だれかに話したくなる本の話

破天荒な人生を送った男が行き着いたのはなぜ「小説」だったのか

プロスポーツ選手や、医者、弁護士、俳優。
人がうらやむきらびやかな職業がある一方で、社会の裏方として、目立たないながらも欠かせない職業もある。

「職業に貴賤なし」というのは本当で、どんな仕事にも意義と役割が与えられている。オーサキ・コーさんの『わたし、探偵になっちゃいました』(幻冬舎刊)は、どんなに目立たない仕事であっても誇りと向上心を持ち、ハプニングを怖がるのではなくおもしろがって取り組むことの尊さが際立つ小説だ。

今回は「人は誰でも物語を書くに足る存在」と言い切るオーサキさんにインタビュー。この小説の成り立ちについてお話をうかがった。

■破天荒な人生を歩んできた男が行き着いた「小説」という表現

――オーサキさんは現在探偵をされているとお聞きしましたが、『わたし、探偵になっちゃいました』で「小説」という形をとったのはなぜですか?

オーサキ:以前、新聞記事の中で、作家の大江健三郎さんが「人は誰でも、人生に一度は小説を書きたくなるものだ」と言っていたんです。それを読んで、私も含めて人は誰でも物語を書くに足る存在だと思ったんです。それを皆さんに知らしめたかったというのがあります。

正直、本を書くのであれば、エッセイでも自己啓発の本でも、建築の本でもいいわけじゃないですか。だけど、そこでどんなに良質な本を書いても、「食べてはいけない」ということに気がついたんです。なぜかというと娯楽性がなかったり、世間の関心が薄い分野だったりするからです。そこでいうと、小説はまだ一応は読まれていますからね。

――捕鳥、警備、探偵、という主人公「私」の職業遍歴と、そこで経験した人間関係や事件について書かれています。出てくる人がみな個性的でおもしろかったのですが、これはある程度創作が入っているのでしょうか。

オーサキ:エピソードについては実際にあったことが大いに入っているので、フィクションかというと「半フィクション」というのが正しいと思います。ただ、作中で同僚の実名を出すのはまずいので「北斗の拳 イチゴ味」のキャラクターから名前を借りています。たとえば「サウザー」という人物が出てきますが、「北斗の拳 イチゴ味」のサウザーと性格が似ているので、作中でその呼び名を使っています。

――主人公の「オレは雲! 金や名誉とは無縁の自由人 面白おかしければそれでよし」という考え方が印象的でした。こういう姿勢は、人生を少しでも楽しくするために役立ちそうです。

オーサキ:主人公は自分を「雲のジュウザ(「北斗の拳 イチゴ味」の登場人物)」と名乗っているのですが、彼なら人生をそうやって考えるだろうなと。

お金も名誉も実体がないものです。そしてその人が自由かどうかは、これらがあるかどうかではなくて、心のありようで決まる。少なくともお金や名誉はゴールではないというのは、いつも心に留めています。

――捕鳥も警備も探偵もかなり過酷な仕事ですが、主人公はすべてを楽しむ姿勢で取り組んでいます。こうしたメンタリティを持つためのアドバイスをいただければと思います。

オーサキ:私はこれまでに数えきれないほどドロップアウトしてきました。大学は中退ですし、たくさん転職もしています。

だけど、職業に貴賤はないですし、どんなことであっても、無駄な経験なんてなくて、すべてに意味がある。私の場合は、そこに気づいてからどんな仕事も楽しくやれるようになりましたね。

――作中に出てきた「捕鳥」の仕事はかなり珍しい仕事ですね。手づかみでニワトリを捕まえて、カゴに入れていくという作業なのですが、ニワトリを出荷するときに発生する作業ということでしょうか。

オーサキ:そうです。当時、私生活でいろいろあって、「頭を使わず、汗を流してスカッとする仕事がしたい」と思っていたところに求人があって飛び込んでみました。

――職場での人間関係に戸惑いながらも、仕事を効率的にこなすために肉体の鍛錬を始める主人公はたくましいですね。

オーサキ:普通ならそこまでしないかもしれませんね。私は昔から「人の動き」そのものに興味があって、水泳でも陸上でも、効果的な身体の動かし方をよく観察していました。同じようにニワトリを効率的に捕まえるためにはどうすればいいか、ということを研究するようになったんです。

(後編につづく)

わたし、探偵になっちゃいました

わたし、探偵になっちゃいました

謎の求人、鶏舎での「捕鳥」。警備会社での孤軍奮闘、仲間との絆、裏切り、そして決別…。ろくでなしのオヤジは、なぜ「探偵」になったのか。北の大地を舞台に繰り広げられる、スーパー破天荒な人生の物語。ちょっとだけ平凡をはみ出した男の、実話のような作り話。

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