だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『芽むしり仔撃ち』大江健三郎著

提供: 本が好き!

昭和三十三年六月に発表された、大江健三郎初の長編小説である。

”僕”の一人称で語られる。太平洋戦争がもうすぐ終わるころの物語だ。

”僕”たちは、感化院の院生である。その感化院のある都市も、空爆が激しくなり、”僕”たちは田舎に疎開することになった。疎開に先立って、感化院の教官は、院生たちの親に引き取りをよびかけた。感化院だから、非行少年ばかりである。傷害、窃盗、売淫……。
わが子とはいえ、やっかいものを引き取りに来る親は少なかった。
”僕”の父親は、感化院の教官の呼びかけに応じて、弟を連れてやってきた。
父親は、”僕”をひきとるどころか、いっしょに疎開させてやってくれと、無垢な弟を感化院の教官におしつけて、ひとり帰って行ったのだった。

行き先が決められていたのかどうか。汽車ぐらいには、乗せてもらえたのかどうか。
感化院の少年十五人と、おそらく十歳にもならない無垢な弟。
教官に率いられ、三週間も旅して、やっと受け入れてくれる村がみつかり、その村を目前にして、二人が脱走した。
”僕”たちの脱走者はあっさり連れ戻されたが、もうひとつの脱走騒ぎがあった。
予科練の兵隊だ。村人まで駆り出されて、血眼になって探していたが、脱走兵は、山の中に逃げ込み、とうとうみつからなかった。

少年たちの疎開の村は、山奥の谷間の村だった。
その村では、動物が、たくさん死んでいた。
少年たちは、穴を掘って動物の死骸を埋めろと命じられた。
ネズミから馬まで、異様に腹が膨らんだ死体ばかりだった。
動物の間になにやら恐ろしい病気がはやっている。
その病気が、人にも感染し始めている。
村では、すでに二名の感染者が出ていた。
その夜、村びとたちは、少年たちを土蔵に閉じ込め、村を出て行ってしまった。
感染症を恐れてのことだった。
少年たちが追ってこないよう、谷を渡したトロッコの軌道の先に、バリケードが築かれていた。

置き去りにされたのは、少年たちだけではなかった。
町から疎開してきた少女。少女の母親は、感染症で死んだ。
村はずれの朝鮮部落の少年・李。李の父親も感染症で死んだ。
予科練の脱走兵。脱走兵は、朝鮮部落にかくまわれていた。
そして、一匹の犬。おそらく村で飼われていたのだろう。人に馴れていた。

少年たちは、閉ざされた家々の戸を打ち破り、残されたわずかな食物を盗み、それぞれ気に入った家を占領してねぐらにした。
李少年に習って鳥猟をし、火をたき、歌い踊り、まつりをした。
”僕”と少女の間に、愛がめばえた。
弟は、犬と固い友情を結んだ。
医学生だった脱走兵は、病人の看護をした。

村人たちは、五日で戻ってきた。
つかのまの「愛と自由の解放区」だった。

少年たちが、家を荒らし、盗んだことに、村人たちは激怒し、粛清が始まる。
国を挙げて人殺しに熱狂していた時代である。
村や財産を守るためなら、虐殺も暴力も正義だった。
ましてや相手が、国家に反逆した脱走兵や、親からも見捨てられた感化院の少年なら……

村長は、抵抗する”僕”の胸ぐらをつかんで、言い放つ。
「いいか、お前のような奴は、子どもの時分に絞め殺した方がいいんだ。出来ぞこないは、小さいときにひねりつぶす。俺たちは百姓だ、悪い芽は始めにむしりとってしまう」

血と暴力と性……残虐で目をそむけたくなるような場面は多い。しかし、文章は美しく、読後には甘美な陶酔感さえあった。まだ無垢な弟の手のやわらかさ、その弟を守ろうとする”僕”の心情が、読者であるわたしの心に残った。

(レビュー:紅い芥子粒

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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芽むしり仔撃ち

芽むしり仔撃ち

大戦末期、山中に集団疎開した感化院の少年たちは、疾病の流行とともに、谷間にかかる唯一の交通路を遮断され、山村に閉じ込められる。この強制された監禁状況下で、社会的疎外者たちは、けなげにも愛と連帯の“自由の王国"を建設しようと、緊張と友情に満ちたヒューマンなドラマを展開するが、村人の帰村によってもろくも潰え去る。

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