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「人に奢る」のは一番簡単な「お祓い」!? 日本に伝わる「祓い」の実践方法

葬式に参列し、帰宅をした際にはお清めのための塩をふる。
初詣に行った際には御守りを買う。

このように、特に何かを特定の宗教を信仰しているわけにも関わらず、習慣で何かしらの「お祓い」を日常生活の中でやっていることが多い。

この「祓い」の根本にあるものを知りたければ、辞書で「払う」と引けば分かるだろう。そこでほぼ同等の意味が見出せる。
「祓い」とは邪魔なもの、害を為すものを除く「振り払う」行為であり、汚れを清めるための行為。
また、金銭を渡す「支払い」も実は「祓い」なのだという。財物を差し出す行為はあがないに通じ、知らずに犯してきた罪を清める行為と考えられている。なので、一番簡単なお祓いは、人に奢ることである。

こういった「お祓い」について、塩、香、鏡、石、水、砂、鋭、粧、食、浴、緑、音、幣という13のお祓いアイテムの理念と実践するための方法を教えてくれるのが、『お祓い日和』(加門七海著、メディアファクトリー刊)だ。

■なぜ「祓い」には塩を使うのか?

お清め、盛り塩など、数あるお祓いの道具のうち、もっとも身近に見聞きするのが「塩」だろう。

「塩」は一般的には神道的なアイテムと理解されているが、実は祓いに用いる作法は神道から出たものではないと本書で著者は指摘する。日本の民俗・精神性そのものから出てきた手法なのだそうだ。
ゆえに、宗教を問わず、日本では塩をお清めとして用いてきたのだ。葬儀のとき、清め塩が出されるのがその典型ではないだろうか。

ただ、塩にも種類がある。塩の祓いに用いるものは、精製塩ではなく、海水を煮詰めた粗塩がいいと著者。粗塩は海という水から生まれ、火によって作り出されたものである。水と火は生命の根源であり、人智の及ばない原子の力。同じく人智の及ばない災いを祓うには相応しいということのようだ。

塩を用いた「祓い」の方法で一番簡単なものといえば、「ふりかけ」である。
どこかに行って、気分が優れないと感じたら、玄関に入る前に塩をふる。風水において、玄関は人体の口に当たるとされているので、悪いウイルスは屋内=体内に入らないうちに処理するのである。

著者によれば、その方法に厳密な決まりはないそうだが、それでも「どうふりかければいいのか分からない」という人もいるだろう。
本書ではそのための方法をいくつか紹介されている。

「幣(ぬさ)」などを用いた神道の祓いでは、右・左・右・左と祓うのが一般的。これに倣い、塩も左肩・右肩・左肩と振りかける方法がある。
また、沖縄では、何かに取り憑かれたと思ったときは、頭頂にひとつまみの塩を置き、同時に舐めるという方法をとるという。足許に塩を撒き、踏んで入るという人もいるし、塩を舐めずに噛むというやり方もある。
もちろん他の方法もあるだろう。昔から用いられている方法ゆえに、バリエーションも豊富で、郷土色も様々なのが「ふりかけ」なのだ。

■「祓い」と「招き」という2つの相反する効果を持つ「音」

もう一つ「音」について触れよう。
「音」には祓いと招きという、相反する2つの効果がある。たとえば、中国文化圏では、祭りや旧正月に爆竹を鳴らす。これは魔物が嫌うからである。拍手にもこれと似た作用がある。気になるところ、暗く見える部屋の一角などで拍手を打つと、ある空間だけ音が濁ることがある。そこで何度も手を打ち鳴らすと、だんだん音が澄んできて、同時に部屋も明るくなる。

反対に、「夜に口笛を吹くと蛇が来る」「風鈴は夜には片付けろ」など、時と場所によっては神仏・魔物・見えないモノを引き寄せる作用が音にはあるので気をつけなくてはいけない。
「音」を祓いに用いる場合は、静寂の中で、その音の本質的な力を知ったのち、相応の場所と時間で使うようにしなければいけない。気軽にできる音の祓いは、気軽な分、リスクも多いということだ。

著者の加門七海氏は、日本の宗教観の根本にあるのが「お祓いだ」と述べている。日常生活の中での何気ない動作や行動の中にも「お祓い」に所以するものも少なくないことが本書を読むと分かる。手軽に実行できるさまざまなお祓い方法も記されているので、興味のある方は試してみてはどうだろう。

(新刊JP編集部)

お祓い日和 その作法と実践

お祓い日和 その作法と実践

深くて広いお秡いの神秘と謎に加門七海が答える。

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