日本型デジタル戦略
著者:柴山 治
出版:クロスメディア・パブリッシング
価格:1,958円(税込)
著者:柴山 治
出版:クロスメディア・パブリッシング
価格:1,958円(税込)
2010年代前半以降、デジタル技術が経済に大きな影響を与えるようになり、データアナリティクス、AI、IoTといった新たなテクノロジーが企業活動の推進にもはや欠かせない。IT企業やテクノロジー企業だけでなく、農業や工業、サービス業まで「すべての企業はソフトウェア企業である」というのが、世界では共通認識になりつつある。
日本でもDXの推進が叫ばれているが、コロナ禍で一気にDXが進んだ欧米諸国と比べると遅れをとっていると言わざるを得ない。その原因はまだ日本の経営者がDXの意義、そしてその威力をまだ十分に理解していないからかもしれない。
「DXってよく聞くけどうちは会社の根幹となる既存事業が優先」
「既存事業で利益を確保しないことにはDXへの投資はできない」
経営者自身がこのように考えているのなら、それはまだDXを理解できていないのかもしれない。
『日本型デジタル戦略 - 暗黙の枠組みを破壊して未来を創造する』(柴山治著、クロスメディア・パブリッシング刊)は日本企業のデジタル活用の現状を指摘しつつ、経営者向けにデジタル戦略の描き方を解説する。
そもそも、現在の日本において、明確なデジタル戦略を持っている企業はごく一握りにすぎない。デジタル技術が自社のビジネスにどんな変革をもたらしうるか、デジタル技術を自社のリソースと組み合わせたら何ができるのかについて想像が及んでいない企業が大半かもしれない。また、「AIを活用した新規事業をやりたい」といったことは考えても、デジタル技術が既存事業に変革をもたらす可能性については考えていない経営者も多い。
もちろん、デジタル技術を活かした新規事業をやるのはいい。しかし、DXは既存事業も対象にしたものであるという視点を忘れてはいけないと本書では説いている。これまで、デジタル技術とは縁がなかった企業であっても、事業を継続する過程でさまざまなデータが蓄積されているはずだ。これらのデータに新たな価値を与える手段がDXなのである。
特に「ものづくり大国」である日本は古くから、製品そのものから顧客のデータを取る仕組みを構築してきた。これはDXにおいて大きな強みになると本書では指摘している。
日本企業の内側には、すでに膨大なデータが蓄積されている。これらの活かし方次第では、既存事業や現在の企業文化が生まれ変わる。DXはこうした可能性を秘めており、日本企業はDXとの相性がいいのだ。
自社にはこれまでの事業を通じてどんなデータが蓄積されているのかを考えることは、「自社にとってのDXは何か?」を考えることと同義である。そして、それが自社のデジタル戦略を考える第一歩となる。本書では、DXを単なる事業の効率化に終わらせず、事業を飛躍させる切り札にするための考え方と目の付け所が解説されている。経営者むけに書かれてはいるが、あらゆるビジネスパーソンにとって「今まさに読むべき一冊」である。
■IT化とは違うDXの本質とは
柴山: そもそも、日本では「DXとは何か」という定義がみなさんそれぞれ違っているのがまず大きな問題だと考えています。
柴山: よくDXの一環だと考えられている要素を、建物に当てはめて説明するのがわかりやすいと思います。
まず、一階が「事業運営に最低限必要なシステム基盤の整備」で、これはビジネスを始めるとなった時に、ドメインを取得し、会社のメールアドレスを準備したりコーポレートサイトを作ったり、クラウドのワークスペースを確保したりといったことです。
それができて二階の「コア業務の業務改革および業務の効率化」に移ります。つまり生業となる業務のシステム化ですね。
ここまでできたら、今度は「集客の仕組み化」です。MAツールなどを使って集客の仕組自体をシステム化する。これが三階。これができたらもう会社の業務全体がシステム化されている、つまり必要なデータをすべて取れる状況になっています。
次は四階の「経営の見える化と事業の高度化」で、BIツールなどを駆使してそれらのデータを経営に活用する段階です。ここまでのプロセスは他の本では「DXのステップ」として書かれていることが多いのですが、私はこれは単なるIT化であってDXではないと考えています。
本当のDXはこの先の五階で「イノベーションとサービスの多角化」なんです。経済産業省が出している「デジタルガバナンスコード」にDXの定義が記されているのですが、要は「デジタル起点の新規事業の構築」です。それを考えると「イノベーションとサービスの多角化」こそがDXだと言えます。
柴山: 柴山:そうですね。「サービスの多角化」については「外部連携」とも言い換えられます。AIの活用で他社とアライアンスを組むのもそうですし、ジョイントベンチャーのような形もあり得ます。
そして「イノベーション」は難しく考えられがちですが、会社の中に蓄積されたデータを用いて新しい商品やサービスを生み出すことができれば、それはイノベーションです。誤解されやすいのですが、これは新規事業じゃなくてもいい。既存事業でもできることだと思います
今お話したようなことがDXですし、世界を見渡してみると実態としてそうなっています。
柴山: イノベーションについては、「トライアンドエラーの数」と「スピード」が欧米と比べると日本は圧倒的に劣っています。たとえば、アメリカの年間の創業数は560万社ほどですが、日本は14万社ほどです。アメリカの人口は日本の3倍ほどですから、3で割ったとしてもアメリカは187万社ですから、単純計算すると日本の13倍です。これだけ数が違うと、トライアンドエラーの数にやはり差が出てしまいます。
なぜこんなに創業数が少ないのかというとさまざまな理由があると思いますが、一つ言えるのは政府や自治体などのサポート体制がまだ整っていない点です。最近徐々に整ってはきているのですが、まだ十分ではない。
教育もサポートの一つと考えると、学生に対する起業家教育のようなものが行われていないのも起業を志す方が少ない理由の一つでしょうね。
「サービスの多角化=外部連携」については、日本の企業もトヨタ自動車のように積極的に取り組んでいるところもあるのですが、肝心のデジタル先進企業でこうした取り組みが積極的に行われていません。マイクロソフトがOpenAIと手を組むといったことが積極的に行われている欧米とは取り組む姿勢に違いがあると感じています。
そして、「あらゆる企業はソフトウェア企業である」といわれる現代では、デジタル先進企業が日本経済を牽引するトップ企業にならなければ、DX劣勢を挽回する未来はやってこないのではないかと思います。
柴山: 一概には言えませんが、単純にデジタル技術に明るい経営者が少ないというのが一つと、あとはデジタル技術者を内部に抱えていないことが関係していると思います。
これもアメリカの例ですが、アメリカでは企業の約7割はデジタル技術者を内部に抱えていて、デジタルにまつわることを内製化できています。日本の場合はSIerやコンサルティングファームに外注することが多く、そのぶん改革のスピードが遅れ、コストもかかり、社内にデジタルに関する知見が貯まりません。これが構造的な問題としてあります。
柴山: DXの成功事例として必ずといっていいほど挙げられるのは建設機械のコマツの事例です。自社の建機にGPSや通信モジュールを標準搭載したのですが、これは当初盗難防止の目的だったそうです。
ただ、結果としてこれらによって建機の稼働状況がわかるようになり、それを分析して部品に不調が起きていないかを予測できるようになった。そして建機の稼働率を上げることにつながりました。さらに稼働状況から建機の需要を把握することができるようになり、生産計画が立てやすくなったり、たとえば建機のリース先の企業での稼働率が悪くなると、リース代の支払いが滞ることも予想できるようになったりもしました。盗難防止のためにデジタル技術を採り入れた結果、予期せぬイノベーションが生まれたわけです。
ただ、DXによるこうしたイノベーションは一回のチャレンジでできることではなくて、何百回何千回の試行錯誤の結果生まれたことです。だから、経営者自身がチャレンジング精神を失うことなく社員を鼓舞し続け、チャレンジと失敗を奨励する企業文化を醸成していくことがDXの成功に必要なのだと思います。
■「あらゆる企業はソフトウェア企業である」
柴山: 繰り返しになりますが、とにかくトライアンドエラーを繰り返すことでしょうね。そのためには、特に大企業では経営者が4、5年で退かなければいけないので、もっと長い目でチャレンジできる環境を整えることが必要です。
その意味では「ワンマン」がやりやすい中小企業の方がDXは成功しやすい。チャレンジ精神を失っていない経営者が背中を見せることで組織に「失敗してもいいからチャレンジを」という文化が醸成されやすいんです。
柴山: まちがいなくそうだと思います。あらゆる企業が恩恵を受けるでしょうし、逆にいえば、広義の「ソフトウェア企業」に変貌していない会社は淘汰される可能性が高い。
たとえば、企業が決済機能を電子化していない場合、世の中の人がみんな電子決済を使うようになってしまったら、必然的にその企業は決済をデジタル化するしかないじゃないですか。これだけモノとコトのデジタル化が急速に進んでいる状況で、ソフトウェア企業への変貌は避けて通れないと思いますし、ソフトウェア企業に変貌することであらゆる企業が恩恵を受けると思います。
柴山: 最初にお話ししたように、DXまでの道のりを五階建の建物にたとえると、
一階が「事業運営に最低限必要なシステム基盤の整備」
二階が「コア業務の業務改革および業務の効率化」
三階が「集客を仕組み化」
四階が「経営の見える化と事業の高度化」
となって、最後の五階「イノベーションとサービスの多角化」こそがDXなのですが、一階から四階まではコモディティ化していて、ここで他社と差別化はできません。
差別化できるのは五階「イノベーションとサービスの多角化」によってのみで、たとえば外部連携でどことタッグを組むか、どこと共同研究をするかでそれぞれの会社の独自性が出るわけです。そして、その「どこと組むか」というのは経営者の感性そのものです。答えは会社ごとに違いますし、会社それぞれが自分で見つけるしかない。その意味でデジタル戦略は感性が大事だと書きました。
うちの会社のミッションは「世界を見て、世界を知り、世界を拡げる手助けをする。」なのですが、クライアント企業が自社なりのデジタル戦略を描けるような支援をしています。
デジタル戦略の感性はトライアンドエラーを繰り返すこと、チャレンジを続けることでも磨かれるでしょうし、自然を楽しむこと、日本古来の伝統文化や芸能、芸術など美しいものに触れることでも磨かれると思います。哲学や科学などが何から生まれたかというと、元をたどれば潮の満ち引きや惑星の動きなど自然の摂理なのですから。
柴山: 今回の本は、日本企業ならではの独自性と競争優位性を築くために必要な知識や思考を経営者の方々が得ることを目的に書きました。私自身の国内外での経験や独自に見極めた方法論を、日本企業の課題を解決するために提供する「試みの書」だと思っています。
DXはイノベーションそのものです。だからこそ従来の方法や世界の見方をアップデートする必要があります。たとえば経営者もそうでない人も含めて、今の日本人は欧米中心主義から生まれた手法や思想の中で育ってきた人がほとんどですよね。でも、日本企業が世界の中で独自性を獲得するには、その暗黙の枠組みを飛び出さなければいけません。その先に日本人だからこそ実現できる経営があると私は考えています。
そしてデジタルの概念は、これまでの日本企業とは違った独自性、競争優位性を築いて世界に進出するために不可欠です。「日本と世界のハブになる」というのがうちの会社のビジョンなのですが、そういう企業がたくさん生まれる未来を創ることでこのビジョンを実現したい。この本が日本中の経営者の方々と共に、未来の日本を作るために何をすべきなのかを考え、高め合っていくための「思考の書」になればいいなと願っています。
(了)
柴山 治
株式会社YOHACK Founder & CEO
デジタル戦略プランナー 危機管理プロフェッショナル
米国ワシントン大学フォスタービジネススクール経営学修士課程修了(Global Executive MBA)。SIerでの経験を経て、ベイカレント・コンサルティングでスマートフォン日本市場導入、スマートシティ構想等の多数のプロジェクトを統括支援。メットライフ生命保険で新規部門を立ち上げ、BCP/BCM成熟度調査で2年連続トップティア部門へと昇華。のちに渡米し、米国シアトルで産官学のネットワーキンググループを主宰。さまざまな国籍や職業の方々と触れ合う中で、「日本の衰退」に強い危機感を覚え、「日本を元気にする」仕事に携わるべく帰国。経営理念への共感からリヴァンプに参画し、執行役員として複数のクライアント先でCIO等を歴任。「人と企業に“余白”が生まれるとき、日本はまた強くなる」と確信し、株式会社YOHACKを創業。デジタルを軸に、あらゆる企業のパートナーとして伴走支援している。
著者:柴山 治
出版:クロスメディア・パブリッシング
価格:1,958円(税込)