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大観衆の拍手はどうしてひとりでに揃うのか? 不思議な「シンクロ現象」の正体

コンサートや演劇、スポーツ競技や大規模なプレゼンテーションなどで多くの観衆が拍手をするシーンを見ていると、何百人、何千人、ときには何万人もの拍手のリズムがシンクロすることがある。
拍手のリズムは人それぞれ違うはずなのに、いつの間にか、ひとりでに揃ってしまう。普段はあまり気に留めないかもしれないが、考えてみれば非常に奇妙な現象だ。

こうした現象は自然界でも起こる。コオロギの鳴き声、ホタルの明滅などは、なぜか全体が同じリズムを刻むようになっているのだ。

そんな不思議な「同期(シンクロ)現象」の謎に迫った一冊が、『非線形科学 同期する世界』(蔵本由紀著、集英社刊)だ。
本書では、**全体が部分の総和としては理解できない現象、いわゆる「非線形現象」**の研究を軸に、自然界、社会、人体などに表れる「同期現象」が起こるメカニズムが解説されている。

■なぜ、大観衆の拍手はひとりでに揃うのか?

東欧の科学者たちが行った「拍手」に関する研究がある。静かな環境下での一個人に拍手をしてもらい、そのリズムの統計的性質を調べたところ、拍手には「遅いモード」と「速いモード」の二種類があることが明らかになった。

「遅いモード」の拍手では、人は一秒間に二回ほどのペースで手を叩く。個人差などによるバラつきの幅は周期の平均値と比較するとかなり小さい値に留まるという。つまり、かなり規則的なのだ。
このモードの拍手は、公的な演説などに対して、礼儀正しく賞賛を表明されるために用いられることが多いようだ。

一方、「速いモード」の拍手では、一秒間に四回、「遅いモード」の倍の速さで、規則性も前者に比べれば劣る。こちらの場合、個々人がその感動を自由に表現しようとするときに用いられるという。

コンサートなどの感動的なパフォーマンスの後の拍手は、最初はバラバラに十秒ほど続いた後、ひとりでに同期し始める。しかし、その状態が十秒から二十秒続くと、再び拍手にバラつきが出始める。
つまり、「速いモード」から「遅いモード」へと移り、その状態が少し続くと、またモードが移っていく。その繰り返しが行われるのだという。

このモードの変換をデータで解析し、強弱の変化を時間的に平均化すると、その音量は拍手が揃うことでかえって小さくなるのだという。
これは熱烈な感動の意思を表明するにはふさわしくない状態だ。これが持続すると会場の雰囲気は白けるかもしれない。だから、再び速いモードに戻ろうとする――。
研究者たちは、そのような心理的作用があるのではないかと解釈しているのだという。

■コオロギとカエルの「同期」の戦略

都心から離れた自然の残る住宅街や田舎に行くと、夏から秋にかけて風情のあるコオロギやカエルの鳴き声を耳にすることができる。

しかし、両者が生物として真逆の「同期」の戦略をとっていることに気付いている人はほとんどいないだろう。それは集団における「鳴くリズム」の違いだ。

オスのコオロギは、二枚の前翅をこすり合わせて「鳴き声」を出すが、二匹以上が寄り集まると「同相同期」の効果により、リズムが強化され、規則性も向上する。そのため、メスを効果的に引き寄せられると考えられている。

一方、カエルはコオロギと違ってグループでメスを引き寄せることはしない。一匹一匹のオスが個別に自分の居場所を知らせるために鳴くのだ。そのため、近くにいるカエルとは、できるだけ鳴き声が重ならないように鳴く。この重ならないように反対に同期をすることを「逆相同期」という。

本書では、人間の心理、自然界の戦略をはじめ、人間の生命維持活動、インフラネットワーク、最新のロボット制御システムなどに見られる「同期現象」が紹介されている。

「同期」の科学は、近年注目されている複雑系ネットワークのように、異分野を横断的に統合する概念として多くの可能性を秘めている。少々難解な概念だが混迷する社会やシステム、まだまだ未知な部分が多い人間の生物的機能への理解を深める知識として触れてみると面白いかもしれない。

(ライター/大村佑介)

非線形科学 同期する世界

非線形科学 同期する世界

驚異の現象「同期」の謎を解く。

この記事のライター

大村佑介

大村佑介

1979年生まれ。未年・牡羊座のライター。演劇脚本、映像シナリオを学んだ後、ビジネス書籍のライターとして活動。好きなジャンルは行動経済学、心理学、雑学。無類の猫好きだが、犬によく懐かれる。

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