だれかに話したくなる本の話

ウガンダに「手洗い」を 日本の衛生用品メーカーの壮大な挑戦

企業は利潤を追い求めるだけでなく、その活動が社会に与える影響にも責任を持つべきであるとするC S R(Corporate Social Responsibility)の考え方は、日本でも少しずつ浸透し、事業を通した社会貢献を掲げる企業も増えた。

そんななかで、衛生環境が悪く、感染症が蔓延しやすいアフリカの地に、事業を通して「手洗い」と「アルコール消毒」を根づかせようと10年以上取り組んでいる企業がある。

『情熱のアフリカ大陸 サラヤ「消毒剤普及プロジェクト」の全記録』(幻冬舎刊)は、衛生用品メーカーであったサラヤ株式会社がアフリカ・ウガンダで手洗いを啓発し、アルコール消毒剤の現地生産を実現するまでの軌跡を書いた一冊だ。

サラヤはなぜ、このような困難な取り組みを始めたのか。日本から遠く離れたウガンダの地にはどんな困難が待ち受けていたのか。今回は著者の田島隆雄氏と、このプロジェクトに立ち上げから関わってきたサラヤの代島裕世(だいしまひろつぐ)氏にお話をうかがった。

■ウガンダに「手洗い」を根づかせた日本の会社

――『情熱のアフリカ大陸 サラヤ「消毒剤普及プロジェクト」の全記録』について。まず、この本がどんな経緯でできあがったのかについてお聞きしたいです。

田島:最初は、出版社の方からこういう本を書いてほしいという依頼が来て、大まかな企画をいただいたことです。ただ、その企画が絶対ということではなくて、私のアイデアも加えて一緒に考えてほしい、とのことでした。

企画を見たら、アフリカのウガンダでソーシャルビジネスをやっている企業の取り組みについての本ということで、すごく興味をそそられたので引き受けました。

――田島さんは今回の本も含めて企業を題材に本を書かれることが多いですよね。企業の実像を書くうえで心がけていることはありますか?

田島:一般論ですが、本を書くにあたって企業の広報部を通して取材をすると、当たり前ですがその企業の「いいこと」しか言わないんですよね。なので、広報を通じて得た情報が事実かどうかをできる限り確認することと、裏に何かネガティブなものがないかどうかを調べることは欠かせません。

また、本を書くにあたって様々な方に取材をするわけですが、取材に協力してくださった方が嫌がるようなことは書かないようにしますし、本にとって必要ない情報は省きますから、感覚的には、取材したり調べたりして得た情報の半分以下しか書いていない感じになりますね。

――サラヤのプロジェクトの主な舞台はウガンダですが、ウガンダには行かれたんですか?

田島:行きました。プロジェクトに関わった方々の証言を取るのが一番の目的でしたが、現地の雰囲気を知るという意味もありました。関係者がケニアにもいたので、ケニアにも行っています。こういう話をすると「すごいですね」と言われるんですけど、代島さんも一緒でしたし、アテンドしてくれる方もいたので、特に困ることもなく。どちらかといえば、すごいのは、ここまでの道を切り拓いたサラヤさんですね。

――サラヤのウガンダでのプロジェクトは日本ユニセフからの「世界手洗いの日」にかけた「手洗い」の普及啓発プロジェクトへの協力依頼から始まりました。この依頼が舞い込んだ時の印象はどのようなものだったのでしょうか?

代島:サラヤという会社は、衛生用品メーカーなのですが、もともとは「手洗い」を普及させて戦後の日本を復興しようと起業した会社です。

こうした起業の経緯からいって、ユニセフのプロジェクトには乗り遅れてはいけないと思い、実はこちらからオファーしたんです。広告代理店経由でこういうプロジェクトがあるという話は聞いていたので、こちらからユニセフの方に会いに行きました。

――ユニセフのプロジェクトがきっかけになって、サラヤはウガンダでアルコール手指消毒剤の現地生産というソーシャルビジネスに乗り出します。こうした途上国でのソーシャルビジネスを継続するうえでのポイントは何だとお考えですか?

代島:サラヤの場合は、初視察で社長自らが現地に入ったことが大きかったと思います。やはり日本にいたのではわからないことはたくさんあって、現地に行って状況を見ないと、プロジェクトの意義や課題はなかなか理解できません。逆に、オーナーが現地を見ることで、プロジェクトに対しての社内統制が取れました。

――サラヤの場合は、現地を任せられる人材がいたというのも大きかったと思います。すでにウガンダで独自にソーシャルビジネスを立ち上げていた宮本和昌氏との出会いは幸運でしたね。

代島:そうです。今回の本を読んでくださった方からも宮本氏に会ってみたいとよく言われます。

彼はアメリカの大学を出た後、J I C A(国際協力機構)の青年海外協力隊としてウガンダ農村に入った経験があり、ウガンダのことをよく知っていました。任期終了後に自ら資金調達して、マイクロファイナンスをやるためにウガンダに戻っていました。 彼の生き方を慕って世界中から彼のところでインターンをしたいという学生が集まってきていたようです。

――インフルエンサーなんですね。

代島:そうだと思います。サラヤのプロジェクトがうまくいったのも、彼の人間的魅力によるところが大きかったと思います。

アルコール消毒剤の現地生産をするにあたって、カキラシュガーというインド系財閥の製糖会社が廃糖蜜からつくるエタノールの供給してくれるだけでなく、生産場所まで用意してくれたのですが、そこまでやってくれたのは「これはウガンダの人たちのためになるんだ」という信念を先方のGMに熱弁してくれた宮本氏の情熱のお陰だと思います。人を巻き込む力があるんです。

向こうにお金のことを聞かれずに協力を引き出すってすごいですよね。私だったら普通にビジネスの話をして「それでいくら払うんだ」と聞かれてそこで話が終わってしまうと思います。

(後編につづく)

情熱のアフリカ大陸 サラヤ「消毒剤普及プロジェクト」の全記録

情熱のアフリカ大陸 サラヤ「消毒剤普及プロジェクト」の全記録

エボラ出血熱の猛威、いつまでも始まらない入札…降りかかる幾多の困難。乳幼児のおよそ10人に1人が感染症で死に至るアフリカ・ウガンダで、日本の衛生用品メーカーが挑んだビジネスとは。第1回ジャパンSDGsアワード受賞企業。

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