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解説

 悩み事や困り事があった時に、「相談しやすい人」っていますよね?
 特に気の利いたアドバイスがもらえるわけではなくても、話を聞いてもらうだけで落ち着く、包容力のある人のところには、いろんな相談事が持ち込まれるものです。

 その意味でいえば、歌舞伎界の重鎮でありながら、「アウト×デラックス」(フジテレビ)でそのざっくばらんすぎるキャラクターが人気を集める四代目 市川左團次さんは、まさしく「相談しやすい人」。
 本書は、これまでに左團次さんの元に持ち込まれたさまざまな「悩みごと」に、本人がひとつひとつ答えていく一冊なのですが、「夢が見つからない」「結婚できない」といった漠然とした悩みに、何ともいえない脱力感のある、味わい深いアドバイスをしています。

 夢を見ず、夢などもたない

 「夢を目指して」「夢を叶えよう」などなど「夢」という言葉がもてはやされる今ですが、左團次さんの生き方はまったく逆で、「夢など持ったこともありません」。歌舞伎にしても好きでやっているわけではなく、「これしかないからやっている」という感覚なのだとか。

 「夢が見つからない」という高校生の相談に「生きていくには、好きだろうが好きじゃなかろうが、とにかく何か仕事を持たなければ」「ともあれ、高校だけは卒業してください」とアドバイスしているのは、幼い頃から歌舞伎一筋で、「夢」を持ちにくい環境で生きてきた左團次さんならではですが、それでもストレスなく生活しているそうですから、本当のところは、「夢」など持っても持たなくてもどちらでもいいものなのかもしれませんね。

 二股も三股も、結婚するまではOK?

 恋愛の悩みへの対応も、左團次さんはちょっと変わっています。
 8年付き合っている交際相手と結婚話が出ないからと、別の男性と二股をかけていて、「自分の気持ちがわからない」と悩む女性に対しては、「二股であろうが三股であろうが、結婚するまではいろいろな男性と付き合い、自分に合った男性を見つけるのもいいのでは」と肯定的。
 「二股」というと悪いイメージで語られがちですが、頭ごなしに否定せずに、「悪いとされていることの良い側面」にも光を当てるところが、左團次さんが相談を受けやすいゆえんだといえます。

 「ルーズ」であると、人の信用を失う

 ただし、左團次さんは何でも肯定するだけの「何でもアリな人」というわけではありません。
 「時間とお金にルーズで困っている」という相談に対しては「大切なものを知らず知らずにのうちに失っているかも」と、はっきりダメ出しをしています。
  人の信用を失うことがどれだけ大きな痛手になるかというのは、経験してはじめてわかります。左團次さん本人も、かつては食事に行くと、一緒に行った人だけでなく店で行きあった人にも奢ってしまったり、「左團次」を襲名した時には、見栄を張るために借金までしてしまうなど、お金には相当ルーズだったそうで……。

 本書には、「悩み相談」だけでなく、左團次さんが「ひとりでは心もとない」と呼んだ、高畑淳子さん、笑福亭鶴瓶さんとの対談や、弟子の市川左升さん、市川蔦之助さんのコメントも掲載され読みどころはたくさん。

 そして、肝心の「悩み相談」は、本人は「歌舞伎の世界のことしか知らない物知らず」と謙遜しますが、どの回答にも独特のユーモアがあり、読んでいると肩の力が抜けて楽になるはず。

 歌舞伎界でも指折りのダンディでありながら「SM好き」を公言、テレビ収録中にズボンを下ろすなど破天荒さが際立つ男の言葉には、悩みがどうでもよくなってしまう、不思議な魅力があるのです。

著者プロフィール

市川左團次

歌舞伎役者。一九四〇年十一月十二日生まれ。
本名は荒川欣也。生後二、三カ月で三代目市川左團次に実子として引き取られ、
五代目市川男寅として、戦後に歌舞伎の上演が復活した四七年、六歳で初舞台を踏む。
吉祥寺の明星学園から九段の暁星学園に編入。
中学・高校のときにはプロ野球選手や競輪選手になりたかった。六二年に五代目市川男女蔵を襲名。
六九年に父、三代目市川左團次を亡くし、七九年に四代目市川左團次を襲名した。
一方、私生活では二十二歳で結婚し、七年後に長男(六代目市川男女蔵)が生まれるが
その後、離婚。二〇〇六年に二十六歳下の女性と再婚した。
趣味はゴルフ・麻雀など。一一年春の叙勲で、旭日双光章を受章。
一四年八月に電子書籍で自叙伝エッセイ『いい加減、人生録』(小学館)を出版した。
オフィシャルブログ(http://ameblo.jp/sadanji-ichikawa/)も好評。

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