BOOK REVIEW書評

近頃、商売上がったりの状態。このままだと売り上げがマズイ…。そんなとき、安易に手を出してしまいがちなのが「安売り」だ。

ある大学が、中小企業の経営者を対象に「ビジネスをする上で競争優位になるものは何か」を調査したところ、8割以上が「価格」と答えたという。つまり、ほとんどの経営者は価格を下げればすぐに売り上げが伸びると考えていることになる。

確かに、安売りに飛びつく客は多い。しかし、その価格よりもさらに安く提供するお店が出てくれば、客の心はそちらに移ってしまい、さらに価格を安くせざるを得ないだろう。
価格競争の先で生き残れるのは「体力のある会社」だ。つまり、大量生産を通して仕入れコストや製造原価を安く抑えられる会社が絶対的に有利となる。
では、安売りに手を出さずに中小企業が勝ち残るにはどうすればいいのだろうか。

“なにわのマーケティングコーチ”として多数の企業・団体で研修講師をしている高橋健三さんは、著書『もう安売りしかないと思う前に読む本』(セルバ出版刊)の中で、安売りを考える前に打つべき手を具体的に紹介している。

安売りは最終手段であり、その前に考えるべきことは以下の3つだ。

  1. プロダクト(商品)への工夫
  2. プレイス(販路)への工夫
  3. プロモーション(販促)への工夫

この3つの手を尽くしてもダメだった場合に、「安売り」という選択肢が出てくる。では、それぞれ具体的にどのようなポイントがあるのだろうか。簡潔にまとめていこう。

■プロダクト(商品)への工夫

商品の工夫は、本当にその品揃えで良いのか? あまり売れないものを置いていないか? といったようにラインナップを見直すことから始まる。

本書では「なにわ製パン」という架空のパン屋を例に、店で扱うパンの種類を一つにしぼり「クリームパン専門店」として再出発をはかるというストーリーを展開している。
種類を一つにすることで、材料も絞り込めるので仕入価格の交渉力があがり、販促面でもキャッチコピーをつけやすくなるなど、メリットは多い。商品を徹底して絞り込むことも武器になるのだ。

商品の拡大や置き換えなども時として功を奏することはあるものの、体力のない小さな店にとって命取りになることが多い。客のニーズをうまくつかむことができているという自信があれば検討しても良いだろう。

■プレイス(販路)への工夫

これは、「どこで商品を売るか」ということだ。ネット社会の今、通販で商品を売る店も多く、販路の拡大は必然的に顧客の拡大につながる。その一方で「店舗限定販売」は商品の希少価値を高める良い広告になるだろう。

また、BtoCだけではない。BtoB、つまり「卸売り」の可能性もある。なにわ製パンの場合、なにわ製パンの商品を近所の高校にまとめて買ってもらい、その売店で販売してもらうという方法もある。

新しい形では、会社のオフィスの中にセルフ販売ゾーンを設けて商品を売る「出前型」の販路が増えている。お菓子の「オフィスグリコ」やコンビニの「プチローソン」がそれにあたる。
自社の商品の特徴に合わせて販路を「限定/拡大」または販売経路を「短縮/延長」することで、これまで届かなかった客にも訴求できる強さをつけることができるようになるという。

■プロモーション(販促)への工夫

自社の商品をメディアに取り上げてもらう「広報」や、媒体を使って自ら情報を発信する「広告」といった手法のほかに、自分たちで出来る販促方法も多い。例えばSNSの運用や、記念日ごとの販促キャンペーンなどがあげられる。

特に記念日については、1年365日毎日何かしらの記念日が制定されているので、自社の商品やサービスにマッチした日を見つけてみてはどうだろう。ちなみに「パンの記念日」は4月12日だそうだ。

他にも自社ツールなら名刺を二つ折りにして情報量を増やすなど、オウンドメディアを利用した販促活動など、少ない予算でできることはたくさんある。もちろん全ての手段を講じよという話ではなく、安易な安売りで疲弊をする前に自社の規模・商品に合った形で手を打つことが大事だ。

本書の終盤では「それでも打つ手がなくなったら…」というところで安売りを成功に導く戦略的値下げアイデアも紹介している。ただ、やはり安売りは最終手段。価格競争の波に巻き込まれずに勝てるポジションに行くことが大切だ。
小さな会社になると、マーケティングを片手間でやっているという経営者もいるかもしれない。そんな人に読んでほしい一冊である。

(新刊JP編集部)

INTERVIEWインタビュー

商売をしていて、想定通りの売上を上げられないときに、あなたならどんな手を講じるだろうか。多くの人は「値段をもっと下げよう」、つまり安売りを考えるはずだ。

確かに、消費者にとって安売りは魅力的。一時的に客は集まるだろう。しかし、安易に安売りに走ってしまうと、本当のお客も手放すことになるかもしれない。

そう警鐘を鳴らすのが“なにわのマーケティングコーチ”高橋健三さんだ。
著書『もう安売りしかないと思う前に読む本』(セルバ出版刊)には、安易に価格(プライス)に走らず、商品(プロダクト)、販路(プレイス)、販促(プロモーション)という「4P」でビジネスを考える思考法が書かれている。

ここでは高橋さんに「安易な安売り」のデメリットや、マーケティングの基本を教えてもらった。

(新刊JP編集部)

■「安易な安売り」は百害あって一利なし。その理由とは?

――「安売り」は売上をあげるための常套手段と考えている経営者は多いと思います。しかし、高橋さんは安易な安売りに対して警鐘を鳴らしていますが、それは一体なぜなのですか?

高橋:
安売りで来店されるお客さまは、その安さに魅力を感じています。ですから、もっと安いお店があればすぐにそちらの店へと逃げてしまいます。つまり安売りで獲得したお客さまはお店にとって本物のお客さまにはならないということです。

――おそらく、それは多くのお店の方が実感されていると思います。それでも安売りを選んでしまうのはなぜなのでしょう。

高橋:
構造的に言うと、世の中が相対的にデフレ化している中で、ユニクロ、ニトリ、無印良品など大手も含めて、価格のラインを下げないとお客さまが来店してくれないという大きな前提があります。

その中で、価格以外で勝負をするならば、プロダクト(商品)の魅力をあげる方法もあるのですが、多くのお店は独自のプロダクトでの大きな差別化は難しい。そうすると、価格しかいじりやすいところがないんですよね。

また、消費税がもうすぐ上がるという話もありますが、それが近付くにつれて財布の紐が固くなっていきます。消費者は、自分が好きなものにお金を出すけれど、それ以外は安さと実用性があれば良いという感覚になっているという側面もあります。

――ただ、高橋さんは「安易な安売り」に対して警鐘を鳴らしているだけで、安売り全体を否定しているわけではありません。

高橋:
そうです。安易な安売りと攻撃的な安売りというのがありまして、安易な安売りとは3%オフ、5%オフなど、まわりに同調しただけで、あまり反応を得られないもの。攻撃的な安売りというのは、「70%オフ!ただし先着10名様限り」みたいな、話題性があり引きのあるものです。これは新商品を体験してもらうための話題作りの値下げと割り切れば、後々に本物のお客さんになってくれる可能性も出てきます。

つまり、目的なき安売りはNGということです。ほとんどの安売りが実は安易なタイプで、みんなが安売りしているから自分たちも、という大きな波に巻き込まれている形ですよね。

――では、本物のお客さんとはどんな存在なんですか?

高橋:
本物のお客さんは、そのお店が提供している商品やサービスのファンですね。また、店員、店主やオーナーのファンでも良いです。その店や商品にロイヤリティを感じてくれる人は本物のお客さんと言えますね。このようなお客さんは用事がないときでも、ふらりと立ち寄ってくれることがひとつの特徴です。

――「安易な安売り」のメリット、デメリットを教えて下さい。

高橋:
実は「安易な安売り」のメリットって特にないんですよ。一方のデメリットは利益が減る、もしくは出なくなること。また、それ以上に問題なのが、安易な安売りを続けると、商品に対する信用がなくなるとともに、それを売っているお店に対する信用もなくなっていきます。だから「百害あって一利なし」なんです。

――そんなデメリットだらけの「安易な安売り」に代わる打ち手を説明しているのが『もう安売りしかないと思う前に読む本』です。本書では「なにわ製パン」という架空のパン屋をモデルにしつつ、マーケティングの4Pを学べる一冊になっていますね。

高橋:
そうですね。「なにわ製パン」に特定のモデルはないのですが、商店街の小売店によくある売上げが落ち込んで悩んでいる場面を想定しています。

この「なにわ製パン」は私がセミナーでマーケティングの4Pを教える際に、面白く分かりやすい方法は何かないかというところで、身近な事例として作ったものです。10年以上、このお店の生き残りアイデアをセミナーの入り口として使っています。

――その4Pとは「プロダクト(商品)」「プレイス(販路)」「プロモーション(販促)」「プライス(価格)」ですよね。この4Pを駆使すればマーケティングは上手くいく、と。

高橋:
売上を伸ばそうとしたときに、どんなアイデアであっても必ず4Pの枠に当てはまります。この本は、小さな企業向けの4P戦略の実践ガイドのような気持ちで書いたのですが、そう言うと「マーケティングとか4Pなんか俺には関係ない」と敬遠する経営者もいますから、このような分かりやすいタイトルにしました。

――この手の話でいうと、近年はインターネットでの販路拡大やプロモーションが非常に伸びていますよね。ただ、ウェブの使い方に疎いままネットに手を出そうとして失敗する例も多いと思うのですが、中小企業がウェブを使う上で気をつけるべきことは何ですか?

高橋:
詳しくないからといって業者任せにしないことです。先ずは入門講座などに参加して自分自身が、何ができて何が出来ないのかという構造を理解することが重要です。全体像が分かった上で、自社が活用すべき範囲をきちんと想定した上で取り組めば、大きな失敗はしないと思います。

■「『炎上』を『注目』という言葉に置き換えればいいんです」

――SNSが広まった際に、猫も杓子も「SNSでファン作り」という風潮になった印象がありまして、実際にはじめるけれど手一杯になり、途中で更新しなくなるというケースも多いと思います。新しいものが出てくる度に手を出して失敗という悪循環にならないために、どのようにすればいいのでしょうか。

高橋:
中小企業の多くはSNSにまで手が回っていなくて、とりあえず他にプロモーションの方法もないから「藁にもすがる」感じで始めようとしている方もいると思います。でもそういうすがりかたはダメです。

SNSはあくまでファン作りの手法の一つです。「自分らしさ」「自社らしさ」を打ち出す媒体としてトライアルするのは良いと思いますが、大企業のやり方を真似しても上手くいかないでしょうね。

――つまり、独自の情報なり色を作ることができれば、効果はあると。

高橋:
そうです。インスタグラムで写真をアップしてもなかなかフォロワーが集まらず、ウソの友達を集めてみても意味ないじゃないですか。見せることが目的ではなく、パーソナリティや人間性、価値観を伝えることがSNSの醍醐味です。格好良く見せるのではなく、等身大の素直な姿を通して興味を持ってもらうことがファンを作る一歩だと思いますね。

――その場合、ファンとなりそうなターゲットをしぼるべきですか?

高橋:
むしろガチガチにしぼるべきでしょう。私は研修の際に「ペルソナの設定をしましょう」という話をするんですが、「30代女性」というようなおおまかなものではなく、「34歳、御堂筋線で通勤している銀行勤務のOL。犬を一匹飼っており、好きなブランドはコーチ。赤ワインより白ワイン派」というように設定していきます。

また、単に商品を買ってくれる人というよりは、自分たちが提供しているプロダクトやサービスを最も高く評価してくれる人をペルソナとすべきでしょうね。

――なるほど。

高橋:
ターゲットがしぼりきれていない企業がよくつけがちなキャッチフレーズが「こだわりの逸品をお届けします」とかありますよね。ライバルも含めてみんなが「こだわり」という言葉を使うので、結果的に没個性になってしまいます。

――ブログを執筆する経営者もいますが、ブログはどう思いますか?

高橋:
良いと思います。注目度の高い会社って社長自らメッセージを発信しますよね。ユニクロの柳井さん、ソフトバンクの孫さん、星野リゾートの星野さん。大きな規模の会社でも社長が前にどんどん出てくるわけですから、小さな会社の社長もそれとは違う自分自身のキャラを打ち出せばよいと思います。

――炎上のリスクもありませんか?

高橋:
それはいい格好をしようとするからです。また、炎上という言葉は「注目」と言い換えることもできます。注目されてラッキーと思えばいいんですよ。炎上も1年、2年続くものではないですしね。
もちろん人を中傷したりするのはダメですが、社会的に悪影響を与えることでなければ、一時的に注目度が上がったとポジティブに評価しておきましょう。

――これから中小企業が知っておくべき安売り以外の方法はどのようなものがありますか?

高橋:
4Pでいうところのプライスは各業界ともに企業努力で際限なく低価格になっていますし、プロモーションはSNSの活用など各社ともに類似の手法しかなくなっています。

伸びしろがあるのは販路(プレイス)で、この本で「カイシャナカ」という事例を紹介していますが、例えば「オフィスグリコ」のようにオフィスの中に専用ボックスを設置してそこでお菓子を売るとか、ローソンが「プチローソン」という名前で無人コンビニを導入したり、会社の中は今後注目すべき販路のひとつです。
また星野リゾートがスキーゲレンデの中に食事や買い物を楽しめる施設を作るというニュースなど、想定外の場所に販路を求めるケースは面白いですよね。

――クリエイティビティがありますよね。新しい視点を持ったマーケティングの重要性が高まっていることを感じます。

高橋:
研修で経営者の変化についてお話していますが、今、マーケティング専門家が社長になっているケースが多いんです。例えば、日本コカ・コーラでマーケティングを担当していた魚谷雅彦さんが資生堂の社長になったり、ローソンの社長だった新浪剛史さんがサントリーの社長になったりしています。

大企業でもマーケティングの重要性が分かっている人がトップに立っている。それは、これまでの製造部、営業部、総務部という、作る人、売る人、管理する人という組織体制だけでは会社がまわらなくなっているということでもあると思います。中小企業の場合、社長がマーケティング部長の役割を兼ねることが多いので、本人がいろんなところに顔を出しながら、マーケティング発想力を高めることが大事ですね。

――本書をどのような方に読んでほしいとお考えですか?

高橋:
この本には日頃のセミナーで話している、具体的な「打ち手」をたくさん紹介しています。そういう意味では、お客さんを増やすために日々知恵をしぼっている人に読んでもらえると、新たなヒントになること間違いありません。

また、本書の最後に「顧客創造力を鍛える『発想虎の巻』」という120個のアイデアリストを付けました。セミナーではこれをヒント集として、自社の4P戦略を考えてもらっていて、「レトロデザインに取り組んでみよう」とか「期間限定ショップを出してみよう」など新しい発想がどんどん生み出されています。ぜひ活用してほしいですね。

(了)

BOOK DATA書籍情報

プロフィール

高橋 健三

株式会社スマイルマーケティング代表取締役。大阪生まれ。大学卒業後、マーケティングエージェンシーから、企画会社の共同経営者を経て、2003年株式会社スマイルマーケティングを設立。“なにわのマーケティングコーチ”として、企業、大学、団体向けに数多くの講演や研修に登壇。商品開発や市場開拓のマーケティングプロジェクトも数多く推進中。大阪府「なにわマーケティング大学」講師。日本経済新聞「日経Wアカデミー」講師。グロービスオリジナルMBAプログラム修了

目次

  1. 第1章 「安売り」は最終手段と心得よ!
  2. 第2章 まだある!安売りを回避するプロダクト(商品)への工夫
  3. 第3章 まだある!安売りを回避するプレイス(販路)への工夫
  4. 第4章 まだある!安売りを回避するプロモーション(販促)への工夫
  5. 第5章 まだある!安売りを回避するオウンドメディア(自社ツール)への工夫
  6. 第6章 万策尽きて、安売りを実施せざるを得なくなった際に注意すべきこと
  7. 第7章 安売りを成功に導く戦略的値下げアイデア10選
  8. 第8章 安売りを回避するための発想力の鍛え方10選
  9. 第9章 なにわ製パンの成長戦略
  10. 特別付録 顧客創造力を鍛える「発想虎の巻」
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