―本書『夢は無計画の方が実現する』を読ませていただきましたが、今までの岡崎さんの著作とテイストが違うな、という印象を受けました。過去の著作と今作に違いはありますか?
岡崎「一緒ですよ(笑)本全体のトーンは同じだと思います。じつは当初『だ・である』で書いて、最後の最後で『です・ます』に直したから、そのあたりが関係しているかもしれません。でも核となる部分は変わってないですよ。ちなみに没になったネタが14、5個あるのですが、すべて僕のメルマガで公開しています」
―かなり広い読者層に向けた本だという印象を受けました。それと、表紙の写真(子供が河に飛び込んでいる写真)がすごくいいですね。
岡崎「どのジャンルの棚に並ぶんだろう、と少し心配してましたが、実際書店をまわってみると“話題の新刊”のところに並んでますね。読者はもちろん、書店の方にも評判がいいようです。今回の装丁は本当に丁寧な仕事で感謝しています」
―この写真は岡崎さんご自身が撮られたのでしょうか?いいタイミングでシャッターを切ったな、という感じです。
岡崎「ありがとうございます。僕の写真です。バングラディッシュのダッカの河辺で撮った写真です。岸から水面まで4mくらい結構落差があると思うんだけど、彼ら元気に飛び込んでました」
―『夢は無計画のほうが実現する』、その真意を教えていただけますでしょうか。
「たとえばTwitterでいろいろなつぶやきを見ていると“無計画”という言葉のほとんどはネガティブな意味で使っているんですよね。きっと日本人は本質的に計画は良いことで無計画は悪いことだと思っているんです。
誤解を生みやすいのですが、僕は単に「計画をするな」ということではなくて、計画の手前に大事なことがあるということを伝えたいんです。それは計画の前にある“こうなりたい”と決意することであったり、“こうなりたい”と想うことだったりです。“こうなりたい”と思ったら、どうしたらその想いが叶うか、と考えるようになり、どこかで“こうなってやる”と決意をすることになるからです。
僕の感覚でいえば、想うことが50%、決断が45%、計画は残り5%程度ではないでしょうか。ビルを建てる、ダムをつくるなどの大きな仕事は別にして、よくよく考えてみると人生に計画はほとんど必要ありません。“こうなりたい”と想い決断することをもっと重視すべきだと思います」
―“こうなりたい”と思ったり、“こうなってやる”と決断できるようになるためにはどんなことが必要なのでしょうか?
岡崎「“こうなりたい”と思うための最低限知識が必要ですね。最低限の知識がなければ化学反応が起こりません。
自分の知識の領域を広げていく方法はいくつかあります。たとえば、書店や図書館に行ったら、通常は自分の興味、関心のある本棚に向かうと思いますが、たまには全く興味のない分野の棚に行って、本の表紙に惹かれたら読んでみるとか。また、総合情報誌を読むのも広範囲にわたってバランスのとれた知識を得られるのでいいと思います。自分の感性に合った雑誌を選び、どんな内容の記事でも最初から最後まで選り好みをせずに全部読んでみるといいですね。20代、30代の時期に自分の知識の範囲を野放図に延ばしておくことは大事だと思います」
―プロローグに岡崎さんのこれまでの人生について書かれていましたが、かなり濃密な人生ですね。
岡崎「プロローグの箇所は一番最後に書いたのですが、昔のことを色々思い出しました。出生届や戸籍は別として、僕の公式記録なんてほとんど何も残ってません。自分の記憶が頼りなのですが、あまりにも忘れていて、当時の友人と昔話をしました。ただ友人が当時僕に持っていた印象が、すでに僕の認識と違う。これって面白いなぁと思いましたね。できるだけ忠実に書いたのですが、経歴詐称にならない範囲であれば、自分の歴史なんていくらでも組み換え自由なのかも知れませんね。そんな不埒なことを考えました」
―学生時代のお友達のお話が出ましたが、どんな生徒だったのでしょうか?
岡崎「実は学校にはあまり行っていなかったんですよね。高校はギリギリ卒業できたくらい。バンドをやっていたので朝から晩までギターを弾いていましたね。あとはアルバイトとか。勉強は全然していませんでした」
―今の岡崎さんからは想像もつきませんね
岡崎「今もあまり変わってないですよ(笑)当時は貧乏だったのでアルバイトに明け暮れていました。自分でも“スーパーA級のバイト君”だったと思います。高校2年生くらいのときから喫茶店で大学生のアルバイトに指示を出したり教えたりしていましたし、新商品の開発もしていましたから。新しい材料を仕入れて新メニューを作るのは誰でもできるので、今ある材料の組み合わせを変えて新メニューを考えて、商品名・価格を決めて店長と相談して、ポスターをもって商店街を回る、というようなことをやっていました。風邪をひいて高熱が出ても出勤して、『帰っていいよ』と許しが出るまでやってました」
―どうしてそこまでアルバイトを頑張れたのでしょうか?
岡崎「やっぱりハングリーでしょうね。働くことへの執着とか、お金を稼ぐことへの執着が強かったんだと思います。ただ、これは本には書いていませんが、実は仕事なんて99.9%はおもしろくないですよ。時間は拘束されるし、上司にはたいてい嫌な奴がいますしね。だけどその“おもしろくない仕事”を、自分の力で「面白い仕事」に変換していかないといけないんです。僕は中学生の時からこの秘密をわかっていました」
―おもしろくないことを自分でおもしろくする、ということでしょうか。
岡崎「そう変換です。僕は高校を卒業後、サラ金大手の武富士に入社して、街頭でティッシュを配ってました。実際「ティッシュくばり」なんてプライドがあったらできないですよ、まして地元だから同級生とか知り合いの女子も通ります。後輩が通ったりすると『太郎先輩がティッシュ配ってる!』となるわけですよ。これは辛い。でも、仕事だから逃げるわけにもいかない。そこで逆にビシッと配ってやろうと考えを変えたのです。“めちゃめちゃハイテンションでティッシュを配る”面白いでしょ。
トイレ掃除でも同じことです。“ここまでやるか!”というくらいに徹底的にやる。仕事に対してそういう姿勢で臨めば必ずレベルは上がります。
好きでその世界に入ったにも関わらず、“なんだか思っていたのと違う”“こんなはずではなかった”となってしまう人もいますが、思っていたのと違うなら、自分がその状況を変える、という気持ちが必要なのです。おもしろくないなら、どうやったらおもしろくなるか考える、そう考えることで未来は拓けていきます」
―本書で岡崎さんが伝えたかったこととはどんなことでしょうか?
岡崎「人それぞれ環境は違いますが、このまま日本が二極化が酷くなって、貧困層が増えたとしても、バングラやインドの貧困と比べれば恵まれています。雨風をしのげて、学校にも行けるし、図書館や体育館だってあるわけですからね。世界的に見たら、日本に生まれてきただけでラッキー。様々なことに対して国民のリテラシーは高いし、何にでもチャレンジできる環境です。この環境を生かせないならどこに行ったってダメ。そういうことを僕の年代や、もっと下の年代の方に読み取ってほしいですね」
―この本を読む人や、このインタビューの記事を読む人に、人生のヒントを一つ出すなら、どんなことになりますか?
岡崎「元気ですね。どんな局面であっても、落ち込んでいていいことなんか、ひとつもつもありません。自分で前向きに切り替えることです。人生は常に学び、体験の連続で、それは自分で選べるもの。人生の選択肢はたくさんあり、あらゆるリストの中から自分で選ぶことができるのです。自分が欲しい結果に向かって比較・検討し選択していけばいいのです。
あとは常識に縛られないこと。あまり物事を決めつけずに、自分がいいなぁと思う方向に遠慮せず今すぐ体の向きをかえていけばいいと思います。ぜひ新刊『夢は無計画のほうが実現する』を読んでみてください。朝早くからありがとうございました」
(記事:山田洋介)
岡崎「一緒ですよ(笑)本全体のトーンは同じだと思います。じつは当初『だ・である』で書いて、最後の最後で『です・ます』に直したから、そのあたりが関係しているかもしれません。でも核となる部分は変わってないですよ。ちなみに没になったネタが14、5個あるのですが、すべて僕のメルマガで公開しています」
―かなり広い読者層に向けた本だという印象を受けました。それと、表紙の写真(子供が河に飛び込んでいる写真)がすごくいいですね。
岡崎「どのジャンルの棚に並ぶんだろう、と少し心配してましたが、実際書店をまわってみると“話題の新刊”のところに並んでますね。読者はもちろん、書店の方にも評判がいいようです。今回の装丁は本当に丁寧な仕事で感謝しています」
―この写真は岡崎さんご自身が撮られたのでしょうか?いいタイミングでシャッターを切ったな、という感じです。
岡崎「ありがとうございます。僕の写真です。バングラディッシュのダッカの河辺で撮った写真です。岸から水面まで4mくらい結構落差があると思うんだけど、彼ら元気に飛び込んでました」
―『夢は無計画のほうが実現する』、その真意を教えていただけますでしょうか。
「たとえばTwitterでいろいろなつぶやきを見ていると“無計画”という言葉のほとんどはネガティブな意味で使っているんですよね。きっと日本人は本質的に計画は良いことで無計画は悪いことだと思っているんです。
誤解を生みやすいのですが、僕は単に「計画をするな」ということではなくて、計画の手前に大事なことがあるということを伝えたいんです。それは計画の前にある“こうなりたい”と決意することであったり、“こうなりたい”と想うことだったりです。“こうなりたい”と思ったら、どうしたらその想いが叶うか、と考えるようになり、どこかで“こうなってやる”と決意をすることになるからです。
僕の感覚でいえば、想うことが50%、決断が45%、計画は残り5%程度ではないでしょうか。ビルを建てる、ダムをつくるなどの大きな仕事は別にして、よくよく考えてみると人生に計画はほとんど必要ありません。“こうなりたい”と想い決断することをもっと重視すべきだと思います」
―“こうなりたい”と思ったり、“こうなってやる”と決断できるようになるためにはどんなことが必要なのでしょうか?
岡崎「“こうなりたい”と思うための最低限知識が必要ですね。最低限の知識がなければ化学反応が起こりません。
自分の知識の領域を広げていく方法はいくつかあります。たとえば、書店や図書館に行ったら、通常は自分の興味、関心のある本棚に向かうと思いますが、たまには全く興味のない分野の棚に行って、本の表紙に惹かれたら読んでみるとか。また、総合情報誌を読むのも広範囲にわたってバランスのとれた知識を得られるのでいいと思います。自分の感性に合った雑誌を選び、どんな内容の記事でも最初から最後まで選り好みをせずに全部読んでみるといいですね。20代、30代の時期に自分の知識の範囲を野放図に延ばしておくことは大事だと思います」
―プロローグに岡崎さんのこれまでの人生について書かれていましたが、かなり濃密な人生ですね。
岡崎「プロローグの箇所は一番最後に書いたのですが、昔のことを色々思い出しました。出生届や戸籍は別として、僕の公式記録なんてほとんど何も残ってません。自分の記憶が頼りなのですが、あまりにも忘れていて、当時の友人と昔話をしました。ただ友人が当時僕に持っていた印象が、すでに僕の認識と違う。これって面白いなぁと思いましたね。できるだけ忠実に書いたのですが、経歴詐称にならない範囲であれば、自分の歴史なんていくらでも組み換え自由なのかも知れませんね。そんな不埒なことを考えました」
―学生時代のお友達のお話が出ましたが、どんな生徒だったのでしょうか?
岡崎「実は学校にはあまり行っていなかったんですよね。高校はギリギリ卒業できたくらい。バンドをやっていたので朝から晩までギターを弾いていましたね。あとはアルバイトとか。勉強は全然していませんでした」
―今の岡崎さんからは想像もつきませんね
岡崎「今もあまり変わってないですよ(笑)当時は貧乏だったのでアルバイトに明け暮れていました。自分でも“スーパーA級のバイト君”だったと思います。高校2年生くらいのときから喫茶店で大学生のアルバイトに指示を出したり教えたりしていましたし、新商品の開発もしていましたから。新しい材料を仕入れて新メニューを作るのは誰でもできるので、今ある材料の組み合わせを変えて新メニューを考えて、商品名・価格を決めて店長と相談して、ポスターをもって商店街を回る、というようなことをやっていました。風邪をひいて高熱が出ても出勤して、『帰っていいよ』と許しが出るまでやってました」
―どうしてそこまでアルバイトを頑張れたのでしょうか?
岡崎「やっぱりハングリーでしょうね。働くことへの執着とか、お金を稼ぐことへの執着が強かったんだと思います。ただ、これは本には書いていませんが、実は仕事なんて99.9%はおもしろくないですよ。時間は拘束されるし、上司にはたいてい嫌な奴がいますしね。だけどその“おもしろくない仕事”を、自分の力で「面白い仕事」に変換していかないといけないんです。僕は中学生の時からこの秘密をわかっていました」
―おもしろくないことを自分でおもしろくする、ということでしょうか。
岡崎「そう変換です。僕は高校を卒業後、サラ金大手の武富士に入社して、街頭でティッシュを配ってました。実際「ティッシュくばり」なんてプライドがあったらできないですよ、まして地元だから同級生とか知り合いの女子も通ります。後輩が通ったりすると『太郎先輩がティッシュ配ってる!』となるわけですよ。これは辛い。でも、仕事だから逃げるわけにもいかない。そこで逆にビシッと配ってやろうと考えを変えたのです。“めちゃめちゃハイテンションでティッシュを配る”面白いでしょ。
トイレ掃除でも同じことです。“ここまでやるか!”というくらいに徹底的にやる。仕事に対してそういう姿勢で臨めば必ずレベルは上がります。
好きでその世界に入ったにも関わらず、“なんだか思っていたのと違う”“こんなはずではなかった”となってしまう人もいますが、思っていたのと違うなら、自分がその状況を変える、という気持ちが必要なのです。おもしろくないなら、どうやったらおもしろくなるか考える、そう考えることで未来は拓けていきます」
―本書で岡崎さんが伝えたかったこととはどんなことでしょうか?
岡崎「人それぞれ環境は違いますが、このまま日本が二極化が酷くなって、貧困層が増えたとしても、バングラやインドの貧困と比べれば恵まれています。雨風をしのげて、学校にも行けるし、図書館や体育館だってあるわけですからね。世界的に見たら、日本に生まれてきただけでラッキー。様々なことに対して国民のリテラシーは高いし、何にでもチャレンジできる環境です。この環境を生かせないならどこに行ったってダメ。そういうことを僕の年代や、もっと下の年代の方に読み取ってほしいですね」
―この本を読む人や、このインタビューの記事を読む人に、人生のヒントを一つ出すなら、どんなことになりますか?
岡崎「元気ですね。どんな局面であっても、落ち込んでいていいことなんか、ひとつもつもありません。自分で前向きに切り替えることです。人生は常に学び、体験の連続で、それは自分で選べるもの。人生の選択肢はたくさんあり、あらゆるリストの中から自分で選ぶことができるのです。自分が欲しい結果に向かって比較・検討し選択していけばいいのです。
あとは常識に縛られないこと。あまり物事を決めつけずに、自分がいいなぁと思う方向に遠慮せず今すぐ体の向きをかえていけばいいと思います。ぜひ新刊『夢は無計画のほうが実現する』を読んでみてください。朝早くからありがとうございました」
(記事:山田洋介)
岡崎 太郎
1970年、福岡県に生まれる。通販コンサルタント、株式会社アイティマネジメント会長。高校卒業後、いくつかの職業を経て24歳のときに通信販売事業の立ち上げに従事。手取り9万円の月給暮らしから、わずか2年で月に1億円を売り上げるまでに成功する。その後、数々のヒット商品を開発・販売したのち、ビジネスコンサルタントに転身。現在は、小規模通販会社から大手企業の通販部門までをクライアントに持ちながら、全国でセミナーを展開している。
関連リンク
http://www.it1616.com/
