BOOKREVIEW
書評

 カルティエやエルメス、グッチ、シャネル、ティファニー。ジュエリーならヴァン クリーフ&アーぺル、時計ならばピアジェといったハイ(高級)ブランドは、いつの時代も人の心をつかみ続けています。

 しかし、こうした高級嗜好品はそもそも生活に必要不可欠ではないもの。ましてや財布の紐が固くなっている現代において、なぜこうしたラグジュアリーなブランドが顧客たちから愛され続けているのでしょうか。

 『ハイブランド企業に学ぶ 仕事が変わる「感性」の磨き方』(大串亜由美著、PHP研究所刊)には次のように書かれています。

「桁外れに高額な商品を買うお客さまは、売り場に立つスタッフへの要求や期待値も高く、評価もシビアです。そのハードルをクリアするために不可欠なのが、お客さまと世界観を共有する「感性」なのです」(p6より)

 確かに、「せっかく高いお金を出すのだから、良い買い物をしたい」と顧客が思えば、スタッフへの要求は高くなるでしょう。そんなときにスタッフが研ぎ澄ますべきなのが「感性」だと著者の大串さんはいいます。では、その「感性」とは一体どのようなものなのでしょうか

■ まずは選ばれる人になりましょう

 巷に出回っている商品のほとんどは「どんな人から買っても同じ」ものです。しかし、ハイブランドが徹底しているのは、その人にしか渡せないプラスアルファやサプライズができること。これは「あの人に任せておけば安心」のレベルをさらに上回るプロフェッショナルの仕事です。

 しかし選ばれ続ける人になるには、正しい準備、努力が必要です。そこで磨くべきなのが「感性」なのです。

■ 「感性」は相手の求めていることを提案できる力

 この「感性」とは、いわば顧客が求めているものやニーズを汲み取り、それに合わせた商品を提案できる力のことです。相手の話をじっくり聴く傾聴力や、幅広くアンテナを張り巡らせて得た深い知識と経験。相手の立場になって考える想像力なども、「感性」に含まれます。

■ 競合他社の情報も重要な材料になる

 例えば、ハイブランドの多くは、他社ブランドの接客や商品について勉強をします。何のためにそれをやるかというと、もちろん他社製品のネガティブキャンペーンを行うためではありません。製品の特徴をしっかりと比べることで、適切な提案を顧客に行うためです。

 「Bさん(競合他社)は○○がお得意ですので、商品もボリューム感がありますね。私どもはブランドの発祥からも、繊細なデザインを得意としておりますので、今回のエレガントな装いに合わせて、というお客さまのニーズにぴったりだと思います」(p140より)

 相手が今使っているものやこれから使おうと思っているものを聞きだした上で、自社の商品をおすすめしているわけですが、競合他社の製品をしっかりと勉強しているという姿勢を見せ、その上で自社製品がどんな特徴を持っているのか伝えています。嫌味もありませんし、他社の商品も尊重しているので、顧客は気持ち良くその提案を聞けるのです。

 どんなにマナー本を読み込んでも、話し方の本をマスターしても、それだけでは商品は売れません。本書ではハイブランドの接客術について書かれていますが、ラグジュアリーに関わらず、どの業界でも当たり前に通用するスキルばかりです。

 「人対人」はビジネスの基本です。その中で、何を自分は持っていて、何を自分は提供できるかを考え、枠を広げていくことは大事なことです。本書の方法は何歳から、いつからもできる方法ばかりですから、ワンランク上のビジネスパーソンを目指したい人は参考になるはずです。

(新刊JP編集部)

BOOKINFO
書籍情報

目次

  1. 第1章
    ハイブランドの真価 ー何が違いを生んでいるのか
  2. 第2章
    感性を広げる ー永遠不滅のブランド力を支える「感性」トレーニング
  3. 第3章
    背景を訊く、本気で聴く ー相手のキーワードを引き出すスキル
  4. 第4章
    ストーリーを語る ー相手に合わせた提案のスキル
  5. 第5章
    進んで評価を受ける ー選ばれ続ける秘訣

著者プロフィール

大串 亜由美

おおくし・あゆみ
株式会社グローバリンク代表取締役
日本ヒューレット・パッカード株式会社にて14年勤務後、コンサルティング会社勤務を経て、独立。グローバリンクを創立。「国際的規模での人材活用、人材育成」をキーワードに、マネジメント、自己主張など、ビジネスコミュニケーション全般の企業・団体研修、各種コンサルティング業務を手がける。15年連続、年間250日を超える研修実績。

INTERVIEW
著者インタビュー

■雑誌に書かれていた「10年に一度の好機」で転職?

――大串さんはもともと日本ヒューレット・パッカードの人事部門にいらっしゃったそうですね。

著者近影

大串:そうです。採用や教育、海外派遣業務や社内コミュニケーションの業務をしていました。2年弱ですが、アメリカでの勤務を経験しています。

――その後に独立されたのですか?

大串:その前に小さいコンサルティング会社を経ています。

――独立された経緯は?

大串:『an・an』の星占いを見ていたら、10年に一度の好機だと書かれていた…というのは後付けで(笑)、日本ヒューレット・パッカード時代の上司から「こういう仕事をしてみたら?」と勧められたんですよ。

――そこから株式会社グローバリンクを立ち上げられたんですね。今のメインのお仕事は、ラグジュアリー業界向けの人材育成コンサルティングということになるのですか?

大串:ラグジュアリー業界だけではありません。ビジネスコミュニケーションが切り口になるので、プレゼンテーションや会議の進め方、傾聴力、交渉力、正しい自己主張などをいろいろな企業で教えています。ただ、私自身がラグジュアリーブランドに興味があることもあって、その割合が高くなっているということですね。

■高級ブランドはコミュニケーションが違う

――ラグジュアリー業界、つまりカルティエやエルメス、グッチ、ピアジェなどの高級ブランドを扱うお店と一般的なお店の接客(サービス)の違いはどこにあると思いますか?

大串:ラグジュアリー業界の方が、自分の仕事の評価がより分かりやすいと思います。ラグジュアリー製品はそもそも高額でありながら、必需品ではないわけですから。なくなっても生きていけるものです。

だからこそ自分の腕が試されるわけで、相手のニーズを汲み取って感性をフル活用して、お客様に提案をする。それがあって初めてお客様に買っていただけるわけです。つまり、提案力が問われるんですね。

――高級品だからこその買い方がある。

大串:お客様からしてみれば、憧れの商品ですし、買って失敗したくないんです。そこでしっかりと相手に合った提案ができるかがカギで、「高いものを買ってしまったな」と思わせてしまえば不合格です。逆に値段のことも忘れてしまうほど良い買い物をしたと思ってもらえれば合格といえます。

その合格点に辿りつくためには、お客様の日頃のライフスタイルなどに興味を示しながら、少しでも会話を広げられる準備をする必要があるんですね。

――それが本書でいうところの「感性」になるわけですね。

大串:そうです。音楽や美術、日本文化や一流のサービスに触れたり、その道のプロの話を聴いたりするなど、感性で受け止めるものに触れることで、その力は磨かれていきます。

ただ、もちろん感性だけが大事というわけではなくて、基礎的な部分ができているとした上で、「選ばれる自分」になるためのプラスアルファとして、自分の言葉で話せるか、相手への配慮がちゃんとできるかといった部分も大事になります。

■相手の話を聞くことが違いを生む

――本書にはお客様とのコミュニケーションのとり方のイロハが書かれています。特に興味深いのが、商品を売り込むのではなく、お客様をうまく乗せてあげるという点が強いということです。

大串:そうですね。お客様はそれぞれストーリーを持って、お店に足を運んでいます。

あるお客様がお母様の誕生日プレゼントを購入しに来店したとして、予算はこのくらいです、と。そこですぐに商品をすすめてしまうのではなく、よりコミュニケーションを取ることで、お母様の好みを聞いたりしながら、より良い商品の提案ができるようになるはずです。

――相手が持っている背景を聞くと、いろいろなことを話してもらえますからね。

大串:相手にお話ししてもらうことが大事なんです。ところが、気づけば「これは○○のデザインで」「これは○○の素材で」など、一方的に話をしてしまう。でも、それはお客様がほしがっている情報なのですか? と言いたいんですね。

■正解を探したがる日本人

――大串さんは企業研修などで「感性トレーニング」を行っているそうですが、それはどのようなトレーニングなんでしょうか。

大串:具体的には、会社の歴史を学んだり、そのブランドの本国の歴史を学んだり、接客トークを学んだりといった中に、本物の芸術に触れてみるとか、普段体験ができないことをしてみようとか、自由な発想で言葉を生み出すトレーニングが組み合わさっています。

ただ、感性だけを磨きましょうということではありません。ビジネスと感性のトレーニングを掛け合わせることが基本です。

――業界、国籍問わずさまざまな企業で研修を行っていらっしゃいますが、研修の内容は国によって大きく変わるのではないですか?

大串:研修の内容は、そのブランドの本国で作ったものを使っている企業もありますね。一方で日本独自でプログラムを開発しているブランドもあります。本国で作られたものについては、さすがにそのまま日本に当てはめるわけにはいかないので、マーケットに合うようにアレンジをすることもありますよ。

――日本とヨーロッパやアメリカを比較したときに、どのような違いが出てくるのでしょうか。

大串:ヨーロッパは感覚が強いですよね。絵を見て何を感じるか、自分の言葉でしっかりと言えないといけない。一方でアメリカはまさに「ビジネス」という感じです。ドライというか。日本は受験勉強に慣れているせいか、正解を探してしまうんです。でも感性に正解はないわけですから、戸惑う人は多いですね。ただ、戸惑うことも大事なことです。

■「Love」と「Technique」のバランスがハイレベルなサービスを生む

――ハイブランドの接客力の高さにはどのような共通点があると思いますか?

大串:これは「Love & Technique」だと思います。自ブランドに対する愛やお客様に対するロイヤリティを、しっかりと表現できるだけの知識と技術を持っているスタッフが多いですね。

「Love」と「Technique」はどちらだけでも成り立ちません。バランスが重要です。大事なのは知識や技術に裏打ちされた「Love」ですから、「感性トレーニング」を通して意識的に磨かなければいけない部分です。

――なるほど。

大串:ところが、多くの方は「Love」と「Technique」のどちらが得意かを聞くと、「Love」だと答えるんです。私はお客様に対する気持ちをしっかり持っている、と。

でも、お客様はどういったところでスタッフにガッカリしているかというと、「Love」の部分なんですね。商品のことを一方的に説明されたとか、お客として扱ってもらえなかったとか。だから、自分では「Love」を持っていると思っても、実はそれが相手に伝わっていないことがあるんです。

――研修以外で個人でもできる感性の磨き方はありますか?

大串:仕事モードになっている心を少し解放してみることですね。本物の芸術や音楽などに触れると、お客様に対する接し方、説明の仕方も変わってきます。目線や感性を広げることは、自分に余裕をもたらしますし、相手をよく見られるようになりますから、お客様が知りたいことは何かを受け取った上で提案できるようになるはずです。

■現状を「感性」で打破してほしい

――本書には高級ブランドの事例を通して接客のイロハが書かれていますが、内容はどんな業界でも通じるものがありますよね。

大串:そうですね。仕事をしている人全員に通じる内容だと思っています。

――どのような方に読んでもらうことを考えて執筆されたのですか?

大串:今よりももう少し高いところに進みたい人、上を向いて頑張りたい人、ちょっと躓いてしまっている人にも読んでほしいですね。状況を打破する力を持つことができると思います。

著者近影

――では最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。

大串:仕事の質やレベルは何歳からでも変えられます。「感性はセンスだから。持って生まれた才能だから」と言ってしまったら、ビジネス書を何冊読んでも意味はありませんし、研修を受けても無駄です。

自分を変えるためには、ほんの少しの勇気と、時間と、お金を自分に投資することが必要です。ラグジュアリー体験をしてみるなど、今までやったことがないことを経験しながら、思い込みを取り払ってほしいですね。
(了)

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