「許し」こそが世界を変える
なんでもたべるかいじゅう

なんでもたべるかいじゅう

著者:北 まくら
出版:幻冬舎
価格:1,320円(税込)

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本書の解説

生きていると、人に怒りや憎しみを持たざるをえない出来事に出くわす。おそらくほとんどの人は、その怒りや憎しみは時とともに忘れてしまったり、薄れていくものだろう。しかし、そうでないものもある。

「何があっても絶対に許せないほどの怒り」はその人が人生を発展させるのをさまたげる。その気持ちがどんなに強くても、自分の人生のことを考えるならどこかで折り合いをつけるべきなのだ。

このような怒りの感情を他人に対して抱いた時、人はその感情とどう向き合っていくべきか。あるいはそのような深い怒りを他人に抱かせることをしてしまった時、私たちはその事実とどう向き合えばいいのか。

「怒り」と「許し」、そして再生を描いた物語

『なんでもたべるかいじゅう』(北まくら著、幻冬舎刊)は「怒り」と「許し」をテーマに据えた寓話である。宇宙の片隅にある惑星「ペントン」では、いろいろな生き物が集まり、平和に暮らしていた。その一人がかいじゅうの「ブギー」。体が大きく、おおらかで優しい心を持っているブギーはみんなに慕われていた。

中でもエイミーという友達は、ブギーによくなつき、いつも一緒に遊んでいたのだが、これをおもしろく思わなかったのがブギーの弟のムンゴだった。いじめっ子として嫌われていたムンゴは、ブギーがみんなに好かれていることが不愉快だった。つまりは兄に嫉妬していたのだ。

ムンゴはある時、兄弟で分け合ってたべるようにとエイミーが届けた木の実を独り占めし、それを注意したエイミーを追いかけまわし、崖から転落させてしまう。そのことを知ったブギーは怒り狂い、ムンゴとの激しい兄弟げんかの末にムンゴを食べてしまった。その夜、ブギーはエイミーの形見のカゴを抱いて泣いた。

しかし、そのカゴを持っていたことでブギーはエイミーを殺したのではないかと疑われ、村人たちから攻撃を受ける。次々に物が投げつけられるなか、ブギーを救おうと飛び出した一匹の生き物がいた。「ブギー、死なないで」と寄り添うのは、ほかならぬエイミーだった。エイミーは崖から転落し、傷だらけになりながらも生きていたのである。

一見落着、と思いきや、ブギーのそばにやってきたエイミーに気づかない村人もいた。彼はブギーに石を投げつけ、それはあろうことかエイミーに当たり、エイミーは絶命してしまう。

かいじゅうブギーは、
村を壊しました。
村の生きものたちを食べました。(中略)
自由を食べました。
絆を食べました。
平和を食べました。
命を食べました。
愛を食べました。(『なんでもたべるかいじゅう』より)

濡れ衣を着せられ、挙句の果てに大事な友達を殺された悲しみと怒りがブギーを怪物に変えた。あらゆるものを破壊し尽くすブギー。ブギーが自分のやったことに気づいた時、ペントンはすでに生物のいない砂漠の星となっていた。

エイミーを殺した者たちを許せず、そして自分のことも許せないまま生命のいない荒野をさすらうブギーは、いつしか小さな川にたどりつく。そこには一輪の花が咲いていた。

ブギーはこの花との交流を通して「他人を許すこと」そして「自分を許すこと」について考えていく。怒りや不寛容がうずまく世界を穏やかにできるのは許すことだけだ。

自分の裡に生まれたどす黒い感情とどう向き合い、整理して受け入れるか。
罪を犯した人をどのように許すか。
罪を犯した人は一生罪悪感を背負わないといけないのか。

個人にも社会にも深い問いを提示する物語である。

(新刊JP編集部)

インタビュー

■怒りの感情は自分自身を灰にする

『なんでもたべるかいじゅう』についてお話をうかがえればと思います。あとがきにもありましたが「許すこと」という明確なテーマのある物語です。このテーマで物語を作ろうと考えた理由について教えていただければと思います。

北: アイデアの段階では主人公であるブギーを物語の中でどこまで追い詰めるかということしか考えていませんでした。それぞれのキャラクターの設定が決まって、彼らを自由に動かし始めると、気づいたらブギーは激しい怒りに駆られて住んでいた惑星を丸ごと破壊していた。

このままでは物語の終わりが見えないので、そこで急遽ブギーが感じていた「怒り」を掘り下げることにしました。そうすると、怒りというものは自分自身を灰にしてしまうものだということ、そして「許し」が心の救いになることに気づいて、「いかに許すか」というテーマにたどり着きました。

最初は「許し」というテーマではなかったんですね。

北: そうですね。最終的には自分自身の中にあった「怒り」を許そうとしてこの物語を紡いでいた気がします。

それはどんな怒りだったんですか?

北: 仕事での人間関係に苦労していて、許せないことがあったりしたので、そういった怒りです。そうした怒りが物語を進める原動力になったのは確かですが、今のお話にあったように、次第に「許し」というテーマに行きつきました。

それによって北さんが抱えていた許せないことも許せたのでしょうか。

北: そう思っています。

「許し」は古くから多くの文学作品のテーマになってきました。このテーマを扱った作品で好きなものがありましたら教えていただきたいです。

北: 文学作品ではないかもしれませんが、栃木県に伝わる民話に「河童の雨乞い」という話があります。身の上の寂しさから村に住む人や動物たちに悪さばかりしていた河童の話なんですけど、自分に良くしてくれた和尚さんに報いたいという思いから、日照り続きで困る村人たちのために命がけの雨乞いをします。何日も雨乞いをしているうちに頭の皿の水は干上がって、皮膚もカラカラになっていく、死を賭しての雨乞いなのですが、ついに雨が降った時にはもう命が尽きていた。

河童が天に向かって一心に雨を祈って、悪さばかりしていた自分への許しを得ようとする姿に心を打たれまして、読んだ時は涙が止まりませんでした。

■人は誰しもが苦しむために生きるべきではない

「許すこと」あるいは「許せないこと」について北まくらさんが社会に対して持っている問題意識がありましたら教えていただきたいです。

北: 昨今の社会では、「不信」や「憎しみ」「悲しみ」などから生まれた怒りが、また誰かの怒りを呼ぶという負の連鎖を起こしているように見えます。負の感情が複雑に絡み合って、許せない気持ちが渦巻いている。

「許す」という行為はそういった暗雲を取り払ってくれると思っています。人が人を責め合う社会は破滅へと向かうだけですが、お互いに認め合えば調和のとれた発展的な道を歩むことができる。簡単なことではありませんが、私たちは後者の道を選べる可能性があると思っていますし、許すことはこれから厳しい時代を生き抜くために私たちそれぞれが前進するためのきっかけになってくれると思います。

作中のかわいらしい挿絵が印象的でした。ブギーやムンゴ、エイミーなどのデザインも北まくらさんが作られたのでしょうか。

北: はい。私が鉛筆と消しゴムで下絵を描いて、妻にそれをデータ化してもらって製作しました。読者の想像力に寄り添うような絵にしたいと思って描きました。

キャラクターの見た目のイメージは最初から頭の中にあったんですか?

北: ストーリーをまず書いて、その後で自分の頭の中に思い浮かんだ絵をノートに描いていったのですが、そもそもこの作品は文章ではなくて映像作品にするつもりだったんです。だからキャラクターの造形はかなり作りこみました。

アニメっぽくするつもりだったんですか?

北: 「コマ撮りアニメ」を作ろうとしたんですけど、計算したら製作に5、6年かかりそうで、コストも読めないので、この製作をライフスタイルにしない限り映像化は難しいと思って童話の形に切り替えたんです。

怒りにとらわれることで自分の人生がダメージを受けてしまうことは確かなのですが、周囲が当人に対して「許すこと」を押し付けることの傲慢さも近年議論されるようになっています。北まくらさんのお考えとして、「許せないことがあっても許すように努めるべきだ」というのがあるのでしょうか。

北: 大前提として人には自由意志があるので、それを尊重せずに選択を迫ったり意見を押し付けたりするのは暴力と変わりません。誰であっても誰かの自由を奪ってはいけません。

その人の感情はその人にしかわからないことです。家族を殺された人の気持ちは他人には到底想像できるものではありません。だから他人に「許そう」なんて簡単には言えないはずです。

それに、たとえ自分のことであっても無理に許そうとするとかえって心に負担がかかってしまいます。だから無理に許そうとする必要はないですし、許せない自分を責める必要もない。怒りは自然な感情ですから、まずはその怒りや許せない気持ちの根源と向き合って、自分なりのペースで許していけばいいのではないでしょうか。

花との交流を通してブギーは周りの人と自分自身を許せるようになっていきますが、自分を許せるようになった時にはもう死が間近に迫っています。罪を犯した人は死ぬまでその罪について考えるべきなのでしょうか。

北: 難しい質問ですね。人は誰しもが苦しむために生きるべきではないと考えています。罪そのものや罪を犯した人を擁護することはしませんが、どんなことでもいつかは気持ちの折り合いをつける日がやってくるとは思います。

程度や内容によって、罪の持つ意味は変わってきます。また、罪を罪とも思わない人もいれば、罪であるとわかっていながらやってしまう人もいる。その意味で罪悪感を抱いて死ぬかそうでないかは、個人の心の選択によるのだと思います。

どんなに罪深い人でも心の自由だけは奪うことができません。罪人は残りの人生を苦しんで生きるべきだという考えを耳にすることもありますが、これも生き方の押し付けです。

最後にどうしても許せないことがある人にメッセージをお願いいたします。

北: 私自身、かつて本当に許せない出来事があって、全身の毛が逆立つほどの怒りを抱いたことがあります。自分で制御できないほどの怒りの感情でした。

その感情と向き合った末、私はその怒りは自分には不要なものだと考えました。それに気づいて、怒りを手放した時は信じられないくらい心が軽くなりました。それほど、怒りの感情は自分の心の足どりを重くしていた。

怒りを鎮めるには、まずは自らの怒りを一つの感情として認めてあげることが必要だと思います。感情とは変化や体験に対する心の変化です。その心の動きを自分の中で注意深く観察し、俯瞰して見守ってあげれば、自分がなぜ怒っているのか、その根元が見えてくるはずです。そこから怒りと向き合うことができます。すぐには許せないことがあっても、ブギーたちの物語や許すという選択肢があるということを思い出してもらえたらうれしいです。

(新刊JP編集部)

書籍情報

プロフィール

北 まくら(きた・まくら)

岩手県盛岡市出身。1979年生まれ。広告代理店等で経験を積み、2013年よりフリーランスの映像ディレクターとして活躍。また、ユニークな視点から生み出される写真が定評を得ている。趣味は旅。

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著者:北 まくら
出版:幻冬舎
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