経営者のゴール:
M&Aで会社を売却すること、その後の人生のこと
著者:芳子 ビューエル
出版:あさ出版
価格:1,760円(税込)
著者:芳子 ビューエル
出版:あさ出版
価格:1,760円(税込)
自分の「経営者」としての幕引きをどう考えるか――。
この日本の企業における中小企業の数は421万社で全体の99.7%をしめる。そして、その中小企業の実に約半数に後継者がいないという現実がある。
中小企業庁が2023年に公表したデータでは、2025年までに平均的な引退年齢とされる70歳を超える中小企業経営者は245万人にのぼり、そのうちの127万人が後継者未定であると試算されている。さらに、帝国データバンクの「全国「後継者不在率」動向調査(2023年)」によれば、中小企業の後継者不在率は53.9%にのぼる。
近年、後継者不在率は改善されてきているものの、それでも今なお約半数の企業で後継者不在という状況だ。
後継者不在の中で実際に自分が経営者として幕引きするとなったとき、その会社はどうすればいいのか。その時に浮かび上がってくる選択肢の一つが「M&A(Mergers and Acquisitions)」だ。
「M&A」は経営者にその後の人生のさまざまな選択肢を与えてくれる。
大切に育ててきた会社を承継してもらい、従業員の雇用の確保ができ、新たな人生をスタートさせる。創業者利益を確保してハッピーリタイアというケースもあるだろう。
では、実際にM&Aで譲渡・売却をするときに、経営者は何に悩み、何を考えるのか。それを教えてくれるのが、丸善お茶の水店のビジネス書で1位(2024/8/19-25)になった『経営者のゴール: M&Aで会社を売却すること、その後の人生のこと』(あさ出版刊)だ。
著者の芳子ビューエル氏自身も自社のM&Aを経験している。
夫と二人で輸入業を営む「株式会社アペックス」を立ち上げ、ビューエル氏は社長として紆余曲折ありながらビジネスを軌道に乗せた。北欧に詳しく、いち早く「ヒュッゲ」や「フィーカ」などの北欧のライフスタイルを日本に紹介した一人でもある。
そんなビューエル氏が、自社のM&Aに踏み切ったきっかけが夫の病気だった。会社の業務を夫と二人で分担していたが、仕事にプラスして夫の介護が加わるとなると、これまでのように仕事をするのは難しい。子どもたちはまだ若く、あれこれ背負わせるのは酷だ。
「資本提携」「株式上場」「事業承継」という3つの選択肢を考え、その中から最善策として選んだのが「事業承継」だった。
では、実際にM&Aを検討するとなったときに、彼女に何が起きていたのか。
ビューエル氏は日本M&Aセンターとの提携仲介契約を結び、アドバイザーに相談をしながら進めていった。しかし、そんな中でも
「本当にM&Aで会社を譲渡すべきなのか」
「これが正しい選択なのか」
「果たして社員たちはどう思うだろう」
などと心は揺れ動いていたという。そうした迷いを、子どもたちからの「M&Aという選択がベストだとお母さんが思うなら、私たちはそれでいい」という言葉に背中を押されて振り切り、自分の考える条件に合う買い手企業がいたらM&Aをしようと決断する。
本書には実際にどのように買い手企業を見つけるのかが解説されているが、ビューエル氏はそれを「お見合い」と表現している。100社ものお相手候補企業から10社に絞って、面談をする。では、最後の決め手は何だったのか。
ビューエル氏の答えは「縁とタイミング」だという。そのときも自分の希望に適う企業があらわれ、決めたのだった。
◇
本書はこれから会社や事業の売却を考えている経営者の目線で書かれている。どのような心理状態になるのか、どういう知識が必要になるのか、何を手掛かりに決断すればいいのか、M&Aのメリットとは何かを分かりやすく説明してくれる。
自分自身の人生、家族のこと、会社で働く人たち、取引先などのステークホルダー、会社に関わる人たち。決断の影響範囲は広い。だからこそ悩むもの。そして、M&Aは経営者にとっての一つのゴールであり、新たなスタートだ。悔いのない選択をするための考え方を本書から学んでほしい。
■「会社は経営者にとってのアイデンティティ」それを手放すという不安
ビューエル:これは最初から最後まで抱えていたのですが、一番は「本当にこれでいいのか」という葛藤ですね。M&Aを考えたり、進めている経営者の方であれば、どんな人でもこの迷いは拭えないのではないかと思います。
社員がどう思うのだろうとか、ステークホルダーはどう思うかとか、本当にこの選択で正しかったのだろうかといった、見えない部分に対して不安がありました。
ビューエル:M&Aは他人に話してはいけない内容も多くて、気軽に相談することができないんです。だから、他の方々はこの不安をどうしているんだろうと思っていましたね。
ビューエル:個人的な感覚としては、ここ最近M&AについてのDMが多くなったと思いますね。また、後継者不足からM&Aという選択肢があるということを、聞く機会が多くなったようにも感じます。
ただ、知ったからといって、すぐに会社を売却しようという話にはあまりならないと思っていて、やはり会社って経営者にとってのアイデンティティなんですよね。それを手放すということはやはり不安だと思います。
ビューエル:特別な存在ですよね。24時間いつも会社のことを考えているのが経営者です。資金繰りとか、人事の問題とか。それが今後考えなくてもいいんだよ、心配しなくてもいいんだよとなったときに、自分はどうやって生きていけばいいの?と急に不安になる人もいると思うんです。
特に後継者不在の会社の場合、高齢な経営者も多いでしょう。ずっと会社経営に身を捧げてきた人にとっては、会社がない生活は考えられないと思います。もちろん、「今まで一生懸命やってきたんだ。これからは毎日ゴルフをして楽しむぞ!」という人もいるかもしれませんが。ただ、どちらにとっても会社は特別な存在なんです。
ビューエル:メリットでいうと、私は雇用の維持が第一だと思います。会社には従業員がいて、従業員の家族がいる。自分をサポートしてきてくれた従業員の生活を守れるという点は本当にありがたいです。廃業を選ぶとみんな仕事を失くす可能性がありますから。
ビューエル:もちろんです。自分が会社を売却するという決断をしても、従業員たちはそれを裏切りだと思うんじゃないかと不安にもなります。私自身、それが最初に頭に浮かびましたね。
また、自分の場合、思っていた以上に会社の売却価格が多かったんです。ある程度の見通しは立てていたけれど、最終的な提示額を見るまではいくらになるか分かりません。その中で思っていた金額よりも多かったことは、その後の人生を考える上での安心材料になりましたし、区切りをつけるという意味でも良かったですね。
それに、M&Aによって銀行の個人保証・担保から解放されるということはインパクトがありましたね。中小企業の場合、個人保証をしている経営者も多いと思うのですが、これは大きな負担ですし、プレッシャーにもなります。
普段はそれを忘れることもあるのですが、M&Aをして保証・担保から解放されて、胃の緊張がふっと緩くなったように感じました。
ビューエル:これは何度も繰り返しになりますが、会社への愛着は人一倍なわけですから、社長じゃなくなるということへの寂しさは大きいと思います。
■M&Aは単なる身売りではない
ビューエル:私のところに相談にいらっしゃる方にも、子どもが会社を継いでくれると思い込んでいる人は少なからずいます。ただ、「お子さんの意向は聞いていますか?」と聞くと、「聞いていない」と。それで実際に子どもに聞いてみると、「苦労している親の姿を見て、自分は事業を継承したくない」「自分のキャリアを進みたい」と言われるんです。まずは子どもとコミュニケーションを取りましょうとアドバイスをします。
ビューエル:もし、すごく有能な従業員がいれば、その人に継いでもらう選択肢はあると思います。ただ、そこで問題になるのがお金ですね。会社の株式を取得するための資金力がなかったり、銀行への個人保証や担保の引き継ぎができない場合があります。クリアすべき課題は多いのが実際です。
ビューエル:そうなんです。本書を通して、M&Aを単なる「身売り」として捉えてほしくないという思いがあります。例えば株を増資する形でファンドに入ってもらって自社の業績を上げて最終的にまた自社を買い戻すこともできますから可能性が広がる一つの手段だと思っています。
■M&Aは「お見合い」お相手選びの条件は?
ビューエル:あの時は、もともと経営していたアペックスという会社がすごく伸びていたんです。その最中で共同経営者である夫にガンが見つかって、突然将来の見通しが立たなくなってしまいました。これまで会社経営に注いでいた全てのエネルギーを、看病や介護に割かないといけなくなり、このままやっていけるか不安でした。
そこで出てきたのがM&Aという選択でした。仕事は継続したいと思っていたし、まだ業績を伸ばせる自信はあったけれど、責任の部分を少し減らしたいと考えたんです。
当時は自分がやっていた仕事のボリュームがすごく大きくて、輸入・販売業なので、在庫も抱えるし、自分で営業しにも出かける。テレビショッピングにも出ていたので、販売まで自分がやっていました。そうしたストレス過多の中で、今度は夫が病気と言われ、「これはちょっと難しいな」となりました。
ビューエル:日本M&Aセンターさんの特徴は、売り手側と買い手側にそれぞれ違う担当の方がつくところです。今回の書籍で対談させていただいた長坂さんは当時の私たちの担当で、いろいろなことを相談させていただきました。
M&Aは情報管理が本当に厳しくて、信頼している従業員にも言えませんでした。伝えたのは、すべてが終わって明日発表しますというタイミングです。
ビューエル:まず、前日の夜に幹部だけを集めて、実は明日こういう発表がありますと伝えました。反応としては「何が大きく変わるんですか?」「自分たちはどうなるんですか?」という質問がありましたね。
だから、幹部には「私は代表ではなくなるけれど会社に残るし、何も変わらないよ」と言いました。また、「一緒になる会社は上場企業だから待遇も良くなるし、プラスになることは多いはずだよ」とも。
ビューエル:そうですね。親和性がありそうだったり、業界でも名前を聞いたことがある会社をメインに選びました。それに、取引がないという点も気をつけました。
ビューエル:まず気にしたのが相手の会社の規模でした。長坂さんからはあまりにも大きな会社と一緒になると、約束を反故されるケースがあるというアドバイスをいただいていて、「ある程度影響力があるくらいの規模」で探してみてはと言われていました。その「ある程度」とは「自社の10倍くらいがMAX」とのことでした。
ビューエル:最終的にはだいたい4倍くらい大きい規模の会社に売却をしました。規模の大きな買い手候補の会社のエピソードとしては、本の中にも書かせていただきましたが、その会社は売上が400~500億円規模で、面談をした東京支社の支社長もとても好感の持てる方でした。「この会社なら」と思ったのですが、帰り際にその支社長さんに「ビューエルさん、やめたほうがいいよ。この会社とは一緒にならないほうがいい」と言われたんです。
ビューエル:はい、まさかの言葉でした。「ビューエルさんの会社を見ていると、すごくアイデンティティがあって、みんなが楽しく仕事をしている。ここでは、あなたの会社の良さは活きないよ」と。
ビューエル:そうなんです。もちろん一緒になってからもカルチャーの違いを合わせていくのは大変なことですが、そこが上手くいかないと一緒にやっていくのは難しいですよね。
ビューエル:私自身はとてもいい人生だと思っています(笑)。あとは、本書の中で私と話している経営者のAさんですね。この方は今、世界中を旅されていて、人生を謳歌しているように感じます。また、大学に戻ってもう一度学び直す方もいらっしゃいます。
ビューエル:私がこの本を執筆するにあたって、日本の中小企業に元気になってもらいたいという目的がありました。今の日本における中小企業の数は全体の99.7%にものぼります。その中で、経営者が高齢を迎えつつある中小企業の実に50%以上が後継者未定という状態なんです。それは、なんとかしてでも中小企業に元気でいられる方法を考えてほしいと思いました。
こういう言い方をするのは不謹慎なのかもしれませんが、ゲームを始めたら必ずゴールがありますよね?経営に関しては、皆はじめること(起業)に注力はするものの、上がり方をあまり考えていなかったり、上がることを先延ばしにする傾向があります。早く準備をしておけば、次の人生の可能性も広がるはずですよね。そこに気づいてもらいたかったんです。
本書には経営者視点から見たM&Aのリアルが書かれています。それはきっと可能性を広げるものだと思います。ぜひ、そういった部分をこの本から見出してほしいですね。
芳子 ビューエル
株式会社アルトスター代表取締役、株式会社アイデン代表取締役 ウエルビーングアドバイザー、北欧流ワークライフデザイナー
群馬県高崎市出身。ブリティッシュコロンビア州公立ダグラスカレッジ卒業後、Benndorf-Verster LTD. に第1号女性営業マンとして採用され、入社後6カ月でトップ営業となる。大学在学中に結婚したカナダ人男性、長女と共に帰国。 1989年に株式会社アペックス、2006年に株式会社アルト(2020年アルトスターに名称変更)を設立。3人の子供を育てながら会社経営を行う。 2012年に株式会社アペックスをM&Aで譲渡するも、その後8年間取締役社長を務め、年商約44億円の企業に成長させる。
現在は株式会社アルトスターと株式会社アイデンの代表取締役社長を務める傍ら、北欧雑貨を扱う店舗「リッカ(Lycka)」の経営と、心と体の健康をサポートするサロン「マインドサプリ」を運営し、M&A後の新たな人生を謳歌している。 また、地方企業経営者のM&Aの経験についての講演、コンサルティングの依頼が絶えず、さまざまな形で情報を発信している。
著者:芳子 ビューエル
出版:あさ出版
価格:1,760円(税込)