だれかに話したくなる本の話

想いを伝える、言葉がけの習慣―高野登さん

の記事は「経営者JP」の企画協力を受けております。

 わたしがお付き合いがある企業で「うちは、新入社員研修は行わない」というところはありません。それぞれに、カリキュラムを工夫して取り組んでいます。ところが夏頃になると、人事研修の担当者から、新入社員の再教育と研修の相談を受けることが多いのです。

 担当者の悩みやジレンマは、こんな言葉に表れています。

 「恥ずかしい話なんですが、新人達は入社した当初はすごくモチベーションが高いのに、なぜか3カ月程でみんな一様に低くなってしまうのです。中だるみにしては早すぎます。ここら辺で一度喝を入れて、モチベーションを高めたいと思っているのです。何とか研修プログラムを組んでもらう訳にはいきませんか。」

 どうでしょう。経営者やリーダーの皆さんには、なんとなく思い当る節もあるのではないでしょうか。

 わたしの友人に、銀行から電通に転職した異色の企画マンがいます。ある時彼がこんな興味深いことを言っていました。

 「銀行員は、入行して最初の4年くらいは、みなそれぞれに個性的ないい表情で仕事をしているんですよ。ところが、5年目を過ぎた頃からみんな同じ顔つき、表情になってしまう。これは見事なくらい、どの銀行でも同じ。そしてね、そんな表情にならない僕みたいな変な奴は、さっさと転職していくの (笑)」。

 まさか、すべての銀行マンがそうだとは思えません。しかしこのコメントには何がしかの真実が込められていることも確かだと思いました。

 先の人事担当者、そしてこの友人のコメントを聞いて考えてみました。

 まず、社員のモチベーションについてです。入社当初はモチベーションが高い。しかし、3カ月くらいで急激に下がってしまう。果たしてそれは事実でしょうか。

 わたしがリッツ・カールトンで働いていた時に実感したこと。それは、新入社員にモチベーションは無いということです。

 そもそも、モチベーションとは何か。

 それは、会社の理念や哲学を先輩や上司と共有し、共感し、そして仕事を通して実践するときに生まれるものです。さらに自分の所属する組織、会社が世の中にどんな価値を生み出しているのかを理解すること。組織のひとりとして自分ができることは何か、それを自分のこととして理解し、達成する喜び、感謝される喜びを実感して初めて生まれてくるものです。

 入社したての新人に、そんなモチベーションがある道理がない。これが、リッツ・カールトン時代にわたしが出した結論です。

 ならば「一生懸命、頑張ります!」「リッツ・カールトンの一員として全力で働きます!」というあの元気さは一体何なのか。あれは単に「テンション」が高いだけ(笑)。もちろんテンションはとても大事です。初めから低いテンションで「ほかに行くところが無いので、しばらくお世話になります」なんてことでは困ってしまいます。

■鉄は熱いうちに打て

 では新人のテンションが高い間に、会社がすべきことは何か。鉄は熱いうちに打たなくてはならない。熱いうちにすべきことは何か。それがまさに「モチベーションの種まき」なのだと思うのです。
 
 「種まき」こそが、経営者やリーダー達の真骨頂を見せる大舞台です。新人たちを前に、これ以上はないというくらい熱く語りかけなくてはなりません。

 「うちの組織は社会に対して、こういう価値を創造している。世の中のために、人々を幸せにするために、われわれはこんなに大事なことをしている。諸君は今からその一員として生き生きと働き、会社の存続と社会貢献と、そして何よりも自分自身の人間的成長のために、持てる力を存分に発揮してもらいたい。今日という日は、残りの人生の第1日目だ。諸君にとっても、わたしにとっても。縁があって、今からこうして同じ組織で働くことができる。奇跡に近いことだと思う。有難いことだと思う。われわれ経営陣も会社の発展のために全力を尽くす。諸君にもぜひ、この会社で、ワクワクするような仕事人生を楽しんでほしい。」

 目の前に現れるリーダー達が、次々と異口同音にこんな熱い想いを語る姿を見たなら、「よし、自分も早くこの組織で、先輩たちのようにいい仕事ができるように頑張ろう!」と思わないわけがありません。

 その思いが、モチベーションの種になるのです。その種をテンションが高い間にたくさんまかなくてはなりません。そして、種が芽を出し、根を生やし、しっかりとした大木に育っていくために、こまめに水や栄養をあげる必要があるのです。

 毎日会社の理念や目的を共有できるプロセスを作るのは、そのためです。すなわち水と栄養を補給する仕組みなのです。これがまさに、リッツ・カールトンが創りあげてきた「人材の育成・活性化」の仕組みにほかなりません。つまり、モチベーションを心の奥に深く根付かせていくプロセスなのです。

 認められ、信頼され、お互いに支え合っている社員の心にしか、ホスピタリティの精神は育たない。そのことを痛感しているのです。

 ところが多くの組織では、この「リーダーが熱く語りかける」という、何よりも大切なプロセスを省いてしまいます。研修カリキュラムは血が通っていない、単にシステム化されているだけのものだったりします。熱い想いが込められていないから、頭で理解はできても心の奥には届きません。

 結局、テンションの高い大事な時期にモチベーションの種をまかずに、その後も何か月も放っておく。種をまかないので水も栄養も与えない。そして現場での作業だけをこなす「作業員」に仕立ててしまう。その揚げ句に、社員のモチベーションが低くて困るなどという的外れのコメントを口にしているのです。これで愛社精神が育つとしたなら、それこそ奇跡に近いことだと思います。

 もしも経営者の皆さんが、「うちの社員たちは、仕事そのものには愛着を感じているようだが、どうも組織に対しての愛着心や忠誠心が薄いようだ」と思ったとしたなら……。一度立ち止まって、自分に指を向ける勇気を持ってはいかがでしょう。

 忙しさを理由に、大事な社員への声掛けを惜しんではいないか。業者さんに「ひと手間かけたひと言」を掛けているか。会社のビジョンを、熱い言葉で伝えているか。そのことを自分自身と深く向き合い、心に問い掛けることで、目の前の景色をまったく違ったものとして捉えることができるのではないかと思うのです。
(記事提供:ITメディアエグゼクティブ

■著者プロフィール: 高野 登
人とホスピタリティ研究所 代表、MPI(米国ダラス本部)日本支部 理事、日本プロフェッショナル講師フォーラム シニアコンサルタント
1974年、渡米。ニューヨーク・ホテルキタノ、ニューヨーク・プラザホテル、サンフランシスコ・フェアモントホテルなので勤務。1990年、リッツ・カールトンに移籍。サンフランシスコの開業に携わる。1991年、ロサンゼルス・オフィスに転勤。その間、米国西海岸やシドニーなどでホテルの開業をサポートする。同時にホノルル・オフィスを開設する。1994年、日本支社に転勤。支社長としてリッツ・カールトンの日本におけるブランディング活動を行う。1997年、大阪の開業に携わる。2007年、東京の開業をサポート。2009年、退社。2010年、人とホスピタリティ研究所設立。

著書:「リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間」(かんき出版)、「絆が生まれる瞬間」(かんき出版)「リッツ・カールトンで育まれた ホスピタリティノート(かんき出版)、『リッツ・カールトン 一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』(日本実業出版)