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出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め

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解説

「酒場は大人の社交場」といわれる通り、居酒屋やバーで知り合った人々との会話から、仕事や人生に活きる大切な気づきを得ることがある。

「食べ歩き」が趣味ならなお然り。年間600食もの外食をするプロ級の食べ歩き名人、マッキー牧元さんが酒場で学んだ人生の知恵は一つや二つではない。

「第一印象」よりも「別れ際」を重視せよ

 「第一印象が肝心」というように、私たちは人間関係において「はじまり」に一番気を遣う。「初対面」や「始まりのあいさつ」などがそれだ。

 しかし、好印象をより強く残したかったら、「はじまり」よりも「おわり」により注意すべき。牧元さんはそれを、赤坂にある中華料理の名店「(みんみん)」を切り盛りする清水和子さんから学んだ。

 清水さんは、冬場に仕事を終えて帰る従業員の体調が悪そうだったらカイロを手渡したり、温かいお汁粉をすすめたりと、とにかく別れ際に気をつけている。

 いかに別れ際に相手を思いやる言葉をかけられるかを考えれば、別れるまでに相手をもっと知りたいと思うはずだ。こうして、コミュニケーションを円滑にする好循環が生まれる。接客業でもまれた清水さんの対人術は、どんな仕事、どんな人にも通用するものだろう。

 餃子、ドラゴン炒飯、蜂蜜鶏、カニの唐揚げ、炒麺が名物の「」だが、料理とともに清水さんとの会話を楽しみに行ってみてはいかがだろう。

相手によって態度を変える人は信頼されない

 「上にはぺこぺこ、下にはエラそう」
 処世術といってしまえばそれまでだが、これでは人から信用されない。それならば、多少無愛想でも、誰に対しても態度が変わらない人の方が、結局は人望を得る。

 台東区・根岸の老舗居酒屋「鍵屋」の接客は代々、お客に対して無駄口を一切きかない。注文が入るたび、「はい」と答えるだけだ。常連客でも一見客でも同じである。自ずと店内には心地よい緊張感が漂う。
 そんな店内の空気に応じるかのように、客の振る舞い方も変わる。無駄口を一切きかず、静かに飲むようになるのだ。そればかりか、注文するにしても、女将や主人が他の客に酒を持っていくときを見はからって声をかけるようになるという。
 結果、店の人の動きにはより一層ムダがなくなり、ますます「鍵屋」独特の雰囲気が醸成されていく。そして客は、その雰囲気を味わうのだ。

 古くは内田百などの文士をはじめとして、落語家、画家、能楽師などに愛されたという名店中の名店は、対人関係で最も大切にすべきことを考えさせる。

部下のやる気を失わせずに叱るには……

 東京の下町・立石の「鳥房(とりふさ)」は、店員が客を叱る、少し変わった店だ。
 この店では、客が女将の命令に従わなければならない。少しでもその命令に背く振舞いをすると、女将からの怒号が飛ぶのだ。

 もちろん、ただ叱るだけではない。この女将は叱った後のフォローが抜群にうまいのだ。
 「酔っ払いお断り」というルールを破り、すでに一杯ひっかけてきたお客には、一通り叱りつけたあと、最後に「今日だけだよ」と、にっこり笑って許す。
 初めて注文した若鳥の唐揚げを箸でうまく捌けないお客を見つければ、「しょうがないわね」と言いつつ、ササッと30秒ほどで食べやすいように捌いてあげるといった具合だ。

 いったん自分のペースに引き込むために叱る。でも、そのあとに、絶妙なタイミングで優しい言葉をかける。そうすることで客は嫌な気分になるどころか、虜になってしまうのである。人を育てたり、商談相手を説得するために、これほど貴重な技があるだろうか。

 牧元さんは、著書『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社)に、酒場で学んだ「人生を生き抜くための智慧」をまとめている。
 もちろん「タベアルキスト」を自称する、牧元さん。人生訓、仕事訓じみた話だけではなく、酒や肴についての軽妙な語り口も見逃せない。

 本を読みすすめるうち、その店へ行きたくなる。筆者自身、本書を読み終えたあと、思わず某口コミグルメサイトで、いくつかの店を調べてしまったほどだ。
 まずは、ちょっと気のきいた行きつけの店を開拓するつもりで、手に取ってみてはいかがだろうか。

(新刊JP編集部)

インタビュー

年間600食もの外食をするプロが伝授! 自分の趣味に合う店を見つけるための3つのポイント

今、テレビ、雑誌、ネットなど、その気になれば、飲食店の情報はいくらでも手に入る。だが、どんなに評判が良くても、その店が自分に合っているとは限らない。むしろ、前評判だけを頼りに店に行ってみたらガッカリということも珍しくないだろう。

では自分にピッタリ合う店を見つけるには、どうすればいいのか。

今回は、『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社刊)の著者で、「タベアルキスト」として多くの居酒屋に足を踏み入れてきたマッキー牧元さんに、魅力的な店を見つけるためのポイントを聞いた。

―― まずは、牧元さんがどのような経緯で「タベアルキスト」としての活動を始められたのかについて教えていただけますか。

牧元:1996年に料理評論家の山本益博さんと出会い、自分の食いっぷりを認められて、『東京食べる地図』(昭文社刊)の取材執筆スタッフとして参加したのが最初です。それと同時に知人を通じて「味の手帖」連載も始めたことが、今につながっていますね。

―― この本に出てきたお店の中で、牧元さんが最も早くに出会ったお店はどれですか。

牧元:最も早く出会った店は、20代後半に出会った「鍵屋」。東京・根岸にあり、創業は1857年。古き面影を残す木造一軒家で、風情あるたたずまいを見せる酒亭です。

―― では、今でも通っているお店は?

牧元:四ツ谷の「たまる」ですね。今でも年に2回は訪れます。夏は穴子料理、秋から春まではあんこう鍋を主役に置いて、60年以上にわたって多くの食通たちを魅了してきた名店です。

グルメ番組「くいしん坊!万才」の初代リポーターなども務めた、俳優の故・渡辺文雄さん、ファッションデザイナーの故・石津謙介さんが、この店の常連でした。でも、お二人とも自身の随筆で、この店については触れていません。それだけ愛していたということでしょう。

―― 「たまる」は、ご主人のお人柄も印象的なお店ですよね。

牧元:本では、ご主人の御子柴暁己さんの「うちは穴子とあんこう鍋の店だから、穴子やあんこうがおいしいのは当たり前。でもね、突き出しは、お客案が最初に口にするものでしょ。いい加減には作れない。だから毎日毎日、死ぬ気で作っています」という言葉を紹介しました

その言葉どおり、突き出しがおいしいのはもちろん、ご飯やお新香といった脇役にも、決して手を抜かない。私はこのご主人から、目の届きにくい地味な仕事を死ぬ気でやってこそ、相手の心を動かすのだと学びました。

―― ところで、本書に出てくるような魅力的なお店を見つけるには、どのようなことに気をつければいいでしょうか。

牧元:もちろん例外はあるとはいえ、ポイントは三つかなと思っています。まずは、店構えから店内の整頓まで、清潔感があること。つぎに、その店に来ている客から「おいしい気」が出ていること。最後に、店名にセンスが感じられること、ですね。

知らなきゃ損! 人生を豊かにする「一人飲み」の作法とは

大人数でワイワイと飲むのは楽しい。
でも歳をとれば、そういう飲み方だけでは物足りなくなるときがある。

そこで、一人飲みだ。
自宅ではなく行きつけの店で一人静かに飲む。それにより、忙しいだけの日常から抜け出すことができるが、慣れないうちは少しばかり居心地が悪くもある。

そこで今回は、長年にわたって一人飲みをしてきたという、『出世酒場 ビジネスの極意は酒場で盗め』(集英社刊)の著者、マッキー牧元さんに一人飲みの作法について聞いた。

―― 本書を読み、最も印象に残ったのは、「大はし」の親父さんや息子さんが出す「野太い声」についてのエピソードでした。

牧元:とにかく気持ちがいいんですよ、「大はし」の親父さんのかけ声は。店に入れば、「オーいらっしゃい。オー何人?」、席に座れば「オー何にする?」と、腹から声を出して聞いてくれる。

野太い声が、もてなしの心を引き締め、客を潜在的に心地よくさせるということを彼らは知っているんでしょう。

―― 本の内容からは少し逸れてしまうかもしれませんが、印象的な声とともに思い出す人を…といわれたら、どんな方が思い浮かびますか。

牧元:今は亡き、日本橋「千八鮨」のご主人は忘れがたいですね。歌舞伎役者のような二枚目で、声はヴァリトンヴォイス。江戸前鮨の様々なことを教わりました。
それと、赤坂の芸者、育子お姉さんも、72歳なのに実に声が可愛らしくて印象に残っています。

―― 本書には他にも下町のお店が多く登場します。牧元さんはなぜ下町の酒場に惹かれるのでしょうか。

牧元:いくつかありますが、思いつくままに挙げるなら、気取りがない、人情がある、建前や絵空事がない、常連客が多い、若者が少ないといったことが、下町酒場の魅力ですね。

―― 本書を読むと、一人飲みの魅力に気づかされます。牧元さんが長年にわたって一人飲みをしてきたからこそ分かった、「一人飲みの作法」のようなものがあれば教えてください。

牧元:作法は「静かに飲む」。これに尽きると思います。隣の人の邪魔にならない、もちろん話しかけない、混んできたらさっさと去る、自分の酒量をわきまえている。これらのことを意識するだけで、一人飲みをかなり楽しむことができます。

―― 牧元さんの言葉で一人飲みの魅力をあらわすと、どのようになるでしょうか。

牧元:一人で飲んでいるうちに、次第に酔ってくる。仕事の垢が落ち、憂さはどこかに消え去り、自分の時間が戻ってくる。
自分だけの時間に浸りながらも、自分を客観視するような感覚もあり、どんなに落ち込んでいても、「たいした事ないさ」と思い始める。そんなところでしょうか。

―― 本書で紹介されているメニューはどれもおいしそうでした。牧元さんが、書こうとする対象のおいしさを損なわせないために気をつけているのはどんなことですか。

牧元:文章のテクニックよりも、「なぜこの料理をおいしいと思ったのか」を、自分の中で整理して解を出すよう心がけています。

―― 他の作家さんによる「食べ歩き」をテーマとしたルポやエッセイで、牧元さんが学生時代などに繰り返し読んだ作品を3つ教えてください。

牧元:丸谷才一さんの『食通知ったかぶり』、檀一雄さんの『檀流クッキング』、増井和子さんの『パリの味』です。

―― 最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。

牧元:酒場には、沢山の学びがあります。行きやすいいつもの店ではなく、未知の店に出かけてこそ多くの学びに出会えます。さあ飲みにいきましょう。出来れば一人でね。

書籍情報

目次

  1. 第一章 働き方の極意は、名物女将から盗め

    1. 1 始めたら最後までやり抜く 本店浜作 (銀座)
    2. 2 上だけでなく下にも気を遣う らんこんと(銀座)
    3. 3 とっさの機転が大切 森清(梅田)
    4. 4 親しくなっても距離感を保つ (赤坂)
    5. 5 叱るときは愛をこめる 鳥房(立石)
    6. 6 時間と手間をかけたものは伝わる 韓灯(月島)
    7. 7 いい習慣や伝統は変えずに残す みぢゃげど(根津)
  2. 第二章 出世の極意は、いい常連から盗め

    1. 8 相手によって態度を変えない 鍵屋 (根岸)
    2. 9 先輩の仕事や技を徹底的に盗む 沿露目(門前仲町)
    3. 10 クレーム対応で相手を納得させるには 大はし(北千住)
    4. 11 基本を守りつつ新しさも加える シンスケ(湯島)
    5. 12 タイミングを見極める ニューカヤバ(茅場町)
    6. 13 人の好みは様々だと知る 利久庵(日本橋)
    7. 14 相手をウキウキさせる会話術 岩金(東向島)
  3. 第三章 交渉の極意は、繁盛店から盗め

    1. 15 最初と締めが肝心 たまる(四ツ谷)
    2. 16 学びたければ自分から行く 冨味屋(浅草)
    3. 17 試行錯誤の過程を決して見せない 柏屋 大阪千里山(吹田)
    4. 18  弱点を魅力に変えてウリに アヒルストア(富ヶ谷)
    5. 19 相手との距離を近づける切り札とは ロッツォ シチリア (白金)
    6. 特別編 きりっとした緊張感と、いつも学びが 呑喜(※閉店)
  4. 第四章 飲まずに盗め ~立ち食いそば編~

    1. 20 連係プレーが見事 とんがらし(水道橋)
    2. 21 ロックな立ちそば 京橋 恵み屋(京橋)
    3. 22 たった三八○円で幸せ かさい(中野)
    4. 23 利益より安心サービス! 八幡そば(代々木八幡)
    5. 24 F1級の早さ 新和そば(新宿)

著者プロフィール

マッキー 牧元

1955年東京都出身。立教大学卒。
「味の手帖」編集顧問、タベアルキスト、ポテトサラダ学会会長。
日々旺盛に飲み食べ歩き、雑誌、ラジオ、テレビなどで妥協のない真の食情報を発信。
著書に『間違いだらけの鍋奉行』『ポテサラ酒場』『東京・食のお作法』など