書評- BOOK REVIEW -

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 どんなに今の仕事が順調でも、いや、順調であればある時ほど「思い切って会社を飛び出して、個人で仕事をしたほうがいいかもしれない」と、「独立」の二文字が頭をよぎった経験はないだろうか。
しかし、いざ独立に踏み切ろうと動きだそうとしても、「実際、どれくらい仕事をもらえるのか」と不安になって尻込みしてしまう人は少なくないはず。
そう考えると、「独立後、何が起きるのか」についてシミュレーションできるかどうかは、独立に向けた最初の一歩を踏み出せるかどうかの分かれ目だと言える。そうしたシミュレーションさえできれば、漠然とした不安は消え「何をすべきか」が具体的になるからだ。

■起業家がやってしまいがちな失敗を回避するためのキーワードは「顧客動線」

 『鈴木さんの成功。』(星渉/著、マネジメント社/刊)は、「29歳、自動車販売の営業マン歴7年」というごく普通の真面目な会社員である鈴木将吾が独立・起業を決意し、実行する過程を書いたストーリー仕立てのビジネス書だ。
 ある日、鈴木は仕事帰りに寄ったスーパーで、かつての上司に再会する。その上司とは、経営コンサルタントの神田進次郎。その手腕から「予約のとれない」経営コンサルタントとして活躍しているという神田の生き生きとした表情に触発され、鈴木はかねてから温めていた「アスリートや経営者のメンタルトレーナーとして独立する」という目標に向けて動きだすことを決意する。

 神田はときに自身が主催する勉強会に鈴木を招いたり、またあるときは、ホテルのラウンジに鈴木を呼び出して1対1の対話をしながら、「個人で活動して、月収が100万を超えるようなビジネスの創り方」を伝授していくが、そこで「顧客動線」という言葉よく口にする。実はこれが独立の成否を分けるカギなのだ。

 物語の序盤、神田は「これから起業をする人」や「起業したばかりの人」に向けて開いた勉強会で、起業を「テーマパーク」になぞらえて解説する。
 そこで、彼は多くの起業志望者が犯してしまいがちな失敗として、「テーマパークの中身」にばかり気を取られる点を指摘。つまり、多くの起業家は「どんなジェットコースターを設置しようか」等と、「何をするか」ばかりに注意が向いてしまいがちだということだ。このタイプは、いざテーマパークを開き(ビジネスを始めて)、お客が来ないとなると、「中身を変えなきゃ」と焦った挙句に、新たにアトラクション(サービス・商品)を増やすことにばかり考えてより状況を悪化させてしまう。
 神田は、「まずやるべきことは、テーマパークを見直すだけではなく、お客様があなたのテーマに辿り着く道を作ってあげること」だと説く。つまり起業の初期段階において重要なのは、お客が迷うことなく起業家のサービス・商品を見つけられるような道を作ること。この「道」が「顧客動線」なのだ。

 顧客動線とは、神田が提唱する独自の考え方で、お客を「どこから」(ウェブorリアル)呼んできて、「どんなサービス・商品」に辿り着かせたいのかを5つのステップに分け、逆三角形の形でフローチャート化したもの。そして神田は、逆三角形の頂点をなす「サービス・商品」について、「本命」という表現を使って解説している。
 なぜ本命と呼ぶか。ここには、「まずはひとつのことに特化してサービスなり商品を展開すべき」というニュアンスが込められている。これは、本命ひとつに絞って起業したほうが、お客が迷うこともなくなり、結果として成功確率が高まるという神田の経験則に基づいている。
 起業して間もない会社が提供するサービス・商品は、お客にとってまだ「海の物とも山の物ともつかない」状態にすぎない。そして、そんな状態のときに、メニュー(サービス・商品)が複数あると、お客を「どうしよう…」と迷わせてしまう。結局決断できずに「また今度の機会に」となる。だが残念ながら、その「今度」は永遠に訪れないことがほとんどなのだ。

 物語はこの後、本命の作り方を皮切りに、顧客動線をどのように作っていくのかについて、鈴木とのやりとりを通して神田の口から語られていく。神田の力を借りながら、順調に独立の準備を進めていく鈴木。しかし物語の終盤、「もう準備万端だ」と思った鈴木は、起業家の陥りがちな、ある「罠」にはまってしまう一幕もあるが、着実に成功を手繰り寄せていく。
 ストーリーを読みすすめることで自然と「独立までにすべきこと」が見えてくる本書。自分の将来を実業家として考えているならば、得るものは大きいのではないか。
(新刊JP編集部)

著者プロフィール- PROFILE -

星 渉

株式会社Rising Star代表取締役。起業塾「The Class‐S‐」主宰。宮城県仙台市生まれ。株式会社損害保険ジャパン(現:損害保険ジャパン日本興亜株式会社)を退職後、10カ月間無収入となり、様々なセミナーを彷徨ったが、メンターや先導者との出会いを経て、3年前から起業家のプロデュースを始める。自らの成功体験の過程を毎日自分自身にメールで送り、行動記録を残すという手法により、再現性の高い個人起業家のビジネスコンサルティング方法を創出

目次- CONTENTS -

第1章
鈴木さんは会社員を辞めようと決意したら、早速失敗パターンにはまった。
第2章
鈴木さんは起業家の収入の低さを知って愕然とした。
第3章
鈴木さんはビジネスの創り方を0から学びはじめた。
第4章
鈴木さんは実績がなくてもお客様が集まる仕組みを知った。
第5章
鈴木さんは成功するために不可欠な「USP」を創りはじめた。
第6章
鈴木さんは会社員から成功した起業家の行動法則を学んだ。
第7章
鈴木さんは最後の最後に大きな罠にハマりかけた。
第8章
鈴木さんは成功した!

インタビュー- INTERVIEW -

 ここ20年ほどで、「起業」という言葉はずいぶん身近になったのではないだろうか。
 日本政策金融公庫総合研究所が2014年11月に実施した「起業と起業意識に関する調査」によると、男女全体で、「起業に関心あり」と答えたのは18.3%、「以前は起業に関心があった」と答えたのは13.0%。この数字を多いと取るか少ないと取るかは人それぞれだろうが、日本人の約3割近くが起業に無関心ではないということが分かる。
 だが起業に興味はあっても、実際に行動を起こすかどうかといったら、それはまた別の話。起業した後のことを考えれば、「よほどのこと」がない限り踏み切れないという人は少なくないだろう。

 今回紹介するのは、その「よほどのこと」があって起業に踏み切った星渉さん。星さんは、自身の起業体験をベースに書きあげたビジネス小説『鈴木さんの成功。』(マネジメント社/刊)で、会社員から起業した時に待ち受けている真実を、その壁を乗り越える方法と共にわかりやすく紹介している。

星さんが起業に踏み切った理由である「よほどのこと」とは何だったのだろうか。そして、起業して成功する人とそうでない人の違いはどこにあるのか。今回は星さんにお話をうかがった。

―本書の「あとがき」には、ごく普通の会社員から一転、起業家を目指す主人公・鈴木将吾と、鈴木のメンターとして起業に向けてのアドバイスをする神田進次郎、どちらもご自身をモチーフにしたと書かれています。まずは簡単に自己紹介をしていただけますか。

星:そうですね、鈴木は独立して間もないころの自分、神田は今の自分をモチーフにしています。私はつい4年前まで、大手損害保険会社で営業の仕事をしていたのですが、28歳のときに遭遇した「あること」がきっかけで起業しました。現在は、「好きな時に、好きな場所で、好きなシゴトをする個人を創る」をビジネスコンセプトとして、起業家プロデュースの仕事をしています。
たとえば、料理教室の先生や、セミナー講師、ファッションスタイリスト、講演家、心理カウンセラー、フリーアナウンサー、自宅サロン経営者、コーチといった具合に、個人で活動する方のサポートをさせていただいています。

著者近影

―28歳のときに遭遇した「あること」とは何でしょうか。

星:東日本大震災です。当時、私は岩手で働いていて、営業車で外回りをしている最中に地震が起きたんです。電信柱が倒れてきたり、壁が崩れてきたり、窓ガラスが割れたりと、文字どおり「死にそうな」思いをしました。
津波は来ませんでしたが、その後4日間、水道、電気、ガスといったライフラインをいっさい断たれた状況での生活を余儀なくされました。寒い3月の岩手で暖房なしというのはなかなかこたえましたね。でも、それ以上にしんどかったのは「匂い」です。海水と排水と下水が混ざった匂い。さらにはそこに火事による焦げ臭い匂いが混ざって…あんな匂いを嗅いだのは生まれて初めてでした。今でも忘れられません。
この体験を通して「死線」を感じたんです。と同時に、「いつ死ぬか分らないんだったら、残りの人生の時間は、楽しいと思うこと以外には絶対に使わないようにしよう」という思いも芽生え、震災が起きた約半年後に会社を辞めました。

―会社を辞める時点で「やってみたい」と思っていたことが、現在の起業家プロデュース事業だったのですか。

星:いえ、そうではないんです。会社を辞めた時点では、スポーツに関わる仕事をしたいと考えていました。私は元々、野球を9年間やっていましたし、会社を辞める前から、メンタルトレーニングやNLP(※)について学んでいたので、何かアスリートの役に立つような仕事をしたいと思っていましたね。

著者近影

―では、どのような経緯で、スポーツに関わる事業ではなく、現在の事業に取り組まれるようになったのでしょうか。

星:やはりそれは様々なメンターとの出会いが大きかったです。会社を辞めてから、メンターと言える方々に出会うまでの10カ月間、私は無収入でした。つまり結果が出ていなかった。
しかし、成功へ導いてくれる何人かのメンターに出会い、相談をしながら課題をひとつひとつ解決していったことで、出会って4か月後には月収が300万円を超え、そこからはずっと事業も成長し続けています。
その何人かのメンターとのやりとりを通して分かったのは、無収入だったころの私は「自分が売るモノ」、すなわち資格やスキルを学ぶことばかりに一生懸命で、お客様が自分のところにたどり着いてくれる流れをつくるという発想が欠如していたということです。
では個人がお客様の流れをコントロールするために、どんな発想が必要なのか。ここで出てくる考え方が「顧客動線」なんです。本にも書きましたが、顧客動線とは、自分が提供する商品やサービスにお客さんを辿り着かせるための「道」のこと。そのころの私は「道」よりも先に「どんな商品をつくろうか」「どんなサービスにしようか」等と「中身」のことばかり必死に考えていたというわけですね。
メンターに会った後の私は、「お客様の流れを作ることをしないといけない」ということに気づき、ブログをつくったりメルマガを送ったり、セミナーを開催したり、といったことを実践するようになりました。その結果、お客様が私のところにたどり着く「道」を用意することへ繋がり、お客さんを獲得できるようになり売上も伸びていきました。
そして、その「お客様の流れをつくる」ことを学んでいく過程で、周りの個人で活動している人たちを見渡したら、以前の自分と同じように顧客動線という考え方を持てていないために結果が出ず、苦しんでいる人が沢山いることに気づきました。そこで、スポーツ関連の事業ではなく、起業家の方の支援をするという事業へ転換したんです。

※NLP…「神経言語プログラミング」。スポーツの世界などでも幅広く応用されている心理学の一分野。

―実際に、これまで多くの起業家の方の支援をしてきたなかでの実感として、「会社を辞めてから起業の準備を始める」ケースと、「会社に勤めながら起業の準備を進める」ケースとでは、どちらのほうが成功しやすいと思われますか。

星:一概には言えませんが、やはり「会社を辞めてから」のほうが成功しやすいとは思います。その分、「背水の陣」で臨むことになりますから。
また、「会社を辞める/辞めない」以外に、「時間」という物差しもあると思っています。結論から言ってしまうと、結果が出る人はたいてい起業して6か月以内にブレイクする。逆に、6か月経ってもブレイクできない人はいつまでもブレイクできないという傾向が見られます。もちろん、可能性ゼロではないんですが。
私の門下生の場合、起業して6か月以内に月収100万円を超える人が全体の9割を超えます。

著者近影

―なぜ「6か月」なのでしょう?

星:まず、私のコンサルティングプログラムの仕組み上そうなるという部分はあるでしょう。というのも、最初の3か月でビジネスモデルを作り、それを実行に移して試行錯誤して…という感じで進めていくと、6か月経つころには成果が出はじめるんです。
それともうひとつ、私のところへ通っていると、そのように「6か月で結果を出す人」を当たり前のように目の当たりにするから、というのも大きいでしょうね。つまりは「環境」。どんな人に周りを囲まれているかによって、本人のパフォーマンスは変わってくる。
こんな話を聞いたことがありますか? 「自分と親しい友人5人の年収を聞いてみる。そこから割り出される平均値が自分の年収の最高額だ」という話を。人間というのは面白くて、周囲に「引っ張られる」ようにして成長することもあれば、逆に堕落してしまうこともあるんです。

―環境によって、本人のなかで「ここまでならできそうだ」という基準が変わっていくということなのでしょうか。

星:そうですね。あることに対して、「自分はできる」と思っているか、「どうせ自分には…」と思っているかによって、当然結果は違ってきます。男子100メートル走の世界には長らく「10秒の壁」というものがありました。当時、人々にとっては「100メートル走で10秒という記録を破れるのか?」ということが大きな関心事だったというわけです。1960年に10秒00という世界記録が樹立されてから、平地の公式記録でこの壁が破られるまでに何年かかったか知っていますか? 
答えは23年。なぜそれほど長い間、10秒を切れなかったのかといったら、それは当時の報道の仕方が原因だったのでは、というのが私の考えです。当時、メディアでは、「10秒を切ることは人類には無理だ」という報道が繰り返されていました。そう言った思い込みを刷りこみがなされていたために、なかなか10秒を切ることができなかったと思っているんです。
実際、カール・ルイスが1983年に10秒を切り、そのたった2か月後には、別の選手がルイスの記録を抜いています。この事実が示すのは、ルイスが10秒を切ったことで、他の選手は「10秒を切ることはできないだろう」という思い込みから自由になれたということなのではないでしょうか。

著者近影

―最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。

星:もっともお伝えしたいのは、起業するにあたって「自分はどう生きたいのか」ということを明確にしていただきたいということですね。同じ起業をするにしても、従業員を100名規模で雇いながら働きたいのか、あくまで個人でフリーランス的に働きたいのか。まずは、その方向性を定められるかどうかで、その後の成功確率は変わってくると思います。
私の場合は完全に後者でした。さらに言えば、起業して間もないころ、私は「こんな感じのホテルのラウンジで、こんな感じの人と話をしながら仕事をしたい」とイメージすることから始めたんです。具体的には、Googleで画像検索をして、自分にとっての理想的なラウンジはどこなのかと探したり……。
そして実は、そのとき「これだ!」と思って、画像をプリントアウトし、部屋の壁に貼っていたのが、この本の中にも出てくる京王プラザホテルのラウンジだったんです。
自分はどう生きたいのか。それはどんなイメージなのか。また、その「理想の状態」を実現している人を見つけたなら、その人の近くに1分でも長くいること。そうすればおのずと、人生は変わっていくと思います。
(了)

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