だれかに話したくなる本の話

顧客に愛され500着のスーツを売った経営者のたった一つのシンプルな営業哲学とは?

仕事をしていれば、建前や社交辞令、「嘘ではないけれど100%本当のことではない」といったことを口にしたことは一度や二度はあるはずだ。しかし、そんなとき「正直」になれていない自分を嫌になったり、そんな仕事を辛いと思ったりすることはないだろうか?

「正直者はバカを見る」という言葉もあるが、「バカ正直」を貫いて、アパレルのトップ営業になり、オーダースーツの会社を立ち上げて多くの顧客に愛され、会社を成長させているのが株式会社muse(ミューズ)代表取締役であり、『営業は「バカ正直」になればすべてうまくいく!』(SBクリエイティブ刊)を上梓した勝友美氏だ。

勝氏は営業時代には一年間で500着のスーツを売り、現在、muse(ミューズ)の一着20万円のオーダースーツも飛ぶように売れている。その秘訣は小手先の営業テクニックなどではなく、シンプルに「正直になること」だという。

彼女が貫く「正直さ」とはどのような思いから生まれているのか。
インタビュー前編となる今回は、株式会社muse(ミューズ)で体現される正直さと、多くの人が正直になれない理由についてお話を伺った。

(取材・文:大村佑介、写真:森モーリー鷹博)

――ご著書には、勝さんはスーツを作りにきたお客様に「どんなスタイルのスーツが好みか」ではなく、「なぜ、muse(ミューズ)に来たのか」「仕事における現状は?」「これからどうなりたいか」をヒアリングされるというお話がありました。その質問になぞらえて「なぜ、本を出したのか?」「仕事における現状は?」「これからどうなりたいのか?」を教えてください。

勝友美さん(以下、勝):「なぜ、本を出したのか」の一番の理由は、どういう思いでスーツを作っている会社なのか、muse(ミューズ)という会社を知っていただきたかったというところです。

その中で、自分の思いに真っ直ぐに生きるというところがフィーチャーされることになったので、読者の方が「自分にとって大事にしたいものはなんだろう」とか「自分が生きる上で何に感動して、何を大切にしたいのか」ということを見直すきっかけになってもらえたら、嬉しいですね。

「これからどうなりたいか」でいうと、まず「100年先まで続くブランドをつくる」ということです。

訪れることに価値があるお店をつくりたい。そういうお店って、学びや教育がある場だと思うんです。それとまた会いたいと思える人がいるかどうか。この二点を実現し続けていきたいですね。

もう一つ。人だからこそできる仕事というのを提唱していきたいなというのがあります。
オーダースーツは、機械化と海外縫製が進んで簡略化されていっています。でも、本来オーダーメイドって簡略化するものではなくて、服をつくる目的をしっかりヒアリングして、ビスポーク(既存のものの改変、新調)するものですよね。

なのに、どんどん簡略化されていって、結局、お客様の目的に沿った商品を提供できず、顧客満足度の低下という悪循環が起きていっているんです。
そういった中で、日本は技術伝承がうまくいかなくなり、採寸力と縫製力が低下しているという現状があるのですが、そこで自分たちの会社が、働く人たちとその関係者とお客様の三位一体の「ヴィクトリー」を導ける企業になっていきたいと思っています。

「仕事における現状」は、「女性に服を」という理想と現実がちょっとずつ追いついてきているのかな、というところです。

女性活躍推進が進む中で、レディースのオーダースーツというものはまったく日本で波及していませんでした。オープン当初は、女性のお客様は、月に一人二人とかでほとんどいなかったんですよ。それが、今は半分近くが女性客になって、ようやく自分が思い描いていた理想に現実が追いついてきたところです。

それとこの業界には女性テーラーが少ないという現状もあったので、私が女性テーラーとして先陣を切って女の子たちを育てていって、女性が自分らしい生き方を求められるようになれるようにという思いがありました。
男性テーラーが女性の服を作れないわけではないんですけれど、残念ながら満足度は低いんですよね。

――男性と女性でスーツに求めるものとして一番違うのはどこですか?

勝:女性はやっぱりシルエットとか、見た目のテンションですよね。自分でコーディネートするワクワクとか楽しさとか、そういう感覚的なものをすごく求めています。

男性は自分が求めているものがわかっていないことが多いです。コーディネートもどうしたらいいか。だから、来店される方も「お任せします」とか「助けてください」という方が多いです(笑)。

――勝さんご自身は、ご自分の着る服にどういうこだわりがありますか?

勝:自分のテンションです。そのときに自分がワクワクするかどうか。
女性は特にそうだと思うのですが、心のコンディションってとても大事なんです。

お客様の前に立つときって、自信がみなぎっているかいないかなんですよ。
それが自分の言葉やオーラに出ます。言葉は人生を変えるし、世の中をつくっていく、すごく影響を与えるものだと思うので。だから、私は自分を喜ばせてあげるものを着ます。それが「自分が一番カッコイイ」と思える自分ですから。

――確かに男性はそれが苦手ですよね(笑)

勝:来店された男性のお客様にもそういう話はします。人生のターニングポイントに立っているとき、何かを決断しないといけないとき。そういうときに一番大事なものって、私は自信と勇気だと思っているので。

だったら、それを人に宿す仕事をしたい。そういう気持ちで私たちは仕事をしています。
muse(ミューズ)でした買い物が、単に服を買ったということではなくて、ここで買い物をして自信を得て帰ったっていう。それが私たちの会社のミッションなんですよ。

――書籍のテーマでもある「正直」ということについてお聞きしたいのですが、どうしても正直になるのが怖い、思ってしまうことがあるんですが……

勝:そのストッパーが私にはないんですよ、まったく(笑)

――それがすごいですよね(笑)。スタッフの方や来店されるお客様で「正直になることを怖がっているな」と感じる方はいますか?

勝:自信がない方の場合は特に感じますね。過度な迎合をされている方とかを見ると「自信がないんだろうな」とわかってしまう部分はありますね。

――「正直になれない理由」はどこにあると思われますか?

勝:やっぱり「自信がない」「いいカッコしたい」「人の評価を気にしている」「それを覆せるだけの信念を持っていない」という四点だと思います。

自分がどんな思想で生きて、何を大事にしているかっていうのは、別に人が評価するものでも答えがあるものでもなくて。ただ、本当にそうやって生きているのかどうかって言われたときに、そうやって生きるのはなかなか難しいと。

人ってやっぱり判断の目で生きているので、評価を気にしますよね。好かれるか嫌われるか、損か得かということばっかりで頭で考えて話しているので。

――たとえば、「迎合する」とか「損得を考える」ということに対して正直になる、というのもひとつの生き方としてアリだと思いますか?

勝:それはアリだと思います。
私も弱い自分がいないわけではありません。ただ、何に正直になっているかって言うと、「やりたくないことをやらない」「思っていないことを言わない」というだけで、自分の心と発言と行動が一致していることが、正直に生きるということだと思うんですよね。

――「この人は正直ではないな」と感じるのはどんなときですか?

勝:たとえば、「ボランティアでやっているんです」って言いながら裏でフィーをもらっていたり、大義を語っているのにすごくお金を使って豪遊していたりする人とか…。遊んだらダメとかフィーをもらったらダメとかではなくて、裏表の問題だと思うんですよね。

オーダースーツ屋さんでもありますよ。時間短縮をして簡略化したオーダースーツがあったとしたら、「クイックで便利」と謳ったらいいと思うんですよ。なのに「世界で一着、あなただけのオンリーワンのスーツ」って言うんですよ。
それって違うでしょって思う。だったら、「安いけどオーダースーツの体験ができますよ」って言ったらいいのにって。

だから、私は「時間がかかります。納期もほとんど短縮できません」と言います。むしろ職人さんたちに納期を早めてくださいと言うことは、良い服をつくらないことなので言いたくないし、言えないです。

結局、それって自分たちがやっていることに自信がないからだと思います。
クイックなスーツ屋さんを非難する気持ちはまったくありません。オーダー経験したことがなくて3万円くらいで自分に合うスーツを着てみたいなって考えている多くの人を救っているわけですから、それはそれでいいよねって思うんです。
でも、それが言えない理由って、結局、自信がない以外に何もないんですよね。

(インタビュー後編に続く)

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この記事のライター

大村佑介

大村佑介

1979年生まれ。未年・牡羊座のライター。演劇脚本、映像シナリオを学んだ後、ビジネス書籍のライターとして活動。好きなジャンルは行動経済学、心理学、雑学。無類の猫好きだが、犬によく懐かれる。

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