BOOK REVIEWこの本の書評

テクノロジーの発展は、時に既存の産業を衰退させ、刷新する。

古くは蒸気機関の発明によっておきた産業革命。世界が過渡期にあり、IoTやAIなどの分野で新技術が次々と生まれている現在も、「産業革命」とはいかずとも、少なくとも新しいビジネスが生まれやすくなっているのは確かだろう。

これらを担うのは起業であり、新規事業である。特に新規事業は、会社の規模を問わずそれを行った企業ほど売上や経常利益、雇用者数が増加するという調査結果もあり、企業の成長にとっても欠かせないものとなっている。

ただ、「9割は失敗する」ともいわれるように、新規事業はうまくいく方が稀なのも事実だ。では、この困難な仕事を次々と成功させている人は、どんな点に注意してプロジェクトを進めていたのだろうか。

◆ 自社の技術は、別市場で圧倒的な強みになる

本書では、これまで幾社もの新規事業を成功させ、軌道に乗せてきた著者が、立ち上げのアイデア出しからリリースまで、各段階それぞれのポイントを解説する一冊だ。

たとえば、新規事業は新しい技術の開発によって生まれることも多いが、それと同じくらい、自社の既存の事業で培った技術やノウハウを他のビジネスに転用することで生まれるケースも多い。

その成功例としてよく知られるのが、「写真フィルム製造」で培ったコラーゲンに関する技術を化粧品の分野で活かすことに成功した富士フィルムだが、これは「手持ちの技術をどう活かすか」という視点と「新しい市場」という視点がうまくマッチした例だといえる。

技術・ノウハウに偏りすぎると、顧客・消費者のニーズをとらえそこねる危険がありますし、市場を過度に重視してしまうと八方美人的な中途半端な商品・サービスになるおそれがあるでしょう。(P34より引用)

と木下氏がいうように、技術的視点と市場的視点のバランスは難しい。しかし、新規事業はかならずしも「ブルーオーシャン(競合が存在せず顧客を独占できる新市場)」を探し当てることが成功の条件ではなく、新技術が必要なわけでもない。

自社の技術やノウハウが、今勝負している市場では当たり前のものでも、別の市場では圧倒的強みになる可能性があると考えるだけで、アイデアの幅は広がるはずだ。

◆ 「ブルーオーシャン」を見つけられなくても新規事業はうまくいく

先述の「ブルーオーシャン」を発見することは、ビジネスの世界では理想化されて語られることが多いが、実際はいくつもあるビジネスモデルの一つに過ぎない。

市場を作り出さずとも、特定の地域に絞ってビジネスを展開し、その地域でナンバーワンになるモデルもあれば、シャンプー、カット、髭剃り、マッサージといった理髪店のサービスの流れから「カット」だけを切り離して安価で提供することで成功したQBハウスのように、元々一体だった商品・サービスを分解して、顧客の欲する部分だけを販売するモデルもある。

本書では、ビジネスモデルを10種類に大別して解説。技術、市場といった視点に加えて「ビジネスモデル」という視点も、成功する新規事業のアイデア出しに役立ってくれるはずだ。

本書では、アイデアをいかに出すか、そのアイデアをいかに設計し、具現化するか、計画通りにいかない時はどのように修正していくか、そしていかにマネタイズするか、といったことについても、著者の経験から導き出された普遍的な成功のためのポイントが明かされる。

初めて新規事業立ち上げの担当者になった人は、最低限知っておくべきポイントを押さえるために、過去に経験がある人は、次のチャンスでより大きな成功を収めるために、手元に置いておくべき網羅的な一冊だ。

(新刊JP編集部)

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超図解! 新規事業立ち上げ入門

定価 :

800円+税

著者 :

木下 雄介

出版社:

幻冬舎

ISBN :

434491225X

ISBN :

978-4344912250
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BOOK DATA書籍情報

プロフィール

木下 雄介

中小企業診断士
1986年、慶應義塾大学 経済学部卒業
2003年、神戸大学大学院 経営学研究科博士前期課程(MBA)修了
2008年、MITスローンスクール Executive MOT修了
1986年、日本アイ・ビー・エム(株)に入社。社内公募によりジョイントベンチャーを立ち上げ、IBMロゴの製品化を実現。 1997年、当時、SFAのパイオニア企業であった米国シーベルシステムズ社の日本上陸に伴い、創業メンバーとして参加。西日本地区の責任者としてビジネスを立ち上げる。その後、2008年、タレントマネジメントのグローバルリーディングカンパニーであった米国サクセスファクターズ・インク(現SAP)にスカウトされ、日本法人を設立し、代表取締役社長に就任。ゼロからビジネスを立ち上げ、日本におけるタレントマネジメントブームの火付け役の一人となる。その後、日本オラクル(株)の営業本部長を経て、独立。現在は自身の会社であるカッティング・エッジ(株)を設立し、中堅・中小企業を中心に顧問契約を結び、これまでの経験を活かしながら、顧問先の新規事業立ち上げを実践的にサポートしている。

目次

  1. プロローグ 新規事業の意義を考える
  2. STEP1 「新しい事業アイデア」を生み出す
  3. STEP2 「現状分析」で自社の強み・弱みを把握する
  4. STEP3 「ターゲット顧客と提供価値」を設定し競合と差別化をする
  5. STEP4 3つのフレームワークを活用し「事業戦略」を練る
  6. STEP5 「ビジネスモデル」を1枚の紙に描く
  7. STEP6 3年スパンの「事業計画書」を作成する
  8. STEP7 「計画」を実行に移す―成功事例から学ぶ新規プロジェクト運営のポイント

INTERVIEWインタビュー

著者写真

■新規事業を成功させるために、あらかじめ決めるべきこととは

――木下さんはこれまでに、さまざまな新規事業を立ち上げてこられました。会社も業種も多岐にわたりますが、新規事業を成功させるための普遍的なポイントは存在するのでしょうか。

木下:
まず「1丁目1番地」といえるのは、顧客に新しい商品やサービスを売る前に、その商品の価値やポイント、ターゲットになる顧客の層などが、売り手自身の中で明確になっていることです。当たり前のことなのですが、「魂が入っていない」と自信を持っておすすめできないからです。

その上で、アクション的には商品をイメージできる具体的なセールスキットや営業ツールを販売する当事者も含め、オリジナルで作ることが重要になります。そして、ファーストカスタマーがついたら、その成功事例をレバレッジにして販売を拡大していく、というのはどのような種類の新規事業にもいえる普遍的な成功パターンだと思います。

それと、これは少し難しいかもしれませんが、できれば「第三者のお墨付き」があればなおいいですね。

――「お墨付き」とはどのようなものですか?

木下:
私は外資系企業にいた期間が長かったのですが、外資の場合、新製品を評価する第三者機関があって、そこで「優れた製品である」というお墨付きがもらえれば、販売する際の大きな手助けになります。

ITでいうとガートナーグループやフォレスター・リサーチといった会社が、各マーケットカテゴリー別に関連するあらゆる商品・サービスを比較・評価するというサービスを提供しており、具体的にはどの分野のどこに位置づけられる製品で、どこに強みがあるのかというポジショニングチャートを作ってくれるのですが、それがお墨つきになってくれたりします。

日本では、まだ同等レベルのサービスは整備されていませんが、何かしらの客観的評価があると有利になるのはまちがいありません。例えば、政府からの新しい政策に合致しているというお墨付きなど。あとは、製品やサービスがいかに優れているかがわかるデモンストレーションができると、営業上のキラーコンテンツになると思います。

――デモンストレーションとは具体的にどのようなものになるのでしょうか。

木下:
たとえば新しく営業の支援ソフトを開発・販売するのであれば、そのソフトを使うことで営業マンがどのように成果をあげて、仕事を効率化できるかということを見せる、というようなことです。

カスタマージャーニーとか、カスタマーエクスピアレンスを呼ばれるように、世の中はモノからコトに移ってきていますから、顧客になりうる人に実際に体験させてみることに重点をおいた営業が大切だと思います。

――新規事業立ち上げは、会社の業務の中でも最も難しい部類に入ります。もしこの仕事の責任者になった場合、プロジェクト始動にあたってあらかじめプロジェクトオーナーとの間で決めておくべきことはどのようなことでしょうか。

木下:
その事業のゴールと成功報酬を決めておくことは重要ですね。

ゴールというのは、「何年後にどれくらいの売上をたてる」というような数値目標で、それを達成したら自分やチームにどういう報酬があるかということを決めておく。ストックオプションなのかボーナスなのか、あるいはしかるべきポジションへの昇進なのか、ご褒美がわかっていると、やはりいつも以上のエネルギーが出るものです。

それと、要望として通るなら通しておいた方がいいのは、プロジェクトチームのメンバーの人事評価を、その組織の通常の評価基準とは別立てにしてもらうことです。やはり新たに事業を作ったり、新製品を売るというのは通常業務よりもずっと難しいことなので、その難易度を考慮した評価体系になっていないとメンバーはやっていられないでしょう。

「3年間は少なくとも潰さずに見てもらう」など期間を決めて、その間は会社の中にいながらも「別動隊」という扱いにしてもらうということですね。

――これまで木下さんが得た「成功報酬」は、どういったものですか。

木下:
やはり、ストックオプション関連ですね。あまりはっきりとしたことは言えないのでベンチャーの一般的な話になりますが、急成長企業の場合、たいてい毎年株式分割があって、分割すると株数が倍になる代わりに一時的に株価は半減するのですが、すぐに元の株価に戻り、さらに年内に倍の株価に膨らみます。単純計算で、1年で価値は4倍になります。それを3回、4回繰り返すとみんな億万長者になれるくらいの価値の資産を持つことになります。実際はなかなかピーク時に売り抜けられる人は少ないのですが(笑)

保有してすぐには売れないのですが、1年がすぎると3ヵ月ごとに売却できるようになっていて、その3ヵ月という期間でもかなり価値が上がるんです。だからみんな、職場に来てパソコンを立ち上げたらまず株価を見ていました(笑)。

――夢のある話ですね。ところで、木下さんがこれまで新規事業立ち上げに携わった回数はどれくらいですか?

木下:
私はこれまでに、出向を含め、7社転職を経験しているのですが、そのうち5回は新製品や新規事業のスタートに参加するための転職でした。また、外資の日本法人そのものの立ち上げも2度経験しました。

また、今は独立していますが、企業に顧問として入って新商品の開発や事業立ち上げのプロジェクトに参加しています。立ち上げの回数でいうと、これまで大小含めて10回くらいはやってきたと思います。

――転職して即新規事業立ち上げというのはかなりタフな仕事ですね。

木下:
そうですね。日本法人立ち上げの時はスタートが私一人で、オフィスにパソコン一台しかない状態からビジネスを作っていきました。

――よくそんなに過酷な仕事にチャレンジされるな、という印象です。

木下:
私ははじめにIBMという大きい会社に入ったのですが、二社目でその出身者たちが立ち上げたベンチャー企業に創業メンバーとして参加しました。

そのベンチャーは東京が拠点だったのですが、私が関西出身ということで、関西支社を立ち上げろと言われまして、一人で関西拠点の立ち上げを担当したことがあったんです。その時の経験が、その後のいろいろな新規事業プロジェクトを立ち上げる際のベースとして役立っていると思います。

――これまで関わった新規事業のうちの多くを成功させてきたと聞いています。ご自身の成功要因をどのようにお考えですか?

木下:
正直に言えば、全てが成功だったわけではありません。うまくいったといえるのは6、7割ではないでしょうか。

それをご理解いただいたうえでお話するなら、最初のユーザーに恵まれたというのは大きかったと思います。小さな会社、あまり知られていない会社が開発した新商品を広げていく時、まずは売り込みたい先に対して、いかに安心してその製品を使えるかを納得してもらうことが第一歩です。

その際に武器になるのが、「どこどこの会社が、名前の売れている大きな会社が開発した製品ではなく、うちの製品を使っている」という実績ですよね。自分が関わった製品の例でいうと「業界1位の会社が使っている」という実績を早い段階で作ることができたんです。そうなると、2位3位や他の会社にも広がりやすくなる。

そのための方策として、チャネルビジネスといいますか、名の通ったコンサルティング会社や大手ITベンダーにパートナーになってもらい、そこを通じて売ってもらうことを画策したのですが、いきなり「売ってくれ」と言っても彼らも本気では売ってくれません。そこで、まずは一緒に売りに行って勝ちパターンを作ったのが効果的だったと思います。

売れるパターンがわかれば、彼らにも旨みが出るので一生懸命売ってくれるようになるわけです。小さな会社の場合、自分たちだけで売ろうとしても限界があるので、大きなベンダーやコンサルティング会社と組むのは一つの方法です。

■オーソリティのない新規事業は失敗する

――本の中でも書かれていましたが、新規事業の立ち上げは成功するよりも失敗する方が多いものです。典型的な「失敗パターン」がありましたら教えていただきたいです。

木下:
大企業でありがちなのは、先ほども少しお話ししましたが、新規事業のプロジェクトチームが「別働隊」にしてもらえずに、既存の部門と同じように評価されてしまうパターンです。こうなると自由に動きたくても動けずに、結果失敗してしまう。

会社の規模が大きいと、稟議を通すのもものすごく大変で、時間がかかることが多いのですが、そのスピード感で新規事業をやっていたらすぐにポシャってしまいます。

それと、その新規事業プロジェクトにオーソリティがないパターンも失敗しがちです。成功したらものすごく大きな価値を生むプロジェクトなのに、会社側や会社にいる人からそれほどのものとして扱ってもらえないというケースは多いんです。

――「将来利益を生む可能性があるもの」より「今利益を生んでいるもの」が重視されがちなのは理解できるところです。

木下:
そうなんです。他の企業(顧問先以外)でどんなことを考えているのか知りたいので、時々新規事業立ち上げの外部講習に参加したりするのですが、会社側からプロジェクトの大枠だけ決められて、あとはほったらかしにされていることに悩んでいる人は結構います。そうなると、プロジェクトにアサインしている人だけがものすごいプレッシャーにさらされてしまう。

だから、プロジェクト自体にオーソリティを与えることが大切なんです。直接に参加はしなくても「社長プロジェクト」とか「専務プロジェクト」とか、組織のトップ直轄プロジェクトという位置付けで、会社として重要な戦略プログラムであることを表明し、ヒト・モノ・カネを組織本体とは別枠にしてあげないと、まずうまくいかない。新規事業はそれくらいエネルギーのいることなんです。

――自社の既存の技術やノウハウを他の市場に転用する形で新規事業を立ち上げるというのは、一から技術開発を行うよりも敷居が低く魅力的です。「自社の技術やノウハウが優位性を持つ別の市場を見つける」というところで、注意すべきポイントはありますか?

木下:
「今成功していること」を捨てないと始まらないのは確かで、ゼロベースで考えることが必要になるわけですが、技術開発系の人だけで集まって考えると、どうしてもプロダクトアウト的な発想になってしまいます。

だから、色々な部署、部門の人を集めて考えた方がいい。ブレインストーミングをするなら、技術系の人に加えてマーケティングや営業など、各部署から人を集めて行うのが重要だと思います。

――本書は、新規事業の立ち上げから、製品やサービスのマネタイズまで網羅的に解説しています。使い方についてアドバイスがありましたら教えていただきたいです。

木下:
ハンドブックとかガイドブック的に使っていただければいいのではないかと思っています。新規事業立ち上げに初めて関わるという方であれば、一通り読んでいただくとマーケティングや、プロジェクト進行の基本的な概念は理解していただけると思います。

ある程度経験がある方は、プロジェクトの各段階ごとに章立てにしてあるので、必要な時に応じてリマインドとして使っていただきたいですね。

――最後に、新規事業立ち上げという難しい仕事に携わる人にメッセージをお願いします。

木下:
水が半分入ったコップを見て、「まだ半分ある」と思う人がいれば「もう半分しかない」と思う人もいるという人間心理についての有名なたとえがありますが、新規事業についても、ポジティブな気持ちで取り組んでがんばっていただきたいですね。

成功すれば大きな自信になりますし、得られるものは大きいので、「チャンスをもらったんだ」と前向きな気持ちで取り組めば、きっと明るい未来が待っています。

私自身もまだまだ人生これからなので、新しいことにどんどんチャレンジしていきたいと思っています。一緒にがんばりましょう!

(新刊JP編集部)

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