だれかに話したくなる本の話

電車での座り方で「ビジネスパーソンとしての格」が見える

提供: 新刊JP編集部

最近、引っ越しをしました。新刊JP編集部のオオムラです。

普段は在宅仕事が主なので電車に乗る機会は多くないのですが、引っ越しにともなう事務手続きや残務処理などで、いつもより電車を使っています。
ところで、電車内での立ち居振る舞いには、その人の性格的な部分がわりと出るものです。

つい先日、東京都内の某地下鉄に乗っていたときのこと。

車内は大変空いており、立っている人はゼロ。
七人掛けの座席それぞれに座っているのも一人か二人程度。
途中、停車駅に着くと数人が乗車。
一人の背広姿の男性が、私の座っている座席の二つ隣に掛けました。

問題はその座り方。
**「ドスン」と座るのです。**尻を自由落下させる感じと言いますか、マフィアの幹部クラスがソファに掛けるときのように「ドスン」と座るわけです。

そうなると、けっこうな振動が私のところにも届くわけですが、こういった座り方を近くでされるとビックリしてしまいます。人によっては横柄に感じて不快になるかもしれません。

「ドスン座り」をする人はたまにいますが、いつも思うのは「この人はいつでもこういう座り方をするのかな」ということ。
たとえば、満員電車でも同じなのか。飲食店や公共の場での椅子やベンチでも同じなのか。たぶん、程度の差はあれ、あまり変わらずにこういう座り方をされるだろうと思います。

では、自分より目上の人がいる場やビジネスの取引先の相手がいる場ではどうなのか?
おそらくですが相手に気を使って「ドスン座り」はしないでしょう。

そうやって考えていくと、「ドスン座り」をする人は、「自分にとって重要な相手以外には気を使わない人」なのかもしれません。 さらに穿った見方をしていくと、こういう座り方をする人は、部下に対して尊大に構えたり、コンビニや飲食店の店員に横柄な態度をとったりする人なのでは、と思ってしまいます。

心理学では**「自分を大きく見せようとする動き」「自分のことを誇示する言動」は、「自信や心の余裕のなさ」の表れ**だと、よく言われるようです。
つまり、「ドスン座り」は、その人の器の小ささや格の低さを端的に示してしまっているのではないか。座り方一つからそんなことを考えてしまいます。

話は飛びますが、以前、「経営の神様」こと松下幸之助の研究をしている方から、ある逸話をお聞きしました。

とある少年が電車に乗っているとき、松下幸之助を見かけたそうです。当時、すでに世間的に顔も名前も知られた有名人だったので、その少年は思い切って話しかけようとしたそうです。
大した話はできなかったのですが、少年はせめて何かを贈り物をしたいと、たまたま持っていたミカンを渡したそうです。
松下幸之助は、それを受け取って少年にお礼を述べ、電車を降りたそうです。

少年が感慨に耽りながら、発車する電車の窓からホームを見ると、まだそこには松下幸之助の姿が。
そして、電車が動き出すと松下幸之助は、窓からその姿が見えなくなるまで、少年に向かって深々と頭を下げ続けていたそうです。

礼節や気づかいを重んじる立ち居振る舞いを、相手や状況に応じて変えない人はというのは、ビジネスパーソンとしての格が違うなと思わせるエピソードです。

話を戻しますが、「座り方」というのは、ごく日常的な動作であるだけに無意識にその人の本音や性格が表れます。

そんな何気ない動作で本音や性格が露呈し、ビジネスパーソンとしての格が透けて見えるのかと思うと油断はできません。
そういったことが見透かされない「座り方」はないものでしょうか?

ひとつあります。「正座」です。

「足を広げて座る」「足を組む」「浅くor深く腰掛ける」などが示す心理傾向は、その手の書籍を読むとよく出てきますが「正座」がどんな心理を示すのかを書いているものにはお目にかかったことがありません。

しかも、正座なら、背筋もピシッと伸びた礼儀正しい印象を与えることができ、品格に溢れています。

どうでしょう、皆さま。電車の中で、会社のトップ層が居並ぶ会議の場で、取引先の会社での打ち合わせで。あらゆるビジネスシーンで「正座」を貫いてみてはいかがでしょうか。
きっと、ビジネスパーソンとしての格が高まるに違いありません。

私はこれまで通り、フツーに座りますけど。

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この記事のライター

大村佑介

大村佑介

1979年生まれ。未年・牡羊座のライター。演劇脚本、映像シナリオを学んだ後、ビジネス書籍のライターとして活動。好きなジャンルは行動経済学、心理学、雑学。無類の猫好きだが、犬によく懐かれる。

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