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ハッキリ言わせていただきます! 黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題

政治、教育、社会… おかしなことが多すぎませんか?

アマゾンへのリンク『ハッキリ言わせていただきます! 黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題』
  • 著者: 前川 喜平, 谷口 真由美
  • 出版: 集英社
  • 価格: 1,600円+税
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本書の解説

政治、教育、民主主義…日本をダメにしているものの正体とは?

「日本はここがダメだ」「教育のあり方が間違っている」など、社会の問題や政治に対する批判や意見はSNS等を中心に散見されるが、そうした声は感情や思い込みに左右されて発言されているものも多く、建設的な議論になかなか結び付かない。

実は日本人は正しく「批判すること」が下手であり、そこには教育や政治構造における根深い問題がある。
そう指摘するのが法学者の谷口真由美氏と、加計学園問題のキーマンとなった元文部科学事務次官の前川喜平氏だ。対談をまとめた『ハッキリ言わせていただきます!』(集英社刊)の冒頭で、2人は次のように話している。

谷口:社会にはいろいろな角度から見て議論する人がたくさんいないといけない。そのために不可欠なのが「批判」なのです。
(中略)だけど最近の日本では、仲が良かったり、お友達だったら批判しない、見てみぬふりをする、なんならかばう、みたいなこともすごく多いじゃないですか。まさに批判の作法がなっていない。好き嫌いの感情はさておき批判する、ということがとても下手ですよね。

前川:それは、学校でその訓練をしていないからですね。最近盛んに言われている「アクティブ・ラーニング」には、そういう訓練をすることも含まれていると思うんです。もともと、ちゃんと議論できるようにしましょう、という話ですからね。
(p15-16より引用)

前川氏が指摘している問題は、現在の学校教育の現場において、子どもの「主体性」が育たないことをやり続けているということだ。

例えば、ある教育学者が小学校と中学校の授業を比べ、先生が話している時間と子どもが話している時間の割合をストップウォッチで計って調べた。そこで、小学校の授業は子どもが話している時間が長く、中学校の授業は先生が話している時間が圧倒的に長いことが分かったという。

■民主主義は「コストカット」の波に巻き込まれている?

中学生ならば、自分で考える力、批判する力、「おかしなものをおかしい」と言える力があるはず。しかし前川氏は、学校教育の前提として、いまだに子どもたちが「無権利者」であり、発達途上で十分ではないという考え方をうまく使い、意見表明権を否定していると指摘する。

子どもたちに意見を表明させず、先生が話し続ける。多感な思春期の時期に意見が言えなくなってしまうと、成人しても、よほどのトレーニングをしない限り、意見を表明することが難しくなってしまう。
これは民主主義の根幹に関わる問題だろう。「上下関係は絶対のもの」という考えが当たり前になってしまうと、どんな理不尽であっても、その理不尽に対して声を上げづらくなってしまう。

また、谷口氏は誰もが声を上げられる民主主義は「面倒くさい」ものだとも語る。何故なら、手続きがややこしく、誰かがスパッと決めて「右にならえ」で動くよりも効率が悪いからだ。
確かにビジネスであれ、プライベートであれ、現代は「コストカット」が良しとされている時代だ。しかし、谷口氏は「民主主義の社会で生きているからこそ支払うべきコストを、やたらと過敏にカットしようとする人たちがおられる」(p.34より引用)と指摘する。

日本人はもともと村社会的なコミュニティを形成してしまう傾向にある。「みんな同じ」「みんな一緒」になりやすく、逆にそこから外れると「村八分」状態になってしまうこともある。
前川氏は「学校もそういう文化を持っている」と話し、「一人ひとり違っていいんだということを認めない社会は、非常に危ない」「みんながひとつの色に染まるようにするんだという圧力が常に政治の世界からかかってきて、それが今、道徳教育で非常にあらわな分かれ道になっています」(p.38-39より引用)と危惧する。

谷口氏と前川氏が本書を通して主に問題としているのは「政治」と「教育」だ。
この2つはいずれも日本の未来を形づくるものである。そこに対して正しく批判がなされることは、日本の社会がより良くなる上で重要なことだ。

ただ、社会に対する批判を上げようとも、最後は「何も変わらない」ことに疲れてしまうかもしれない。それに対し、谷口氏は「主権者たる意識は本来社会全体で背負わないといけないのに、批判している人だけが背負って、自分だけ取り残されている感があるからしんどくなるんだと思います」(p.210-211より引用)とその問題点を提示する。

誰もが声を上げることができるのが民主主義。黙って見過ごすわけにはいかない問題たちとの「向き合い方」の例を2人が見せてくれる一冊である。

(新刊JP編集部)

インタビュー

■二人は「お互いに気を使って話をしている」?

―― 本書はお二人の対談本になりますが、もともとは大阪のABCラジオでの対談がきっかけで本を作りたいという話になったそうですね。

谷口:これは私が一方的に「一緒に本を出したい!」って言ったんですよ(笑)

―― ラジオ収録が初対面だったそうですが、それぞれの印象はいかがでしたか?

前川:(隣にいる谷口さんをチラッと見て)これはね、本人には内緒ですよ? 意外に可愛い人だな、と。

谷口:分かってますね(笑)。そうなんですよ。私の前川さんの印象はこんなにユーモアのある人なんだと驚きました。元お役人さんですから、すごく硬派なイメージがあったんですよ。

前川:まあ、文部科学事務次官とかやっていましたからね。

谷口:テレビで国会中継を見ていて、堅い人なんやろうなと思っていたんですよ。でも、すごく笑うし、その笑う顔を見て「ええ、笑ってる!」みたいなノリでした。

―― では、実際にお話をされていかがでしたか?

前川:テレビでコメンテーターとして出演される谷口さんを拝見していて、僕が言いたいことをどんどん言ってくれる方だと思っていたので、やはり波長が合うと思いましたね。

谷口:うん、合ってる! 実は昨日、大阪でこの本の出版記念イベントがあったんです。そこでは「お互いが気を使ってお話されているのが印象的でした」なんていう感想をいただいたのですが、気を使っている感覚はなくて2人のテンポですね。

―― 昨日行われた大阪のイベントはどのような話で盛り上がったのですか?(*1)

谷口:2月24日に行われた沖縄の県民投票の結果ですね。あとは、この本の70ページに出てくる金髪の高校生。その子が壇上に来てくれはったんですよ。「ご本人登場~!」という感じでサプライズ感がありましたね。

(*1…このインタビューは2月25日に行われた大阪での出版記念イベントの翌日に行われた)

前川:これがすごく爽やかな好青年なんです。

谷口:すごくしっかりした子なんですよ。壇上に立っても堂々としていて。

前川:何のてらいもなく、普通にお話されていましたよね。

谷口:そうなんです。政治に関心があって自分で行動を起こすような、いわゆる戦うタイプではないんですけど、「何で金髪にしたらアカンの?」という疑問をしっかりと口に出せる高校生ですよね。

―― 本人が正しいと思うことを裏付けてちゃんと疑問を言えるというのはすごいです。

前川:おかしいことをおかしいと言える青年ですね。今はおかしいことをおかしいと思わせないようにする人が多いなかで。

谷口:そうなんですよ、都会の鳩のような人が多いですよね。都会の鳩って自動車が近づいてきても全然逃げへんでしょ。でも、私が「鳩!」って言うとビックリして逃げていく。自動車の方が私よりも全然強いんですけどね。

前川:都会の鳩って、良い比喩ですね。自分を潰そうとするものが迫っているのに気づかない。

谷口:そうです。都会の鳩って餌が豊富にあったりするから生きていけるんですよね。でも、危機に対する勘がすごくにぶくなっている。その意味ではカラスは鳩よりも利口ですし、よほど危機感もある。鳩を見ていると心配になりますよ。

―― 本書の冒頭で日本人の批判力のなさをご指摘されていますが、それに対する危機感がひしひしと伝わってきました。

前川:谷口さんによる「批判お作法5か条」(*2)からこの本は始まるわけですけど、ちゃんと批判ができていない人が多いと思います。

私も講演する際には事実に基づいて「これはおかしい」と言っていますが、あるとき安倍首相の言動を批判したら「前川さん、どうして安倍さんのことを個人攻撃するんですか?」とあとで聞いてきた人がいたんです。

私は個人攻撃をしたわけではないんですよ。安倍内閣の政策も評価すべきものは評価しています。例えば2017年度から導入された給付型奨学金制度は、政治の力がなければできない画期的な制度です。教育政策史という学問があれば、その学術書の中に書かれてしかるべき出来事でした。

その一方で「道徳」の教科化であったり、加計学園問題や森友学園問題については、批判をしなくてはいけない。加計問題では明らかに虚偽と思われる答弁を国会でしているのに、それを指摘しただけで人格攻撃と受け止める人もいるんです。

(*2…「批判のお作法 5か条」本書p.15より
第1条…批判されてもキレない
第2条…批判は「事象」「事柄」「発言」などについてすべし。人間性への攻撃はNG。
第3条…批判は「事実」に基づいてすべし。根拠が思い込みや固定観念はNG。
第4条…批判は「愛」が必要。その先に「よりよくなる〇〇」(〇〇には社会、会社、学校、地域など)があるべし。うっぷん晴らしはNG。
第5条…批判には「責任」がともなうべし。公益通報などの匿名性は守らなければならないが、安全地帯からの匿名での言いたい放題はNG。)

谷口:それは不思議な方ですね。

前川:人間そのものを攻撃しているわけではないんですよ。言ったことややっていることに対する批判ですからね。

谷口:2013年に当時大阪市長だった橋下徹さんが従軍慰安婦について発言されたときに、橋下さんのご家族を侮辱するようなことを言った人がいたんです。それは違うでしょ、と。

ご本人の言っていることに対して批判するのではなく、ご家族の存在を出すような感性は批判ではなくて、ただの攻撃です。私はそういうことをする人が大嫌いなんですよ。思想の左右関係なく言ってはいけない境目が大人でも区別がつかないんだなと、この数年色々な場面で感じますし、それは怖いですよね。

―― 言っちゃいけない言葉を簡単に使ってしまう人もいますよね。

谷口:そうなんですよね。特に政治では言ったらいけない言葉を平気で言う人がいますからね(笑)。でも、それに対して批判をすると、その方のファンから「人格攻撃だ!」と攻撃を受ける。

こちらは今までいろんな人権問題をずっと見てきて、いろんなものに則って「それはダメですよ」と言い続けてきたけれど、同じように「それは言ったらいけないでしょ」と指摘すると、「谷口が麻生(太郎)を攻撃している」という言い方をされるんです。

私は麻生さんを攻撃しようと思っていないし、彼に愛着もないです。でも言わないといけないことだから言っているわけで、言わないで社会の息苦しさを引き継ぐことはまかりならんと思うんですよね。

前川:好き嫌いと混同してしまいがちだけど、それとは別にしないといけませんよね。

前川喜平さんお写真

■政治家の皆さん、言っていることが変わってませんか?

―― 前川さんは文部科学省にいらっしゃいましたが、おそらくちゃんと議論ができる俎上ができていたと思います。でも多くの日本人は「議論慣れ」していないというか、意見を戦わせることに慣れていないように感じます。

前川:政策をつくるためにはまず現状を把握し、ファクトを見定めることが大切です。そして、あるべき姿は何か、達成すべき目標は何かを共有する。教育行政であれば、「意欲と能力のある子どもたち、青年たちが、自分たちの学びたいことを学べるようにするにはどうすればいいか」――学習権の保障という憲法が求めている“国がなすべきこと”があります。その大きな目的に照らして、現状をどう変えていけばいいか、最も望ましい道筋は何かを考える。

しかし、その一方で財政的、制度的な制約もありますから、できることとできないことがあります。数ある選択肢の中から来年度予算でどのくらいまで進めるか。そうやって政策をつくっていくわけですが、そこにはファクトと目的と論理があるんですね。

ただ、(政策を)最終的に決断するのは政治です。国会議員や大臣は国民の皆さんが選んでいますから、国民の代表ですよね。憲法の前文にも「国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」と書かれています。

役人も憲法15条で「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利」とありますし、私も試験で選ばれたとはいえ国民に雇われていて、国民のために仕事をしてきたつもりです。でも誰が責任を負うべきなのかというと、それは選挙で選ばれた人です。彼らがもし間違えた判断をしたならば、国民が次の選挙でその人を落選し、別の人を選ぶということをしないといけない。それは政策を最終的に決断するのは政治だからです。
ところが、往々にして政策判断に色々な醜い思惑が入り込んでしまうことがある。お友達のために獣医学部をつくってあげたり。

谷口:結局、四国枠の合格者は何人でしたっけ?

前川:四国には獣医学部がなくて困っているから特別に新設を認めるんだと言っていたはずなのに。

谷口:そうすると、四国枠の学生が集まるという見込みを持って新設しているはずなんです。それがファクトですよね。

前川:ですが、その理屈が全く成立していないことが分かってしまった。こういう判断は政治の世界では多いんです。こうなると役人は困ってしまうわけです。

もう一つ例をあげると、沖縄県の八重山地区で公民教科書の採択でもめたことがありました。八重山地区の協議会で多数派が推した育鵬社の公民教科書を、竹富町という自治体の教育委員会が「使わない」と拒否したわけです。最終的にはそれぞれの自治体が使いたい教科書を使うという決着になりましたが、途中政治の世界から「この教科書を使え」という圧力が入っています。ひじょうに無理筋な政治の介入でしたね。

谷口:それは筋が悪いですよね。ただ、無理筋でも政治的決断をして上手くいったケースもおそらくありますよね。

前川:政治決断で役人だけでは到底実現できなかったケースが実現できたケースもあります。例えば古い話ですが、昭和49年、森喜朗さん、河野洋平さん、西岡武夫さんといった当時若手文教族といわれていた自民党の政治家たちがとんでもないことを成し遂げています。

なんと全国の小中学校の教員の給料を25%アップさせたんですよ(*3)。

(*3…文部科学省「教員給与改善の経緯等一覧」によれば、予算上25%の改善がみられている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo1/gijiroku/07022616/001/006.htm

谷口:それはすごい!

前川:教育に熱心な政治家たちが、「良い教師を集めるには給料を上げないといけない」と言ったんですね。こんなことは役所に任せていたら絶対できないですよ。民主党政権下では、高校授業料無償化もやっていますよね。これも政治の力がなければできないことです。年間4000億円必要になる政策ですから、文部科学省と財務省がちまちまと折衝したところでまず実現不可能。

こういう大きな決断は政治にしかできません。ただ、その一方で、大胆不敵で国民のためにならないようなことも時々するのが政治なんです。憲法15条第2項に「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と書かれていますが、総理大臣も国会議員もみな公務員ですからね。全体の奉仕者であるはずなのに、一部の人たちのために権力を行使してしまっている。

谷口:それをファクトでツッコんでいるのに、「そんなことはしていません」と。「私や妻が関係していたということになれば、まさにこれはもう私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい」(*4)と安倍さんは言っていたのに、いつの間にか「関係」の定義が変容していたんですよね。

(*4…第193回国会 予算委員会 第12号 平成二十九年二月十七日(金曜日)より (http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/193/0018/19302170018012a.html

前川:金品の授与がある「関係」になっていましたね。

谷口:最初は奥さんが口利きをしたとか、本当に寄付をしたとか、そういう話ですよね。大半の人は「あ、そんな話やったっけ」って思ったと思います。でも、ずっとウォッチしている身からすると、「ああ、ここで騙される人おるわ」って分かるんですよ。そこでツッコミを入れる、つまり「言っていることが変わってませんか?」という批判をする声が大きくならないといけないのに、逆にもう忘れられてしまっているから「賄賂もらってないし、ええねん」という話で落着しちゃった。

■引っかかったことはメモをする。忘れないことが批判力につながる

前川:安倍さんは話がズレていることが多いですよね。そして、そのズレに合わせようとして役人や下の人間が一生懸命取り繕うみたいなことがあちこちで起こる。

谷口:厚生労働省の統計不正問題もそうじゃないですか?

前川:「アベノミクス新・三本の矢」(*5)という公約に「2020年にGDP600兆円の達成」がありましたよね。

(*5…安倍内閣の経済財政政策 https://www5.cao.go.jp/keizai1/abenomics/abenomics.html

谷口:言うてましたね。

前川:また、「希望出生率1.8がかなう社会の実現」というのもありました。

谷口:言うてました。

前川:何年経っているのでしょう、と言うね。

谷口:そういえば、旧三本の矢の時は「成長戦略」の中で「女性活躍」がキーワードになりましたよね。あの矢はどこに落ちてしまったんやろう。

希望出生率もそうですし、旧三本の矢の時に女性活躍の推進とともに、「3年間抱っこし放題での職場復帰支援」政策(*6)というのが出されかけたんですよ。それを聞いたのがちょうどゴールデンウィーク前で、共同通信から寄稿してくれと言われたので「3年間抱っこし放題って言いつつギャン泣きしている赤ん坊を連れてカルチャーセンター行けってどういう理屈やねん。子どもを預ける場所がないから困ってるねんやんか!」みたいなことをやんわり書いたんですよね。
それで、あの政策は「女性手帳」の導入とセットで検討されていて、そちらについても厳しく批判したんですけど、その後いつの間にか「3年抱っこし放題」も「女性手帳」もなくなったんですよ。

確かに女性活躍推進法はできましたけど、10年間の時限立法ですからね。私はそういったことを追いかけて知っているから批判もできますけど、ほとんどの人は忘れてしまっている。三本の矢と新三本の矢、合わせて六本の矢はどこに行ってしまったのか。なんでテレビのワイドショーでそういった特集をしつこくやらへんのやろと言いたいですよね。

(*6…内容は育児休暇を3年まで延長するというもの)

―― 忘れてしまうとファクトの検証ができませんからね。

谷口:そうですね。皆さん忘れてしまうくらい忙しいのでしょうけど。

前川:私が思うのは、安倍さんも菅義偉さんも、その周囲にいる官邸官僚と呼ばれる人たちもみな、日本国民は忘れっぽいと思っているのではないかと思います。目を引くことを言えば食いついてくれて、しばらくすると向こうから忘れてくれるというね。

―― そうなると市民側は騙され続けるままというか。

谷口:ええようにされてますよね。「喉元を過ぎれば熱さを忘れる」とは言いますが、喉元を過ぎても熱かったら熱いと言い続ける人が増えないと、良くなる兆しは見えてこないですよね。

―― では、私たちが批判する力を身につけるにはどうすればいいのでしょうか。

前川:まずは「忘れないこと」ですね。忘れてくれると思われているならば、忘れちゃいけないんです。

谷口:でも、しつこく覚えている人間って、しんどいと思うんですよ。覚えているからこそのしんどさがあって、「結局どういうことだったんだろう」と悩んでおられると思うんですけど、覚えているからこそ指摘できると思うんですよね。

今、ビジネスの世界でもメモが再ブームになっているそうですが、官僚はメモ魔の最たるものですよね。

前川:そうですね。メモ魔です。

谷口:皆さんも手帳にメモを取っておいて、引っかかった言葉を書いておくといいと思うんですよね。その後、「あれはどういうことだったっけ」ということがあった時に読み返して、言っていることとやっていることが違えばそれを指摘できます。

今なら分かりやすいのが消費税です。2019年10月に10%に上がりますが、何のためにあげるって言ってましたっけ。それはともかく、9ヶ月間クレジットカードなどでキャッシュレス決済することで5%ポイントバックするんですよね。でもね、9ヶ月間って何?とか、ポイントバックのための設備投資費でどのくらいかかるの?とか、そのポイント還元の広報のために400億円くらいかけるんですよね。だったら今ある予算の中で消費税をあげないで普通にやっていただくほうがお得なんちゃうんかと思うわけですよ。

それにね、ポイントバックするためにはクレジットカードをつくれと言われるわけですよね。でも、クレジットカードをつくれる人ってある程度安定した収入がある人たちなんですよ。本当にポイント還元が必要な人たちはそこの層ではないですよね。そんなん考えたら分かるやろ、と。国民はポイント還元あるから消費税上がっても大丈夫と思い込むんじゃないかと仮に思っているなら、それは馬鹿にされているだけですよね。

だから引っかかったことはメモをするんです。それで友達に聞いてみる。会話や対話の極意って疑問形で聞くことだと思うんですね。「知ってる?」「あれどうなってんの?」って、仮に自分が知っていても聞くんです。聞かれた方は何かしら答えないとあかんでしょ。そうやって喋らせることが大事で、相手に考えさせるきっかけになるんです。もしその答えが違っていたなら「いやいや、そういう話ちゃうみたいやで」と話を続けると、批判力が磨かれる。分かっている人は疑問形で聞くことが一つのステップだと思いますね。

谷口真由美さんお写真

■「なんでやろ」と考えへん組織にイノベーションは起こりようがない

前川:谷口さんは大学でもそういう風に聞きながら授業されているんですか?

谷口:そうです。学生さんに聞きますね。例えば、象徴天皇の「象徴」ってどういう意味?とか。そうやって喋らすことで「なるほど」と思ってもらえる機会が増えるんです。だから、私たち全日本おばちゃん党では疑問形で聞くということを極意にしましょうと言ってるんですよ。ゴミ出しに行ったときに近所のお友達に会ったら「安保法制って知ってる?」って聞いてみるとかね。

前川:まさにアクティブラーニングですよね。「主体的・対話的で深い学び」と文部科学省は言ってるけれど、疑問形で聞くというのはそういうことですよね。自分は分かっているけれど我慢して聞いて相手に考えさせる。これは辛抱の要ることですよね。

谷口:そうなんですよね。でも、知っている側は知らない側に合わせないと行けないと思うんです。知っている知識を全部話したがる人も結構いますけどね。

前川:確かに学びは疑問から生じてきますよね。

谷口:今、やたらイノベーションって言いますけど、「なんでやろ」と考えへん組織にイノベーションは起こりようがないですよね。批判を許さない、意見を許さない組織ってありますけど。

前川:会社にしても役所にしても、そして学校にしても先祖返りといいますか、考えさせない方に世の中が動いていると思うんですよ。それはひじょうに危険に思えてならない。

私が課長補佐や課長になる頃の文部科学省の政策は、一人一人の子どもたちが自分で考えるということが大事であり、考えて判断して行動できる人間に育てていきましょうという方向性を持っていました。今でもその考えの基盤は変わっていないけれど、政治判断で考えさせない方向にいっちゃっている。それが極端な形で出ているのが、今の道徳教育なんですよね。

谷口:それは危ないですよね。考える余地がないということは。人権にまつわる講演会でよく「普通」「当たり前」「常識」「一般的」「皆言っている」という言葉を使わずに説明をできますかと聞くんです。

例えば「どうして空は青いの?」と子どもに聞かれたら、「そんなん、昔から青いねん」とか言ったらそこから広がらないじゃないですか。昔教えてもらったけど忘れたなら、そう正直に答えて「一緒に勉強しよか」って言えばいいんですけど、賢いふりをして「そんなん当たり前やん」って答えたらそこで終わっちゃいますよね。

世の中の「当たり前」を疑うことがなくなれば、それは停滞しますよ。例えば「男女平等かだらトイレは男女同じ数」って言うけれど、国連の基準でいうと災害時のことを考えた場合、男性1に対して女性3設置しないといけないんですよ。これ、行楽地のサービスエリアを見れば分かると思うんですが、混むのは女子トイレなんですよね。でも、形式的な平等に捉われると1:1で置いちゃう。

去年の西日本豪雨の際、避難所で倒れたのはおばあちゃんが多くて、それは何故かというとトイレが混んで足りないとか、遠いところにあるから大変とかで、水分を取るのを控えて脱水症状になってしまったから。数を一緒にしていればそれでいいという形式に捉われるとそういう問題が出てきてしまうんです。

前川:本当の平等って何だろうとちゃんと考えられるかどうかの違いですよ。

谷口:でも考えないケースが多いんですよ。「人権」や「差別」というのも、形式的なものしか教わらないからみんな同じ回答をしてしまう。でも、言葉は外側にあるもので、その中身がちゃんとあるんです。

クルミのように硬い皮に包まれているけれど、本当に大切なのは中身なんですよね。

―― では最後に、本書をどのような人に読んでほしいですか?

前川:「私、ボーっと生きているかも」と思っている人たちに。

谷口:チコちゃんに怒られそうな人たちですね(笑)。でもボーっと生きている自覚のない人がほとんどだと思います。だからはじめの話に戻りますが、都会の鳩みたいな人に読んでほしいです。

前川:この本を読むとご利益があります!とかね。現世利益を出したほうがいいのかも。

谷口:いっさい現世利益ないですけどね(笑)。でも精神的便秘感がなくなるというか、モヤモヤしているものがスッキリするかもしれない。

前川:それはいいですね。モヤモヤしている人は多いですから。

書籍情報

目次

  • 第1章 「お上意識」が日本をダメにする
  • 第2章 ヤンキーとカオスとラグビーで批判力を磨く
  • 第3章 教育が直面している厳しい現実
  • 第4章 政治が直面している厳しい現実
  • 第5章 憲法が想定した人間を目指す
  • 第6章 批判に疲れた人たちへ

プロフィール

前川喜平

元・文部科学事務次官 現代教育行政研究会代表
1955年、奈良県生まれ。東京大学法学部卒業。
79年、文部省(現・文部科学省)入省。94年、文部大臣秘書官。
2010年、大臣官房総括審議官。12年、大臣官房長。
13年、初等中等教育局長。14年、文部科学審議官、
16年、文部科学事務次官。17年、退官。
現在、自主夜間中学のスタッフとして活動しながら、
講演や執筆を行っている。著書に、『面従腹背』(毎日新聞出版)、
これからの日本、これからの教育』(寺脇研氏との共著。ちくま新書) など。

谷口真由美

大阪国際大学准教授 全日本おばちゃん党代表代行
1975年、大阪府生まれ。国際人権法、ジェンダー法などが専門分野。
非常勤講師を務める大阪大学での「日本国憲法」講義が人気で、
一般教養科目1000科目の中から学生の投票で選ばれる“ベストティーチャー賞”こと「共通教育賞」を4度受賞。
TBS系『サンデーモーニング』、朝日放送『おはよう朝日です』『キャスト』、ABCラジオ『伊藤史隆のラジオノオト』はじめ、TV、ラジオ、新聞のコメンテーターとしても活躍。
2012年、おばちゃんたちの底上げと、オッサン社会に愛とシャレでツッコミをいれることを目的に、Facebook上のグループ「全日本おばちゃん党」を立ち上げ、代表代行を務める。
著書に、『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』(文藝春秋)、『憲法って、どこにあるの?』(集英社)など。