BOOK REVIEW 書評

 「日本経済新聞」(日経新聞)といえば、経済の専門家だけでなく、一般的なビジネスマンや就職活動中の学生など、幅広く読まれている新聞です。だから、同じ紙面だといっても、人によって何を重視して読んでいるのかは異なります。
 勤めている人は自分がいる会社の業界の記事を重点的に読むでしょうし、投資家であればまず「投資情報面」や「マーケット総合面」といった投資面を目に通すでしょう。

 では、幅広い知識を必要とするコンサルタントは、日経新聞をどのように読んでいるのでしょうか?
 『戦略思考トレーニング 経済クイズ王』(日本経済新聞社/刊)は、「パネルクイズアタック25」などの出演歴を持つクイズマニアであり、ボストンコンサルティンググループ出身のコンサルタント・鈴木貴博さんによる一冊で、日経新聞の記事をもとに作られたクイズを解いていくことで経済の知識に身につけることができる一冊。さらに、鈴木さん流「日経新聞の読むべきポイント」も教えてくれます。

■コンサルが「一番面白い」と思っている日経の記事とは?

 では、コンサルタントはどの記事が最も面白いと思っているのでしょうか。現役コンサルタントの鈴木さんが好んでチェックするのが「異常値」の記事です。例えば「価格が半分以下で市場に参入」「業績が大幅に向上」「年収が1年で3割増えた」といった記事の背景には、なんらかの「大きな変化」や「カラクリ」があります。
 次の問題を解いてみてください。

 Q、2014年度の社員の平均年収が1276万円と前の年から3割も増えた会社がありました。2014年に、アップル商品に関連した製品の売上増で急激に業績を伸ばしたこの景気のいい会社はいったいどこでしょうか。(p53より)

 2014年は比較的景気がよく、日経新聞が調査をしたところ、約8割の企業で社員の平均給与は増えました。しかし年収3割アップというのは、まさに異常値です。そんな数値を記録した企業が山梨県に本社をおくファナック。スマートフォンの金属ケースを加工するためにはファナックのロボドリルという小型工作機が不可欠で、そのため中国のスマホを製造する会社がこの年、こぞってロボドリルを購入したのです。
 しかし、当時なぜかファナックの経営陣はその好業績について非常に警戒しているようなコメントを出していたそうです。そこが気になった鈴木さんはファナックについてのアンテナをはっていたところ、2015年にはいって中国でのスマートフォン需要は減少して、ファナックは2016年3月期の業績予想を下方修正したそうです。
 異常値とその背景情報からは、グローバルな規模での経済の動きすらも見えてくるものなのです。

■経済全体の大きな流れをつかむには2・3面を読む

 情報を得るときに、個別の記事だけを読んでいても深く理解することは出てきません。それらの背景で何が起きているかを知ることが重要です。
 経済全体の大きな流れの変化をつかむために鈴木さんは、「重要なトレンドが掲載されている日経新聞の2・3面「総合面」を読む」ことを勧めています。この「総合面」の大きな見出しがついた記事の情報をおさえておくことで、経済の大きな流れについて体系だって理解することができるようになります。

 本書は鈴木さんの代表作であり、シリーズ20万部を突破した「戦略思考トレーニング」シリーズの続編の位置づけではあるものの、日経新聞を毎日読んでいるという人から、最近読み始めた初心者にいたるまで、経済の情報の読み取り方を、クイズ形式で教えてくれる異色の本です。
 経済の情報は定期的に触れてこそ。世間の情報を捉え、適切に理解することができるようになるため多くのみなさんは日々、新聞などを読んでいらっしゃると思います。しかしその情報が吸収できているかどうかが大事です。自分の読み方は間違っていないか、ちゃんと正しく理解しているのか、クイズで力試しをしてみてください。

(新刊JP編集部)

PROFILE 著者紹介

鈴木 貴博(すずき・たかひろ)

百年コンサルティング代表取締役。東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループを経て2003年に独立。持ち前の分析力と洞察力を武器に企業間の複雑な競争原理を解明する競争戦略の専門家として活躍。クイズマニアとしても『パネルクイズアタック25』『カルトQ』などクイズ番組出演歴多数。著書に日経文庫『戦略思考トレーニング』シリーズのほか『ぼくらの戦略思考研究部』(朝日新聞出版)がある。

CONTENTS 目次

  1. コンサルはグローバル経済のここを読む
    1. FIFA汚職の思わぬ波及先
    2. 中国の工場で起きている構造変化
    3. 海外大手医薬品メーカーの日本参入
    4. 欧州最大手銀行が本社を移転
    5. アマゾンを狙い撃ちの租税条約改正
    6. 上海株はなぜバブルだったのか
  2. 企業のミクロ記事は仕事に直結するネタの宝庫
    1. ソニーの稼ぎ頭は何部門か
    2. 吉野家の仮想敵はどこか
    3. 太陽光発電に参入する天才起業家
    4. 中国で利益全体のどれくらい稼いでいるか
    5. 社員の平均年収が3割も増えた大企業
    6. 親子逆転!
  3. 一見難しい政治、経済記事の読み解き方
    1. アベノミクス以降はじめての為替差損はなぜ?
    2. 環境省が経済産業省に勝った?理由
    3. 18歳選挙権がスタート
    4. 六甲バター株はなぜ急騰?
    5. 株式相場を押し上げたのは誰?
    6. 消費税率10%に向けた軽減税率案
  4. 未来を変えるイノベーション
    1. 太陽光発電パネルに代わるもの
    2. ハッカー対策が急務に
    3. ウィンドウズ10が目指すもの
    4. 人工知能における50年来のブレークスルー
    5. 上司はどうやって決まるの?
    6. 製造業の殻を破るドイツ企業
    7. 『火花』のドラマ化を独占
  1. 世の中の大きな流れと転換点をつかむ
    1. ソフトバンクの大方針転換?
    2. 米ウォルマートがアマゾンを追撃
    3. 旅行収支が55年ぶりに黒字の意味
    4. 経済順調なのになぜ銀行は警戒開始?
    5. 世界最大企業の一大戦略変更
    6. 米国債価格が上昇しなかった理由
  2. グローバル経済は想像がつかないからおもしろい
    1. 新興国市場で売られるテレビ
    2. 欧州経済の体温計
    3. 世界第2位のコーヒー輸出国
    4. シェールオイルはなぜ増産?
    5. 新時代の電動スクーター
    6. 南アジアの物流ハブ
  3. トップニュースの真価は細部に宿る
    1. 国債がなぜリスクになるの?
    2. ソフトバンクが台湾の鴻海(ホンハイ)と合弁
    3. 日本特有の経営慣行が大幅縮小
    4. 新興国を成長させた三つの過剰
    5. もうひとつのクロヨン
    6. 精密機器の自動工場
  4. マーケットの動きから世の中が見える
    1. 王座交代!
    2. 大和ハウスの新たな収益源
    3. 同じ業界での株価格差の理由は?
    4. 富士フイルムの業績をけん引する事業は?
    5. 有名ブランドを大量売却
    6. 日経のFT買収を受けて株価急騰

INTERVIEW 著者インタビュー

■コンサルタントがクイズも得意なのはなぜ?

― 鈴木さんはもともとクイズマニアでいらっしゃるそうで、『クイズアタック25』(朝日放送)や『カルトQ』(フジテレビ)などへの出演歴もあるとのことですが、クイズは昔から好きだったのですか?

鈴木:もともと好きでした。ただ、私は今、52歳なのですが、世代的にはまだ大学にクイズ研究会もなかったので個人で作って楽しんでいる程度でしたね。30歳くらいのときにクイズ王ブームがありまして、クイズ番組を見ていて「これなら勝てるんじゃないか」と思って本格的にはじめました。

― クイズ王ブームの頃は、仕事としてはコンサルタントをされていた。

鈴木:そうです。ボストン コンサルティング グループ(BCG)にいました。

― 大変忙しい日々だと思いますが、その中でクイズを続けていたのですか。

鈴木:クイズを本格的にやっていたのは私くらいですが、コンサルがクイズを得意とするのはそんなにおかしくはないんです。その理由は2つあって、1つ目は力のあるコンサルタントは幅広い知識を持っているということ。「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)に出演されている御立尚資さんは雑学の宝庫みたいな方ですが、知識の量が豊富でないとコンサルタントとして適切な判断ができないことが多いんです。知識量とコンサルの仕事は意外と関係しているんですね。
もう一つはグローバルな場において、上席コンサルタントとグローバル企業の幹部のようにトップクラス同士がより親密な関係を構築する過程では知性で語らないといけない部分が出てくるんです。

― 知性で語るとは?

鈴木:例えば歴史で言えば○年に何々があったというような知識だけではなく、「なぜルネサンスは起きたのか」「なぜローマは衰退に向かったのか」という歴史を文脈で捉えるような知性が問われるような話です。こうした知性で相手を引きつける力は、グローバル企業でトップに立つような方は非常に優れています。
知性がその人物を魅力的に映しますし、彼らも自分の持っている知性を活かしてマネジメントしている側面が強いと思います。

― これまで鈴木さんが書かれてきた本を振り返りますと、エンタメを題材にした本も執筆しており、幅広いジャンルに精通していらっしゃいます。経済・経営以外でとりわけ得意なジャンルはあるのですか?

鈴木:好奇心が強いので、基本的にはどんなジャンルも知っています。好きなジャンルと聞かれると、エンターテインメントやスポーツですね。

― 今回出版された『戦略思考トレーニング 経済クイズ王』は経済知識と思考力が身につくクイズでまとめられた一冊です。日本経済新聞の2015年掲載の新聞記事から出題されていますが、クイズ作りにおいてどのような人をターゲットとされたのでしょうか。

鈴木:これは2組います。1組目が日本で活躍をしている、実力のあるビジネスパーソンです。ビジネスに対して勤勉で、経済の知識もある。そういう人たちが挑戦したときにどこまで歯ごたえのあるクイズを出せるかということを念頭に作りました。「俺は仕事ができる」「経済のことを分かっている」という人にはぜひクイズに挑戦してもらいたいですね。結構難しいと思いますよ。解けそうで解けないレベルで作っていますからね(笑)
2組目は就職活動をしている学生や新入社員、若手のビジネスパーソンですね。彼らは年上の人たちに比べたら、確実にたくさんの情報に触れています。ただ、そういったニュース一つ一つを点で捉えていて、ストーリーとして語ることができない。そのためのトレーニングが必要だと思うんですね。だから、答えは分からないかもしれないけれど、興味を持ってもらえそうな題材を選んで問題を作りました。そして、50問の問題を解いて、答え合わせをしていくうちに、解答がつながっていき、今の日本の経済のストーリーが浮かび上がってくるという仕組みにしています。

― クイズを解いていくと、ここ1年間の経済ニュースを総ざらいすることができて、なおかつ今後起こる新しい出来事についても理解しやすくなる、と。

鈴木:そうですね。ストーリーとして語れるようになるはずです。

― 50問クイズが掲載されていますが、一問あたりどのくらいで解くという目安はありますか?

鈴木:だいたい1分間考えて次に進むというペースが良いと思います。分からないからといってすぐに答えを見てしまってはトレーニングになりません。なんだろう、と仮説を立てて考えてください。ただ、何分も考えるとキリがないので、その場合は答えを見て、なぜ分からなかったのかという原因を考えた方が良いのかもしれません。

■これだけは知っておきたい! 新聞の情報を効果的に取り入れる方法

― この本に掲載されているクイズは日本経済新聞の記事から出題されています。日経新聞の良いところはどこにあると思いますか?

鈴木:経済という切り口に関しては日本有数の取材力を持っている新聞です。そのため、経済の情報や密度は、少なくとも日本で手に入る媒体の中では最も豊富ですね。

― 鈴木さんはどのような日経新聞の読み方をしているのですか?

鈴木:注目しているポイントが3つあります。1つ目は異常値。2つ目は変化。3つ目は理由です。
1つ目の「異常値」は普通に考えたら出て来ないような数字ですね。「業績が大幅に向上」「年収が1年で3割増えた」といった情報に注目します。2つ目の「変化」は、例えば「タバコを吸っている男性が成人人口の30%を切りました」というような情報です。何がどう変化したのかということを示す情報です。そして3つ目の「理由」は、なぜ起きたのかという理由です。
この3つが全て込められた記事はあまりなくて、もしそのような記事を見かけたら鴨が葱を背負ってくるという感じです。でも、そのうちの1つでも情報があればそれだけで勉強になるんですよ。そして、別の記事からその理由や背景を見つけて、情報をつなげるわけですね。

― 普段は一つの記事に対してさらっと目を通すような感じで読むのですか?

鈴木:私の場合は、見出しと最初の数行を読んでおもしろいと思ったら読み、だいたい内容が分かったところでとめます。ただ、新聞記事の本当に面白い部分は見出しや最初のパラグラフだけではなくて、記事の後半に書かれていたりするんですね。だから、重要だと思った記事は最後まで読んだ方が良いです。冒頭には書かれていないディテールに異常値であったり、変化であったり、理由が書かれていることが多いのです。

― 新聞記事をスクラップにして保存している人もいますが、鈴木さんはどのように新聞記事を保存しているのでしょうか。

鈴木:私はスクラップにはしていません。ある政治家が新聞の読み方について語っていて私と同じだなと思ったのですが、まず面白い記事があると、それをはさみで切る。それで読んで、捨てるんだそうです。つまり、スクラップにしようとしてはさみで切っている時間が、彼にとっては読んでいる時間にあたる、と。

― それは独特な読み方ですが、鈴木さんも同じような読み方をされているのですか?

鈴木:私の場合は記事をPDF化するんです。日経新聞電子版には印刷できるという機能があるのですが、印刷すると紙がたまるでしょう。だからPDF化してフォルダに入れる。ただそのあとはほとんど見ないです。だいたい(書かれていることが)記憶で残っているので。

― なぜPDF化するのですか?

鈴木:それは内容を理解するための儀式なんです。その儀式があるから覚えられる側面もありますね。情報はストックするのではなく、フローの中で覚えるものだと考えています。だから、情報に触れるフローをつくる習慣を確立することが大切になるのではないでしょうか。

― 得られた情報は体系的に理解しなければ文脈で語ることはできないと思いますが、そのために必要なことを教えていただけますか?

鈴木:頭の中でフラグを立てておくことですね。TPPが合意したという記事があるとしましょう。TPPは基本的には秘密交渉なんです。だから識者の中には、「まだ公開されていない日本にとって都合の悪い情報があるかもしれない」と書く人もいるわけです。それは本当かどうか分からない言説なので、フラグを立てて、TPPについての記事に関する何かしらの新たな情報が出てきてもキャッチできるように気を付けるようにする。そういうチェックポイントを作っておくと、情報が集まりやすくなります。

― 最後に、本書のクイズに挑戦する上でのポイントを教えていただけますか?

著者写真

鈴木:このクイズを解いていくことで、2015年が振り返られるようになっています。そこには3つのポイントがありまして、まず、実はこの2015年は、グローバルな視点でいえばここ数年絶好調だった経済に暗雲が立ち込めた年だったということです。今年の前半くらいまでは好景気が続いていたのですが、ちょうど転換点にきている状況です。
2つ目は、その一方で、日本はあまり景気が良い感じがしませんでしたが、今後どのように成長していくのかということについて、いくつかの方向付けができた年でした。3つ目は、それとは別に10年ほどのスパンで未来を見たときに、イノベーションの芽が見えるようになった年だったのではないかと思います。
この3つのポイントを頭に入れながら、50問のクイズを通してもう一度情報をつなぎなおすと、現在や未来を見るときの立ち位置が分かるようになります。その部分を意識して読んでいただくと、この本が単なるクイズ本ではないことが分かると思います。楽しみながら解いていってほしいですね。
(了)

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