だれかに話したくなる本の話

教師のブラック労働化を引き起こす「正論」とは?

長時間労働に加えて休日出勤は当たり前。
いまや教師はすっかり「ブラック労働」で知られるようになってしまった。

ただ、そのブラック労働の中身については「業務量の多さ」ばかりが注目されるが、本当に注目すべきは教師の仕事の「質の変化」なのかもしれない。

■「子どもの命を守る教育」がもたらしたもの

学校と教師の仕事がかかえている質的な問題とは何か。(中略)この問題が厄介なのは、そこに誰も反論することのできないような「正論」が展開されていることだ。(p.12)

教師として高校教育の現場を長く見てきた喜入克氏は、著書『教師の仕事がブラック化する本当の理由』(草思社刊)で、教育現場で共有される「正論」こそが、教師の労働のブラック化の背景にあると指摘している。

正論があるのであれば、それに従って教育をすればいいのではないかと思えるが、話はそう単純ではない。

ここでいう「正論」とは、世の中が暗に学校や教師に期待していること、とも言いかえられるだろう。その一つが“「子どもの命」を守る教育が学校教育の最高の価値である”というもの。つまり、学校では子どもの命を守る教育が最優先である、ということだ。これは子どもに対する校長講話でも話されるトピックであると同時に、校長から教師への訓示でも語られる。

まさしく正論だ。異議がある教師はいないだろうし、一般的な価値観も同様だろう。しかし、この正論が現場を苦しめ、混乱させてしまっている。

「子どもの命を守る」ことが最優先となった教育のあらわれとして、私たちが目にするのは「危険な遊具の撤去」や「臨海学校の中止」といったものだろう。これは、子どもの命を守る、という正論が、危険はあらかじめ排除してしまおうという方向に働いた一例だ。そこでは遊具で遊ぶことや臨海学校の教育的側面は考慮されない。子どもの命の価値が突出して、それ以外の教育的価値が切り捨てられてしまっているのだ。

■教師を疲弊させる反論できない「正論」

では、この価値観が教師のブラック労働化にどうかかわっていくのだろうか。
たとえば、新学期に学級開きをする時や、クラス替えの際、最近の学校では生徒が病気や障害、発達障害を抱えていないか、食物アレルギーはないか、家庭での虐待や健康不安はないか、入念に調査するという。そして、問題があれば関係する諸機関と連携して指導する。これだけでも、教師には大変な負荷がかかる。

また、生徒が家出した際は、その生徒は自殺するおそれがあるとみなされ、校長や教頭など管理職から教師に徹底的な捜索が指示される。教師たちはあらゆる伝手をたどり、警察の捜索に協力し、行政への報告文書を作成する。その間、通常の学校業務がすべて止まるほどの騒ぎになってしまう。同様に、学校でいじめを受けた生徒も「自殺する可能性あり」と見なされ、その生徒を一人にしないために、学校側の指導の手間は際限なく膨らんでいく。

「子どもの命を守る」という価値観は絶対的に正しい。その一方で、子どもの食物アレルギーの調査や、家出した子ども捜索を行うべきは本当に学校や教師たちなのだろうか、という点には議論の余地があるだろう。教育の現場で起きていることを見ると、正論が共有されている一方で、「その正論のためにどこまでやればいいのか」という線引きがされていないために疲弊していく教師たちの姿が浮かび上がる。

反論の余地がないからこそ、その実行を担う教師が苦しむ。こうした正論は他にもあるという。

人間に限界がある以上は、教育にも限界がある。(中略)ところが今、人々は、その教育の限界に目を向けず、まるで科学技術の進歩を信じるように、教育の進歩とそのバラ色の未来を信じようとしているのではないか。(p.188)

喜入氏はこんなことを書いている。世の中が教育に求めるものは増え続け、それは確実に教師にのしかかる。教師の労働量の問題は、現場で起きている質の変化に目を向けることなしに対処することはできない。本書で明かされている「正論」の数々と、それが端緒となる悪循環は、教育に携わる人だけでなく親や地域の大人たちにとっても他人事ではないのだ。

(新刊JP編集部)

教師の仕事がブラック化する本当の理由

教師の仕事がブラック化する本当の理由

「生徒の命を守る」「開かれた学校」「アクティブ・ラーニング」など、誰も反対できないような「正論」を掲げて、学校の運営をはかる管理職たち、それを推奨する学校行政が、現場の教師たちを追い詰めている。

6つの「正論」が悪循環をもたらす教育現状を嘆いた現役教師からの悲痛な訴えとその解決提案。

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