インタビュー
札幌で保育士が不足しない理由とは 保育園運営のプロが語る
内閣府は今月18日、2015年に全国の保育施設で死亡した乳幼児の数は14人と発表。集計によれば睡眠中の死亡が10人で最も多く、うち6人はうつぶせの状態で亡くなったそうだ。
このニュースに触れただけで、「保育園はしっかり安全対策をとっているのか」とモノ申す輩が出てきそうだが、一方で保育士の不足による過重労働が報じられることも多い。全ての責任を保育園に背負わせるのは酷というものだろう。誰か特定の「悪者」がいるのではなく、構造的な問題があるのだ。
今回は、『ど素人でもできる! 口コミで評判の保育園をつくって成功する方法』(TAC出版刊)の著者である若林雅樹さんに、保育園運営者という立場から、今、日本の保育園業界では何が起きているのかを話してもらった。
――若林さんは現在、20園の保育園経営を行なっているそうですが、まずは、ご自身で保育園を開こうと思った経緯を教えてください。
若林: 我が子を「通わせたい」と思える保育園が見当たらなかった。これが、自分で開園することになった一番の理由です。
妻とともに様々な保育園を見て廻る中で、特に認可外保育園については、保育の質に大きな不安を抱かずにはいられませんでした。
――具体的に、どのようなところに不安をおぼえたのですか。
若林: たとえば「保育室のテレビをつけっぱなしにしている」というケースがありました。テレビをつけておけば、子どもはずっと夢中になってそれを観る。保育士にとっては、子ども達がテレビをみていてくれる分、ラクなわけです。
あとは、保育士の人件費率を抑えるために、学校を出たての若いスタッフやシニアのスタッフ“ばかり”を採用している園などもありました。バランス感覚に欠けるという意味で不安をおぼえましたね。
――いま「人件費率」の話も出ましたが、若林さんが気づかれた問題点の背景には、保育園業界が恒常的に人材不足に陥っているからなのではという気がします。つまり人が恒常的に不足していれば、保育の質が落ちてしまうのは仕方のないことではないか、と。
若林: それはあります。ただ、もちろん労働環境をできるだけ整備するという努力をした上での話ではありますが、最終的に「人材を採用できるかどうか」は地域によりかなり差があるよう様に思えます。満足の行く人材を採用しやすい地域とそうではない地域がありますから。
――「採用しやすい地域」の具体例を挙げるとすれば、どこですか。
若林: 例えば札幌などは比較的採用しやすい地域のよう様に思えますね。住みやすく、「地元で働き続けたい」と思う方が多いエリアであれば、保育士の採用は比較的スムーズに行くことが多いように感じます。
――住みやすくて地元愛の強い人が多いエリアという意味では、名古屋も採りやすいエリアだったりしますか。
若林: いいえ、名古屋はどちらかと言えば採用し難いエリアかもしれませんね。これは待機児童問題解消のために河村たかし市長をはじめ、行政が早い段階から保育園の整備に力を入れていることもあり保育士自体の母集団はそれなりにあると思われますが、保育園間で奪い合いが発生していますから。
――なるほど。では名古屋以外で、「採用し難いエリア」に共通する点として、どのようなものがありますか。
若林: 「残業や持ち帰り仕事は当たり前。でも残業代はほとんど出ない」、「有給休暇など実際にほとんど取得出来ない」など、勤務条件が悪い園が多い地域の場合、最初は希望に燃えて保育士になり頑張って勤務をしていても、段々と疲弊し退職していくケースが多いのではないでしょうか。
弊社では基本的に残業や持ち帰りの仕事は一切ないようにしています。そうなると、ある地域で新規に保育士の募集を行った際、応募のあった保育士さんから「給与水準がこの地域の平均と比較して高すぎる」「残業が無いなど信じられない」「本当に残業代が支給されるのか」「本当に有給休暇が取得出来るのか」と言った質問を何度も受けた経験があります。こちらとしては当たり前の条件提示をしていたのですが、なかなか弊社の採用条件を信じてもらえないという事態が起こるのです。
そういう場合は、何度も足を運んで、地元の関係者に丁寧に説明して……ということを繰り返すしかありません。地方都市の場合は良い噂も悪い噂も広まるのはあっという間なので、一度信頼関係をつくることができれば、あとは保育士さんが横のつながりを使って、知り合いの保育士さんを紹介してくれるケースもあります。
――保育園と地域との関係性ということでいえば、先日、千葉県市川市で開園予定だった保育園が、近隣住民から「子どもの声がうるさい」等のクレームを受けて開園中止になったというニュースが話題になりました。この件に関して、若林さんはどのような感想をお持ちですか。
若林: これは 非常にセンシティブなテーマだと思います。「近隣住民に対する事前の挨拶や説明が足らなかった」と一くくり報道にされるケースが多いようですが、そもそも「国の将来を担う児童の育成と働く保護者の権利」と「住民の快適に暮らす権利」は非常にエモーショナルな対立に発展するケースが見受けられます。
保育園開園に際する地域の方々の反対意見の大多数が「保育園が出来ると騒々しい」という、騒音に関するものではないかと思います。
園児の声を「騒音」だと感じるか「活気があってよい」と感じるかは、住民の方々の中でも意見が分かれるところがあります。その上で、「騒音」と考える方が一定の割合でいる事を、我々保育園運営事業者は理解する必要はあるでしょう。そして実は、これは日本に限った事ではありません。
――海外でも同じような状況があるということでしょうか。
若林: そうなんです。ドイツではこの問題に関し、ドイツ連邦議会が2011年5月26日に「乳幼児・児童保育施設及び児童遊戯施設から発生する子どもの騒音への特権付与法」を可決しました。
これは、「子ども達が発する声や音は騒音とは認めず、これを理由に一切の損害賠償請求は認めない」とする特別法案です。
また、欧米ではNIMBY(ニンビー/Not In My Back Yard)シンドローム(症候群)という言葉があります。
これは、「刑務所や下水処理場、軍事施設、葬儀場などこれらの施設の必要性は認めるが、自分の住む地域以外に作れ」と主張をする人たちの事を指します。
一部の人たちに保育園が上記の様な施設と同じだと捉えられることは非常に残念でなりません。
子どもたちは将来の国を背負って立つ国の宝と言ってよいでしょう。
人口の減少は、中長期的に国力の低下を招き、増税や、現在社会問題となっている年金システムの崩壊の危機と言った、個人レベルの問題にもジワジワと影響を与える事になります。
――この問題の解決のために、保育園側はどのようなことをすべきでしょうか。
若林: 私の個人的な見解としては、保育園の設置問題については、賛成派、反対派双方が上記のような観点も踏まえた上で、冷静に話し合い、歩み寄りによる解決に最大限努力をするしかないと考えています。ただ、私たちのケースでも、認可園を開園する場合、どうしても保育園建設工事等の騒音も含め、ご近所にご迷惑をおかけしてしまう事は避けて通る事が出来ません。
このため、事前にご近所にご迷惑をおかけしてしまうお詫びとご挨拶に園長と事務長でおうかがいします。また苦情受付窓口の設置も必須ですね。
開園後は、園児のお散歩の際に、ご近所の方に積極的にお声がけをしたり、園庭での夏祭りの時などもご近所の方にぜひご参加いただけるようご案内をさしあげたりしながら、地域の方々と積極的なコミュニケーションをとっています。
このような努力を地道に行う事で、最初は否定的な見方をされていた方も徐々に保育園に対して理解を深めてもらえるケースがあります。
些細なことですが、そういうことを積み重ねていくうちに、近隣住民の方々からの理解が得られ、応援してもらえるようになるのではないでしょうか。
待機児童問題 安倍政権が打ち出す解決策の弱点
待機児童問題の解消に向けて、政府が打ち出した施策の一つに「小規模認可保育所」というものがある。待機児童の85%が0歳~2歳児であることに着目し、0~2歳児を預かる小規模保育を増やすことで根本的な解決につなげようというものだ。
では、この制度は子を持つ親や保育園運営者にとってどんな意味を持つのだろうか。若林雅樹さんに解説してもらった。
――本書では「これから保育業界に参入するなら、小規模保育所で開園したほうがいい」と書かれていますが、これはどのようなものなのですか。
若林: 待機児童の中心である0歳~2歳までのお子さんを預かる定員19名の小規模な保育施設のことです。この制度は、2012年8月に施行された『子ども・子育て支援新制度』の目玉といえるもので、待機児童解消の切り札といっていいものでしょう。
――この制度は運営側にとって、どのようなメリットがあるのでしょうか。
若林: 一般の認可保育園に比べ定員数が少ないため、狭いスペースで始められる。新規の参入者にとっては、それだけハードルが下がるというのがメリットでしょう。
それと、最低限、自治体が定めている基準を満たした上で認可を受託できれば、園児も行政が集めてくれますし、保育園設置にかかる工事費用や運営費用に対しても補助金が出ます。
これらのことから、経済的に安定した事業運営が可能になるというのが最大のメリットでしょう。助成金が出るということは、もちろん利用者にとっての負担も少なくて済みます。
――補助金まで出してもらえるんですね。
若林: はい。ただ厳密にいうと、行政に開園を申請するにあたって2パターンあり、注意が必要です。自主整備型と補助金型です。
後者の場合、内装工事費の約3分の2を補助してもらえるというメリットがある反面、厳しい審査に合格する必要があります。それなりの実績がなければ審査に通りません。
なので、まだ保育園事業でまったく実績がない場合、まずは認可外保育園からスタートしたり、自主整備型で申請して実績を作り、さらに別の園を開くとなった段階で補助金型を使うのがいいでしょう。
――ここでいう「実績」とは、どのようなものでしょうか。
若林: すでに認可保育園、もしくは小規模認可保育園を運営していれば、「実績あり」と見なされます。
ものすごく極端な話をすると、認可外の保育園を複数園運営したことがある人と、認可保育園あるいは小規模認可保育園を1園だけ運営したことがある人とを比べたとき、行政は後者のほうを「実績あり」と見るのではないでしょうか。
その意味では、まず認可外保育園からスタートして保育園運営の実績を積み、とにかく小規模認可保育園を1園でも良いので運営出来るように努力する事が大事です。
――なるほど。逆に利用者側にとって、デメリットはないのでしょうか。
若林: 一般の認可保育園であれば小学校就学前まで通園可能ですが、小規模認可保育園の場合、子どもが3歳になると卒園しなければなりません。親にとっても、子どもにとっても、このタイミングでの転園というのは結構な負担になりますので、これがデメリットでしょう。
また、さらにいえば、転園できればまだいいほうで、転園できない可能性すらある。
「連携施設」といって、小規模認可保育園の事業者は、行政に設置申請をする際、卒園後の子どもを受け入れてくれる認可保育園と交渉して連携してもらう必要があります。このように義務付けることで、制度設計者はデメリットを減らそうとしているわけです。
ただ、待機児童の多いエリアであれば、3歳児、4歳児でも枠がすぐ埋まってしまう。つまり、転園するつもりが転園できないリスクがあるわけです。これは今後の課題でしょうね。
――最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。
若林: 保育園の経営は、社会的意義のある事業です。『子ども・子育て支援新制度』により小規模認可保育園と言う新しいタイプの認可保育園も導入され、これまで認可保育園に採択される事が難しかった事業者にも政府の後押しもあり、今、強い追い風が吹いています。
この本では、机上の空論ではなく、実際にここ数年私の会社で実践してきた経験と実績をそのまま書かせていただきました。
既に保育園を経営されていらっしゃる方はもちろん、これから保育園経営を検討している方も、ぜひ今後3年から5年間の保育園経営のための羅針盤として経営戦略の参考にしていただければと思います。
(新刊JP編集部)