2年弱ですが、アメリカでの勤務を経験しています。
――その後に独立されたのですか?
大串:その前に小さいコンサルティング会社を経ています。
――独立された経緯は?
大串:『an・an』の星占いを見ていたら、10年に一度の好機だと書かれていた…というのは後付けで(笑)、日本ヒューレット・パッカード時代の上司から「こういう仕事をしてみたら?」と勧められたんですよ。
――そこから株式会社グローバリンクを立ち上げられたんですね。今のメインのお仕事は、ラグジュアリー業界向けの人材育成コンサルティングということになるのですか?
大串:ラグジュアリー業界だけではありません。ビジネスコミュニケーションが切り口になるので、プレゼンテーションや会議の進め方、傾聴力、交渉力、正しい自己主張などをいろいろな企業で教えています。ただ、私自身がラグジュアリーブランドに興味があることもあって、その割合が高くなっているということですね。
■高級ブランドはコミュニケーションが違う
――ラグジュアリー業界、つまりカルティエやエルメス、グッチ、ピアジェなどの高級ブランドを扱うお店と一般的なお店の接客(サービス)の違いはどこにあると思いますか?
大串:ラグジュアリー業界の方が、自分の仕事の評価がより分かりやすいと思います。ラグジュアリー製品はそもそも高額でありながら、必需品ではないわけですから。なくなっても生きていけるものです。
だからこそ自分の腕が試されるわけで、相手のニーズを汲み取って感性をフル活用して、お客様に提案をする。それがあって初めてお客様に買っていただけるわけです。つまり、提案力が問われるんですね。
――高級品だからこその買い方がある。
大串:お客様からしてみれば、憧れの商品ですし、買って失敗したくないんです。そこでしっかりと相手に合った提案ができるかがカギで、「高いものを買ってしまったな」と思わせてしまえば不合格です。逆に値段のことも忘れてしまうほど良い買い物をしたと思ってもらえれば合格といえます。
その合格点に辿りつくためには、お客様の日頃のライフスタイルなどに興味を示しながら、少しでも会話を広げられる準備をする必要があるんですね。
――それが本書でいうところの「感性」になるわけですね。
大串:そうです。音楽や美術、日本文化や一流のサービスに触れたり、その道のプロの話を聴いたりするなど、感性で受け止めるものに触れることで、その力は磨かれていきます。
ただ、もちろん感性だけが大事というわけではなくて、基礎的な部分ができているとした上で、「選ばれる自分」になるためのプラスアルファとして、自分の言葉で話せるか、相手への配慮がちゃんとできるかといった部分も大事になります。
■相手の話を聞くことが違いを生む
――本書にはお客様とのコミュニケーションのとり方のイロハが書かれています。特に興味深いのが、商品を売り込むのではなく、お客様をうまく乗せてあげるという点が強いということです。
大串:そうですね。お客様はそれぞれストーリーを持って、お店に足を運んでいます。
あるお客様がお母様の誕生日プレゼントを購入しに来店したとして、予算はこのくらいです、と。そこですぐに商品をすすめてしまうのではなく、よりコミュニケーションを取ることで、お母様の好みを聞いたりしながら、より良い商品の提案ができるようになるはずです。
――相手が持っている背景を聞くと、いろいろなことを話してもらえますからね。
大串:相手にお話ししてもらうことが大事なんです。ところが、気づけば「これは○○のデザインで」「これは○○の素材で」など、一方的に話をしてしまう。でも、それはお客様がほしがっている情報なのですか? と言いたいんですね。
■正解を探したがる日本人
――大串さんは企業研修などで「感性トレーニング」を行っているそうですが、それはどのようなトレーニングなんでしょうか。
大串:具体的には、会社の歴史を学んだり、そのブランドの本国の歴史を学んだり、接客トークを学んだりといった中に、本物の芸術に触れてみるとか、普段体験ができないことをしてみようとか、自由な発想で言葉を生み出すトレーニングが組み合わさっています。
ただ、感性だけを磨きましょうということではありません。ビジネスと感性のトレーニングを掛け合わせることが基本です。
――業界、国籍問わずさまざまな企業で研修を行っていらっしゃいますが、研修の内容は国によって大きく変わるのではないですか?
大串:研修の内容は、そのブランドの本国で作ったものを使っている企業もありますね。一方で日本独自でプログラムを開発しているブランドもあります。本国で作られたものについては、さすがにそのまま日本に当てはめるわけにはいかないので、マーケットに合うようにアレンジをすることもありますよ。
――日本とヨーロッパやアメリカを比較したときに、どのような違いが出てくるのでしょうか。
大串:ヨーロッパは感覚が強いですよね。絵を見て何を感じるか、自分の言葉でしっかりと言えないといけない。一方でアメリカはまさに「ビジネス」という感じです。ドライというか。日本は受験勉強に慣れているせいか、正解を探してしまうんです。でも感性に正解はないわけですから、戸惑う人は多いですね。ただ、戸惑うことも大事なことです。
■「Love」と「Technique」のバランスがハイレベルなサービスを生む
――ハイブランドの接客力の高さにはどのような共通点があると思いますか?
大串:これは「Love & Technique」だと思います。自ブランドに対する愛やお客様に対するロイヤリティを、しっかりと表現できるだけの知識と技術を持っているスタッフが多いですね。
「Love」と「Technique」はどちらだけでも成り立ちません。バランスが重要です。大事なのは知識や技術に裏打ちされた「Love」ですから、「感性トレーニング」を通して意識的に磨かなければいけない部分です。
――なるほど。
大串:ところが、多くの方は「Love」と「Technique」のどちらが得意かを聞くと、「Love」だと答えるんです。私はお客様に対する気持ちをしっかり持っている、と。
でも、お客様はどういったところでスタッフにガッカリしているかというと、「Love」の部分なんですね。商品のことを一方的に説明されたとか、お客として扱ってもらえなかったとか。だから、自分では「Love」を持っていると思っても、実はそれが相手に伝わっていないことがあるんです。
――研修以外で個人でもできる感性の磨き方はありますか?
大串:仕事モードになっている心を少し解放してみることですね。本物の芸術や音楽などに触れると、お客様に対する接し方、説明の仕方も変わってきます。目線や感性を広げることは、自分に余裕をもたらしますし、相手をよく見られるようになりますから、お客様が知りたいことは何かを受け取った上で提案できるようになるはずです。
■現状を「感性」で打破してほしい
――本書には高級ブランドの事例を通して接客のイロハが書かれていますが、内容はどんな業界でも通じるものがありますよね。
大串:そうですね。仕事をしている人全員に通じる内容だと思っています。
――どのような方に読んでもらうことを考えて執筆されたのですか?
大串:今よりももう少し高いところに進みたい人、上を向いて頑張りたい人、ちょっと躓いてしまっている人にも読んでほしいですね。状況を打破する力を持つことができると思います。
――では最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。
大串:仕事の質やレベルは何歳からでも変えられます。「感性はセンスだから。持って生まれた才能だから」と言ってしまったら、ビジネス書を何冊読んでも意味はありませんし、研修を受けても無駄です。
自分を変えるためには、ほんの少しの勇気と、時間と、お金を自分に投資することが必要です。ラグジュアリー体験をしてみるなど、今までやったことがないことを経験しながら、思い込みを取り払ってほしいですね。
(了)