BOOK REVIEWこの本の解説

会社では、役職が変わると見える景色が変わる、と言われています。

特に昇進した人や、新しく部下ができた、という人はこれまでとは勝手の違う毎日に悪戦苦闘している頃かもしれません。

部下からの信頼を得られなかったり、上司と性格が合わなかったり、会社をいい方向に変えたいのに周りの人が動いてくれなかったり……。人間関係で悩みがちな中間管理職ですが、これはどんな人でも通る道です。

管理職向けのビジネスアカデミー「西岡塾」を主宰する西岡郁夫さんは、インテルジャパンの元社長であり、米インテルのCEOをつとめたアンディ・グローブがその能力に惚れ込んだという人物。

その西岡さんの著書『一流マネジャーの仕事の哲学 突き抜ける結果を出すための53の具体策』(日経BP刊)は、西岡さんを含めどんなマネジャーも特別な才能を持った人ではなく、それぞれに悩みながら部下をまとめ、上司を説得し、周囲の人を巻き込むリーダーシップを身につけていったことに気づかせてくれます。



西岡さんはリーダーシップの源泉を「コミットメント」だとしています。この考えは、社会人生活をスタートさせたシャープで、当時業績不振にあえいでいたコンピュータ事業部長に抜擢された時のエピソードが礎となっているようです。

元々は研究職だった西岡さんは、ビジネス現場のトップへの異動ということで毎日夜遅くまで会社に残って仕事をしていたそう。そこに部下の一人が来てこんなことを言いました。

「事業部長、毎日遅くまで働いていただいていますが、我々は事業部長を担ぎません。私たちが担ぎたかったのは長年一緒にやってきたH副事業部長です」

つまり、この部下は新しい上司である西岡さんに面と向かって「NO」を突き付けたわけです。

気の弱い人であれば萎縮してしまいそうな痛烈なセリフです。西岡さんもまた、その直後の会議ではこの件には触れずに、用意した資料を説明しようとしたそうですが、実際に口から出たのはまったく違う言葉でした。

「おまえら、事業部長をナメてるだろう。業績が悪くて、すぐに研究所に逃げて帰ると思っているだろう。そうはいかん。研究所に逃げて帰らんでー。事業部長に付いていけないというやつは、たった今、部屋から出ろ!」

本人曰く、これは意図していなかった言葉でした。覇気のない部下たちを見て、思わず激してしまったといいます。

席を立つ部下は誰もいませんでした。そして、この日から事業部の面々に、西岡さんの指示が隅々まで伝わるようになったといいます。

ふとしたはずみでも、怒鳴ったことで「研究所に逃げて帰らない」「本気で取り組む」「最後までやり抜く」という西岡さんの本気度と意思が部下に伝わったことは間違いありません。それが「この人なら信頼して付いていけそうだ」という安心感につながったのだといえます。

「コミットメント」とは、仕事のミッションに対する自分の意思と熱意を周囲の人に伝えること。これがリーダーシップのための第一歩であり、マネジメントに欠かせないものなのです。



もちろん、マネジメントに必要なものは「コミットメント」だけはありません。

『一流マネジャーの仕事の哲学 突き抜ける結果を出すための53の具体策』では、西岡さんが自身の経験談を交えつつ中間管理職という立場で成果を出すための数々のポイントを明かしています。

西岡さんのマネジャーとしての体験談は、管理職であれば誰もが思い悩み、考えたことがあるテーマばかりのはず。それらにどう対処して、そこからどんなことを学び取ってきたのか。「先輩の経験談」として、親しみを持って、素直な気持ちで読める一冊です。

(新刊JP編集部)

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一流マネジャーの仕事の哲学

定価 :

1,500円+税

著者 :

西岡 郁夫

出版社:

日経BP社

ISBN :

482225514X

ISBN :

978-4822255145
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BOOK DATA書籍情報

プロフィール

西岡 郁夫

株式会社イノベーション研究所代表取締役社長。丸の内「西岡塾」塾長。1943年、大阪府生まれ。大阪大学工学部通信工学科卒業。同大学院工学研究科通信工学専攻修士課程修了。1969年、シャープ株式会社入社。CADセンター所長、技術本部コンピュータ・システム研究所長、情報システム本部コンピュータ事業部長、同副本部長を歴任。工学博士(大阪大学)。1992年、インテル株式会社に転身。1993年、同代表取締役社長、米国インテル本社営業担当副社長

目次

  1. 第1章 人を動かす四つの基礎力
  2. 第2章 説得力を高める
  3. 第3章 部下と上司をつなぐ
  4. 第4章 企画力を磨く
  5. 第5章 プレゼン力を鍛える
  6. 第6章 会議の生産性を上げる
  7. 第7章 本当に大切なことを見極める
  8. 第8章 胆力を練る
  9. 第9章 自分のブランディングをする
  10. 第10章 苦境に負けない
  11. 第11章 自分を変える勇気を持つ

INTERVIEWインタビュー

――『一流マネジャーの仕事の哲学』( 突き抜ける結果を出すための53の具体策)には、シャープやインテルでの経験を元に、主に中間管理職へのアドバイスが綴られています。今の時期でいうと、異動で新しい部下ができたり、昇進で初めて部下を持った時、まずはその部下たちからの信頼を得るところでつまずきがちですが、この点について助言をいただきたいです。

西岡:
新任上司は部下にどんどん教えて貰うことです。初めからリーダーシップを取ろうと部下を指導しようとしても、部下の方が仕事をよく知っているのですから無理です。会社も職場も助走期間が要るのは読み込み済みです。初めての職場では上司にも部下にもドンドン教えてもらってドンドン覚えて行くことです。その吸収の速さ習熟の速さでまず「流石!」と認めさせる。そして、貴方の知見、経験から新しい視点も加えて行ってリーダーシップを確立するようにしましょう。

―― また、自分のチームの士気をいかに高めるかという点も、自然にできる人もいればなかなかできない人もいます。部下たちの仕事への熱意が弱いと感じた時、西岡さんはどのようにチームを鼓舞してきましたか?

著者写真

西岡:
士気の低い部下をイキナリ鼓舞しようとしてもダメです。部下たちの士気が低いのは上司がリーダーシップを獲得していないから起きることで、そんな状態で鼓舞しても相手は余計に引いてしまいます。これは本当に怖いことですよ。

私はシャープに研究者として入って、比較的早い時期に部下を持ったのですが、自分も部下と一緒に研究活動に従事し、背中で引っ張っていました。歳も近く、みんなは楽しくついてきてくれました。

42歳で突然、事業部長に抜擢されて未経験の事業部門のしかも長になった時は状況が激変しました。550人の部下を持つことになったのですが、そこの人たちは副事業部長がそのまま昇進して事業部長になると思っていたんです。面白く思わない人もいたし、ほとんどの人は私を知りませんでしたから部下を鼓舞しようとしても白けるだけでした。

――確かにまだ鼓舞できる状態ではないですね。

西岡:
任された事業の業績回復のため一生懸命働きました。毎日職場を出るのは深夜でした。部下である管理部長が「事業部長、そんなに働かれても誰もあなたにはついていきません。我々がついていきたいのは、順序では本来事業部長になるはずだった副事業部長ですから。事業部長は研究所に帰ってください」とついに本音を言ってくれました。

翌日、V字回復のための来期の事業計画を係長以上の人に発表する会議がありました。諄々と説明する積りであった私の口から出たのは「おまえら事業部長をナメとるだろう!」という言葉でした。
「すぐに研究所に逃げ帰ると思っとるだろうけどそうはいかんで!この事業部長について来れない奴は今すぐ部屋から出ろ」でした。それ以後です。私の命令が事業部前提に浸透するようになったのは。私の事業部へのコミットメントとして理解してもらえたのでしょうね。信頼関係が生まれ、リーダーシップが確立したのです。1年以上かかりました。

――コミットメントについては、本の中で「リーダーシップの源泉」と書かれていましたね。

西岡:
コミットメントは、自分がこうするという決心を固めて、それを達成するまでやり抜くという実行宣言です。上司が自分の意思と熱意を部下に伝えることで、部下は安心してその上司についていくことができます。

――「働き方」という観点でも、中間管理職はカギになるポジションです。長時間労働が問題視される一方で仕事量は減らず、上司からは成果を求められるといった状況でどのようにマネジメントをしていくべきだとお考えですか?

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西岡:
我々は会社に対して仕事の成果を売っているのです。会社に拘束される時間数を売っているわけではありません。職務規定で1日の拘束時間が8時間と規定されている場合は原則8時間働かなければなりませんが、残業をすることは強要されないはずです。時代の流れで会社は残業を極力少なくしようとしています。これはチャンスです。全力で仕事をして十分な成果を出せば、誰が何と言おうと残業などしないで胸を張って帰れるはずです。時間内に生産性高く働いて成果を出して、「長時間労働をしていること=良く働いていること」という誤った考え方をみんなで払しょくして行こうではありませんか。

中間管理職になると残業という仕組みがなくなりますから余計に注意しなければなりませんね。成果を問われる矢面にいるわけですから職場の成果が上がっていないと自分はついつい帰りづらいことになります。上司がグズグズしていると日本人的感覚で部下も帰り難い。これでは元の木阿弥です。

――しかし、会社全体の文化として長時間労働が根付いていると、なかなか一人の上司が変えるのは難しい面もあります。

西岡:
そんなことはありません。自分の部署、自分のチーム単位で時間内に徹底して集中して仕事をして成果を上げればいいのです。成果を上げているのに長時間労働をしていないからと非難する会社はもう存在し得ません。
長時間労働が良くないということは誰もがわかっていることですから中間管理職が「うちのチームは働き方を変えて、成果を出して早く帰るようにしよう。成果はこうやって出そう」と音頭を取ってあげれば、邪魔をする人間などいないでしょう。

――本の中で特に印象に残ったのが、中間管理職の心得として挙げている「有言不実行」の箇所です。できそうにないことでも、やるべきことは提案すべきという意味ですが、これは大切なことですね。

西岡:
「有言不実行」を中間管理職の心得というのは少し違います。その企業にイノベーションが必要ないなら「有言実行」でもいいのです。私が言いたいのは「有言実行」ではイノベーションが起こせませんよということです。「やります」と言ってそれをすべて実行できるということは「とっても出来そうもないような難しいことを提言しているわけではない」ということです。現状の自分には難し過ぎることでも、現状の自分の部署には難し過ぎることでも、組織としてやるべきであること「やるべきだと提言する」ことが重要です。でないとイノベーションは起こせません。

「有言不実行」という言葉の順番からは、言ったことをやらない不誠実な人のようですが、そういう意味ではありません。
組織にいると、どうしても「今の自分にできること」をベースに物事を考えてしまいがちですが、それだとどうしても発想は限られてしまいます。会社には「有言実行」でコツコツやる人も必要ですが、事業を大きく発展させるには「有言不実行」の人が必要なのです。中間管理職の人は若者の「有言不実行」を邪魔しないようにしなければなりません。

――「一流マネジャーの仕事の哲学」の中では「自己変革」という言葉で、自分を変える勇気を持ち続けることの大切さを説いています。この「自己変革」で自分を良い方向に変えていくために、どんな取り組みをすればいいのでしょうか。

西岡:
自分のことを100%問題なしだと思っている人はいません。誰でも自分の弱い部分や欠点を自覚していますし、会社で活躍したり、人生を充実したものにするためには、その部分を変えていかないといけないということもわかっています。

ただ、自分をよりよく変革していくためにも、まずは自分がどういう人間かを知らないといけません。自覚している欠点が本当に欠点なのか、長所が本当に長所なのか、自分のことを正確に把握している人は案外少ないんです。

だから、西岡塾ではプログラムの一環として、会社の上司、同輩と部下7名、それとご家族に、その人に対する360度評価を文章にして書いてもらうということをやっています。
その評価をもとに私と塾生がワン・オン・ワンの面談をして、自分では気がつかなかったところを反省したり、今後変えていく方向と計画を作り、私と共有したり、塾生同士で共有してアドバイスし合います。そんなことを素直にやれる訳はないと思っている塾生もいるのですが、「信じられないけど、とっても充実した楽しい時間だった」と言ってくれます。

――最後になりますが、管理職の方々、マネジメントに関わる方々にメッセージをお願いします。

西岡:
今「働き方改革」が叫ばれていますが、気をつけなければいけないのは、「働き方改革」とは単に長時間労働をやめましょうということではなくて、「仕事の質を上げましょう」ということです。たとえば、スケジュール管理ツールを使って社員のスケジュールを共有し、部下から自由に部長、課長、場合によっては幹部まで会議を招集することが出来ます。上司たちは空いた時間に入った出席要請は断れない。結果として上司たちが部下から要請された会議から会議を渡り歩いている。それで一日は終わってしまい、自分の仕事は定時後にこなすなんてことが常態化していると言います。これで上司たちは仕事をしていると言えるのでしょうか。会議とは常に戦略的な議論がされ、行動計画がアップデートされていく場であるべきです。FTF(face to face)の会議が必要か、メールで事足りるのか。会議のアジェンダだこれでいいのか、出席者はこれでいいか?すべて上司が考えるべきことです。ITの便利さに流されてしまってはいけません。

それともう一つ、社外のネットワークを大切にしてくださいということです。社内の人とのネットワークは勝手にできていきますが、社外の人との交流は自分から努力しないとできません。

業界や職種が違う人と交流することで人は育ちます。いつも社内の人とばかり一緒にいて、社内で人間関係が完結するような組織だと、個人も組織も劣化してしまいますよ、ということは声を大にして伝えたいですね。

(新刊JP編集部)

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