だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『残された人が編む物語』桂望実著

提供: 本が好き!

消えてしまったあなたへ━━失踪の謎をめぐる、喪失と再生の物語━━

これは、出版社によるこの作品のキャッチコピーです。

本を読む前にちょっと気になって年間の失踪者、不明者の人数を調べました。
令和元年度の統計によると86,933人でした。男女比率は65%と35%です。あまりの多さに驚きました。

この小説は第一話から第五話が連作的に語られ、失踪者当人とそのあとに残された者たちを巡る物語となっています。この小説では、5編ですが現実は、86,933編の物語です。この数値に驚かない人はいないでしょう?

第一話「弟と詩集」、第二話「ヘビメタバンド」、第三話「最高のデート」、第四話「社長の背中」、第五話「幼き日の母」のタイトルが付けられています。

第一話の怒りっぽかった弟から大学時代のバンド仲間、優しかった夫、憧れの上司であり恩人、大好きだった母親など、失踪人を捜して、行方不明者捜索協会を訪れる依頼人たち。行動をともにする協会の西山静香が、消えた人の人生の痕跡をもとめて「物語」を紡ぐ。

丹念に足取りを追って明かされる、失踪人たちの秘められた人生とは何だったのか?
喪失や不安を抱えて残された家族、友人たちが立ちすくみ、あらたな一歩を踏み出す物語。

ごくごく日常的な「小さな」お話のなかに突然家族や親しい友人が行方不明なった、失踪したと告げられたとしたらそれは忽ち「大きな」話となり、それを完結させるにはさらにひとまわり大きくした「物語」に繋げ、纏める必要に迫られるでしょう。この作者のそれは、匙加減が絶妙でついついその大きな話に引き込まれてしまう。そしてその話を聴かされるのは作中のあとに残された家族であり友人たち、そして勿論、読者です。

これは、ドラマや、映画化されたら行方不明者捜索協会の西山静香に扮する女優は誰が良いかと?二人が浮かびました。木村多江、と深津絵里です。どちらかと言えば木村多江かな?と思いました。そういうふうに想像しながら読むのも楽しみのひとつかと思います。

この連作短編小説には、すべてに捜索協会の西山静香が登場して依頼者に寄り添って不明者の捜索と究明に丹念に、冷静に対処します。この捜索の仕事に転職してきた若者に西山は次のように語ります。

「この仕事はね、丸く収まって目出度し目出度しとなることは、滅多にないのよ。この仕事に期待し過ぎないで」

そしてラストの第五話では、その西山本人の母親の失踪の話が登場します。静香の夫が彼女に語るシーンが涙を誘います。

「真実なんて誰にもわからないんだよ。だったら好きな物語を、大切にしていけばいいじゃないか。僕は静香が作ってくれた、僕の物語が大好きだよ。その物語のお陰で、過去に囚われずに生きてこられたって思っている。だからいいんだよ。真実なんてどうだって。好きな物語をを大切にすればいい」

「幸せな家族はいずれも似通っている。だが、不幸な家族にはそれぞれの不幸な形がある」というレフ・トルストイのアンナ・カレーニナの冒頭の文章を思い出しました。

「ヘビメタバンド」、「社長の背中」を特に印象深く読みました。最後の「幼き日の母」は西山静香というひとりの女性の生い立ちから現在までが紐解かれ、それに生涯の伴侶である夫の話も語られ落涙ものです。久々に心温まる家族小説を読ませていただきました。おすすめです。

(レビュー:ウロボロス

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残された人が編む物語

残された人が編む物語

消えてしまったあなたへ――
突然の失踪。動機は不明。音信は不通。
足取りを追って見えてきた、失踪人たちの秘められた人生。
喪失を抱えて立ちすくむ人々が、あらたな一歩を踏み出す物語。

この記事のライター

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