書評 - BOOK REVIEW -

Amazonで「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」の詳細をみる

 「若者の車離れ」、これは日本に限ることではなく先進国共通で起きている現象です。CNNの2012年の記事によれば、アメリカでは18歳から34歳までの新車を購入する割合が2007年から5年間の間で30%落ち込んでいるといいます。

 以前は通過儀礼のように当たり前だった「自動車を買う」という習慣。それは、もはや当たり前ではなくなっているようです。現在、高級車の販売台数は世界的に上昇し続けていますが、これは「今現在」の話であり、若者がこのまま車に触れない生活に慣れてしまうと、いずれ市場は縮小していくだけになります。

■高級車メーカーは若者に何をアプローチしたのか

 ショールームで待っていても誰も来ず、テレビでCMを流してもスルーされてしまう。車という「モノ」に興味がない若者たちに、どう魅力を伝えていくのか。
 『売らずに売る技術』(小山田裕哉/著、集英社/刊)の中から一つ事例を挙げましょう。
 創業100年を超える老舗メーカー、アウディのプロモーション戦略は一貫したものが見えるといいます。例えばスポーツの支援。ヨーロッパのビッグクラブといわれるレアル・マドリードやFCバルセロナ、ACミラン、バイエルン・ミュンヘン、ハンブルガーSVなどとパートナーシップを結び、世界中のサッカーファンにアプローチを仕掛けます。
 アウディがサッカーを支援するのは、フォーメーションや作戦が多彩で、「知的なスポーツ」という面があるからだ、と小山田さんは言います。「知的なスポーツ」を支援することは、「知的なブランド」というイメージを与えることにつながると判断しているのです。
 また、人口の上位2%の知能指数を有する人のみが入会できる「MENSA」の日本支部が作成した暗号を利用したプロモーションや、宇宙と関連したプロモーションなども展開。こうした姿勢は、車そのものを広告でアピールしても届かない人々に、「知的好奇心の刺激」というキーワードで接点を持つことを可能とします。

 こうしたアウディのプロモーションについて、雑誌『BRUTUS』編集長の西田善太氏は「特にレリヴァンシー(relevancy)が高い」と評しています。レリヴァンシーとは「関連性」のこと。つまりプロモーションのメッセージが、ユーザーに「自分ごと」として響くかどうかを表す言葉です。車そのものをアピールしても、離れてしまった人には関連性が低く感じられます。しかしメッセージを「知的好奇心の刺激」に絞ることで、サッカー、暗号パズル、宇宙など、知的な要素を感じさせる物事に興味がある人々とつながることができる。それがアウディの強さを支えているといいます。

■一方的な押し付けに人は左右されなくなった

 この『売らずに売る技術』は、「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」WEB版で連載されていた「ラグジュアリーは変われるか?」を加筆修正し、まとめた一冊で、連載タイトルの通り、高級ブランドのプロモーション戦略について鋭く切り込んでいます。
 経済が低迷し、財布の紐が固くなる一方。さらに、若年層の間にはもはや「お金を払わない」という文化が生まれていると訴える人もいます。テクノロジーの進化はめざましく、スマートフォン一つあれば多くのことが満たせてしまうようになりました。
 つまり、それは今までと同じやり方をしていても通用しない時代の到来です。
 一方的な押し付けではなく、企業自らユーザーに歩み寄り、ファン目線で情報を発信する。例えば企業ツイッターの中の人(運用者)が話題になることがありましたが、田端信太郎さんはソーシャルメディアの属人性を理解し、人間らしさを感じるコミュニケーションをすることの重要性を訴えます。ファッションブランドのバーバリーの“中の人”はこのユーザーと同じ目線を大切にし、これまでとは違った価値を届けながら、ファンを増やし続けているのです。

 本書のタイトルにもなっている「売らずに売る」という言葉はまさに現代のプロモーション戦略においての大きなキーワードの一つなのかもしれません。商品を買わなくても行きたくなる店、ネットは販路ではなく「メディア」と捉える。どうしても買わせることに注力してしまうところを、発想を変えてアプローチする。そうすれば、安売りをせずとも、ファンは増えていくのです。
 豊富な企業の事例から、プロモーションの「今」を見つめることができる一冊です。
(新刊JP編集部)

著者プロフィール - PROFILE -

小山田裕哉(おやまだ・ゆうや)

ライター・編集者。1984年生まれ。岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。扱うジャンルは幅広く、ビジネス・カルチャー・ファッション・広告・時事問題など、「アイドルからラグジュアリーブランドまで」をテーマに、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。本書は初の単著となる。

目次 - CONTENTS -

プロローグ
スマートフォンとソーシャルメディアの組み合わせは最悪だ
チャプター1
なぜメルセデスはエンジン工場をネット公開したのか
チャプター2
デジタルネイティブ世代をのめりこませるには
チャプター3
ネット口コミの悪評とどう向き合っていくのか
チャプター4
人々がブランドに求めるのは「お買い得」か「信頼」か
チャプター5
ブランドが売るのは「モノ」ではない
チャプター6
「若者の車離れ」をあきらめないために
チャプター7
未来の消費者はリアル店舗に何を求めるのか
エピローグ
ラグジュアリーブランディングはお金持ちの話だけではない

インタビュー - INTERVIEW -

――世はまさに企業にとって「モノが売れない、広告も効かない、ネット口コミの悪評は広がる」という時代です。こうした背景になってしまった要因について教えていただけますか?

小山田:ソーシャルメディアとスマートフォンの普及です。スマホによってソーシャルメディアにいつでもどこでもアクセスできるようになった結果、商品の評判が広告ではなく、ネット上の口コミに左右されやすくなりました。しかも、ソーシャルメディアにあふれる口コミは企業にはコントロール不可能です。それなのに、人々ははっきりと「広告よりネット口コミを信用している」と答えています。つまり、広告によるイメージコントロールがどんどん効きにくくなり、企業が「売ろうとして売れない」状況が広まってしまったのです。

――では、その一方で、マス(テレビ、雑誌、新聞)の影響力は、どのような状態になっているのでしょうか。

小山田:CMなどの広告ではなく、メディアの影響力という意味であれば、未だに日本でもっとも影響力があるのはテレビです。ネットでPVを稼ぐニュースも、多くはテレビ番組がネタ元になっています。

ただ、先ほども指摘したように、ソーシャルメディア社会の到来で「広告より口コミを信用する」という人々が増えた結果、テレビ番組は話題にされても、そこで流れる広告は影響力を失ってしまっています。

雑誌や新聞については、そもそも購読者が減少しています。しかし一方で、女性ファッション誌『VERY』のような、読者層を明確に絞った媒体が部数を伸ばすということも起こっています。

ここから考えられるのは、単純に「広告が効きにくい」というよりも、「大衆」を想定した「広く、浅い」訴求が効きにくくなっている。「広く、浅い」情報はネット検索で山ほど見つかるので、検索でもわからない情報、ユーザー像を明確に絞り込んだ「狭く、深い」訴求を考えなければならないということでしょう。

――コミュケーションの方法がスマートフォンに移行する中で、企業のプロモーションの方法として最も変わって点はなんだとお考えですか?

小山田:マスメディアを介さなくても、消費者に直接アプローチできるようになった点です。YouTubeに動画を載せ、自社のSNSで宣伝する。それだけでユーザーに企業の情報を届けることができるようになりました。

しかしこの状況は、消費者の側も企業に直接クレームを届けることができるということも意味します。何か不祥事があって、企業のSNSアカウントが炎上するなんてことは、すっかり珍しくなくなりました。ソーシャルメディアにおいて消費者と企業の関係はあくまで対等なのです。

そのことを忘れて、企業がマス広告のような、一方的に商品の宣伝を押し付けるような宣伝をソーシャルメディアでしても、端的に無視されるか、最悪の場合は炎上することがあります。

――本書は「ラグジュアリーブランド」、つまりバーバリーやヴィトンなどの高級ブランドの事例が中心となっていますが、そういったテーマを設けたのはどうしてですか?

小山田:ここ数年のラグジュアリーブランドの事例が、「ソーシャルメディア時代」における、ブランド・マネジメントの参考例になるからです。広告よりもネット口コミが参考にされる状況で、企業はどのように消費者にアプローチしていくべきなのか。ブランドのイメージを何よりも大切にするラグジュアリーブランドは、そうした問題に真正面から向き合わざるを得ません。

彼らが試行錯誤してきた歴史は、ほかの分野の企業にとっても、ソーシャルメディアとスマートフォンを手にした「新しい消費者」へのアプローチ方法を考えるうえでのヒントになると考えています。

――インターネットを使ってうまくブランドイメージを作り上げられる企業に共通する点を教えて下さい。

小山田:押し付けがましくないこと、フレンドリーであること、ユーザーの声を無視しないこと、ネットを低コストでPRできるメディアと考えず本気で取り組むことがあげられますね。

――最近の事例では、Facebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグが子供たちのために巨額寄付を行うという報道が出たところ、最初は賛美を受けましたが後に批判の的となりました。どうしてこのようなケースが起きるのでしょうか。

小山田:わかりません(笑)。良い話を賛美する人もいれば、「何か裏があるに違いない」と思う人もいる。それ自体はソーシャルメディアが普及する前からあったことです。特にお金持ちの慈善事業については、疑いの目を持つ人は必ずいるでしょう。 ザッカーバーグの本当の目的は私にはわかりません。ただ、炎上したとき、すぐにザッカーバーグが自分の言葉で「節税対策ではない」ときっぱり否定したことは、企業のクレーム対策として学ぶべきところがあると思います。

ソーシャルメディアは企業が宣伝するためのツールではなく、人と人がつながるためのツールです。だから不都合な何かが起こったときに、「目下確認中です」のような「組織のロジック」で話してしまうと、火に油を注ぐような結果になってしまいます。プライベートな集まりで、企業の名刺を配りまくるようなものだからです。

企業の代表として当たり障りのないことを言うのではなく、一人の個人としてきっぱり立場を表明する。そうすれば、徐々にその態度に賛同する人も現れ始め、「否定派も賛成派もいる」という健全な世論になっていきます。

――炎上しないように企業が気を付けるべきポイントを教えて下さい。

小山田:「炎上しない」ためには、不祥事を起こさない。それに加えて、宣伝を押し付けない。つまり、ネットでは「ユーザーと企業は対等」なのだと心に留めておき、「自分たちがブームを先導する」なんて意識で接してはならない。

とはいえ、不足の事態で炎上することもあります。そうなったときには、とにかく偉そうにしないこと、説明に組織のロジックを持ち込まないこと、早い段階で自社の立場をはっきりと説明しておくこと。これらが重要です。

――「売らずに売る」というのは現代のプロモーション戦略を考える上で大きなキーワードの一つだと思いますが、その感覚をつかむのは非常に難しいと思います。これまでの歴史を振り返って(一時代前で)「売らずに売る」を実践し、成功している企業はあるのでしょうか。

小山田:ジョブズ復帰以降のアップルです。もちろん、営業活動が皆無だとはいいません。しかしアップルがあれだけ成功できたのは、彼らが提供するブランドの世界観に多くの人があこがれ、自分もその一部に加わりたいと思わせたからなのは間違いないでしょう。

――この変化が速い時代において、今後も生き残っていく上で企業が大事にすべきものはなんだと思いますか?

小山田:それが「売らずに売る技術」です(笑)。

――本書をどのような方に読んでほしいですか?

小山田:もちろん、あらゆるビジネスパーソンですが、個人的に手にとってもらいたいと思っているのは、全国の中小企業の方々です。これからの日本企業が生き残っていくためには、「少ない商品を高く売る」戦略が不可欠です。技術力にせよ、サービスの水準にせよ、国際的に比較しても、まだまだ日本各地の中小企業のレベルは高い。それを最大限に活かす知恵として、「売らずに売る技術」を参考にしてもらいたいと思っています。

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