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【「本が好き!」レビュー】『精霊に捕まって倒れる――医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突』アン・ファディマン著

提供: 本が好き!

「精霊に捕まって倒れる」-いささか変わったタイトルだが、原題"The Sprit Catches You and You Fall Down"の直訳である。さらに元をたどると、モン語の"qaug dab peg"(「カウダペ」)の直訳となる。qaugは「倒れる」、dabは「精霊」、pegは「捕まえる」を意味する。大きな物音などに驚いて身体から抜け出た魂が、悪い精霊によって捕らえられ、身体の方は倒れてしまうことを指している。

何だか詩的な感じだが、実は、この現象は、現代医学の立場から見ると「てんかん」の症状なのだ。
本書は、モン族のある少女が「精霊に捕まって倒れ」た際、それを「てんかん」として捉えたアメリカ人医師と、少女の属するモン族の家族たちとの、2つの文化の衝突を描くものである。原語初版は1997年。その後、15周年記念版が出て、邦訳版はこちらに基づいている。
予想を超えておもしろく、同時に胸を締め付けられる1冊である。

モン(Hmong)族は、中国からベトナム・ラオス・タイの山岳地帯に住む少数民族である。独自の文化を守り、氏族間のつながりを大切にしながら、大国に屈せず存続してきた。
ベトナム戦争の際、ラオスのモン族がアメリカにより兵士として雇われる。米軍敗戦後、彼らは激しい迫害を受け、難民としてタイに逃れた後、約30万人がアメリカに亡命した。
主題となる少女、リアの一家もこうしてアメリカに逃れてきた人々であり、リアは1982年、アメリカで誕生している。

モン族の亡命者は、移住以来、アメリカのコミュニティと摩擦を起こしてきた。米側から見れば、モン族は無知蒙昧で頑固に見え、儀式に動物の供犠を行うことも理解できなかった(町から犬が姿を消すのはモン族のせいだと囁かれた)。モン族の方では逆に、アメリカに行けば仕事につけず、自分たちの宗教を禁じられ、ギャングに襲われたり殴られたりすると悪い噂が流れていた。
医療に関しての齟齬は特に深刻で、そもそもモン族には身体の内部構造の概念がなく、外科手術などもってのほかと思う者が多かった。身体の一部を取られてしまえば、何度生まれ変わっても不具な身体のままになってしまう。
投薬のコンプライアンスも芳しくなく、効くと思えば倍量を飲んだり、ちょっとしたことで勝手に服薬を中断してしまったりする。
病院側としては「扱いにくい」患者で、しかも言葉の壁もある。
そんな中、リアは重度のてんかん患者として病院にやってくる。両親のリアへの愛は疑いようがないが、彼らはリアが「精霊に捕まって倒れている」と思っている。そこにアメリカ式の医療はどうにも収まりが悪い。受診のたびに、彼らは問題を引き起こす。同時に、彼らは薬をきちんと飲ませていないのではないか?との疑いも生じる。衝突が高まって、業を煮やした医療側は、児童保護サービスに通報し、リアは両親から引き離されて里親のところに預けられることになる。
結果的には仲介者の働きもあって、リアは両親のところに再度戻されるのだが、家に戻ってしばらくした後、重大な発作に見舞われる。

リアの病状の合間に、著者は一家の辿ってきた道や、モン族の歴史を織り込む。
一方で、米側の医療者や、モン族とアメリカ人を結ぶ通訳から見た顛末も丁寧に掬い取られる。
当初は頑迷な少数民族と見えていたものが、徐々に医療側の問題もあぶりだされる形になり、問題の複雑さも見えてくる。

異文化と異文化が出会い、理解し合うとはどういうことなのか。
医療が患者に与えるべきケアとは何か。
1人の少女の事例に学ぶべきことは予想を超えて大きい。

リアの両親は一貫して愛情深い。
決して扱いやすい子ではなかったはずだが、心をこめて世話をする。里親に預けられた際には嘆き悲しみ、しばしば面会に訪れる。
重大発作の後、リアは植物状態になってしまう。病院側はもはや余命いくばくもないと告げるが、憤慨した両親は半ば強引にリアを家に連れ帰る。以後、リアは手厚い看護を受けながら、生き続ける。

病院側から見れば、リアの症例は、投薬コンプライアンスにしたがわなかったために、症状が悪化して植物状態に至ったものだった。
だが、リアの家族から見れば、里親のところにやられたり、いらぬ薬を投与したりしたために、リアの魂は身体に戻らなくなったことになる。
(実は、ある意味、両親の思っていたことは正しかったのかもしれない。リアが重大な発作後に脳に損傷を受けたのは、てんかん自体というより、感染による敗血症ショックのせいだったと見られるようだ。しかも、それまでに投与されていたてんかんの薬のために免疫系が弱まっていた可能性があるというのだ。)

著者は終盤近くで、患者の側の「説明モデル」を引き出す、クラインマンの「八つの問い」を紹介している。
1.この問題をなんと読んでいますか?
2.この問題の原因はなんだと思いますか?
3.そうなったのはなぜだと思いますか?
4.この病気は何をすると思いますか?
5.この病気はどのくらい重いですか? すぐ治るものですか。それとも長引きますか?
6.患者はどんな治療を受けるべきだと思いますか? その治療を受けることでどうなれば一番いいと思いますか?
7.この病気のせいでおもにどんな問題がありますか?
8.この病気で一番恐れているのはなんですか?

リアの両親ならどう答えたかも著者は推測するのだが、なかなか含蓄深い。

15周年版のあとがきで、それぞれのその後が記される。
時を経て、本書に関するパネルディスカッションの場で、担当医とリアの父親は心のこもった会話を交わす。「つらい思いをさせて申し訳なかった」と主治医は謝り、「リアのことを気にかけてくれていたことがようやくわかった」と父は礼を述べた。著者がいうところの「共通の言葉」での会話がようやく成立したのだった。

さまざま考えさせられる好著である。

(レビュー:ぽんきち

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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精霊に捕まって倒れる――医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突

精霊に捕まって倒れる――医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突

生死がせめぎ合う医療という場における異文化へのまなざしの重さを、感性豊かに、痛切に物語る傑作ノンフィクション。

ラオスから難民としてアメリカに来たモン族の一家の子、リア・リーが、てんかんの症状でカリフォルニア州の病院に運ばれてくる。しかし幼少のリアを支える両親と病院スタッフの間には、文化の違いや言語の壁ゆえの行き違いが積もってしまう。

モン族の家族の側にも医師たちの側にも、少女を救おうとする渾身の努力があった。だが両者の認識は、ことごとく衝突していた。相互の疑心は膨れ上がり、そして──。

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