だれかに話したくなる本の話

「自分も動けない人間で、それがコンプレックスだった」伊藤羊一氏はなぜ変われたのか?

孫正義氏から認められたプレゼンの技術を通して、分かりやすく物事を伝える考え方をつづった『1分で話せ』(SBクリエイティブ刊)が、2018年のベストセラーとなったYahoo!アカデミア学長の伊藤羊一氏。

そんな伊藤氏の新刊となる『0秒で動け』(SBクリエイティブ刊)が8月22日に刊行された。今回のテーマは、タイトルの通り「動く」。すぐに動くことが良いと分かっていてもなかなか動けないと悩む人が多い中で、伊藤氏はいかにして「動く」技術を身に付けていったのか。お話をうかがった。

(聞き手・執筆/金井元貴)

■当たり前のことだけど誰も言語化できなかった『1分で話せ』

――まずは前著『1分で話せ』について伺いたいです。伊藤さんにとって2冊目となる『1分で話せ』は33万部を超えるベストセラーになり、2018年を代表するビジネス実用書となりましたね。

伊藤:僕はいろいろなことをミュージシャンと比較するのが好きなんですが、Mr.Childrenが2枚に出したシングル『抱きしめたい』が6万枚なんですよ。だから約6倍売れたのか!と。ただ、ミスチルは4枚目のシングル『CROSS ROAD』でミリオンヒットを記録するんですけどね(笑)。

『1分で話せ』が出た後、誰に読まれていて、どんな評判なのかずっと見ていました。
皆さんの声をまとめると3つ。まずひとつめは、「分かりやすい」。僕自身、中学生でも理解できるように話せ、と言っていますから、自分ができていないと話にならないのですが(笑)、すっきり、分かりやすい本になったと思います。

ふたつめは特にコピーライターやラジオの構成作家、アナウンサーといった言葉のプロの方々からよく言われたことで、「自分たちが持っているスキルを分かりやすく明文化している」ということです。彼らは複雑な事象を分かりやすく伝えるプロだけど、自分がもつ技術を人に教えようとしてもなかなか上手く伝わらない。かつて長嶋茂雄さんが「ピシっとして、パーンと打つ」と打撃指導をされたそうですが、感覚的にできていることって言語化が難しいんです。その感覚的なことを分かりやすく説明しているということをよく言っていただきました。これがふたつめです。

――感覚的なものをロジカルに表現できている。

伊藤:そういうことですね。最後は、書籍タイトルが強烈だということ。この3つです。

なぜこの本を自分が書けたのかというと、自分でプレゼンをするだけでなく、他者のプレゼンの稽古をつけるということを多数やってきたからだと思います。自分だけならスキルを言語化する必要はないですが、誰かに指摘をして行動を変えてもらうためにはまずわかりやすく言語化して、伝えないといけませんからね。

ただ、僕にとっては極めて当たり前のことしか言っていないので、出す前はこれで読者は満足してもらえるだろうか、と少し心配でしたが、実際はその部分が一番求められていたということなのだなと感じました。

――新刊『0秒で動け』も読ませていただいて、言葉がすごく柔らかい本だと感じました。ビジネス書の中には「こうしろ、これをやれ」という強い文体の本が少なくない中で、「読者に寄り添う」と言いますか、読み手の立場に徹するような書き方をされています。

伊藤:そう言っていただけると嬉しいです。まさに僕の仕事は「人に寄り添うこと」だと思っています。誰かに分かってもらうためには、相手の目線と同じレベルで寄り添うことが大事です。

実際、「伝える」「伝わる」だけでは不十分なんです。伝わって、その人が動くのがゴール。「こうすればいいよ」ということは誰でも言えるけれど、実際に動くとなると大変じゃないですか。
だから、「自分もつらかったけれど、俺はこうやって話せるようになったし、こうやって動けるようになったから、それをあなたに分かりやすく伝えます」という視点を常に意識しました。

――事例が豊富というのも特徴です。「同い年の三浦知良選手が俺のライバル」とずっと言い続けた結果、なんと三浦知良さんとの対談が叶うというエピソードも。

伊藤:その対談、先日NewsPicksでオープンになったばかりなんですよ。25年間ずっとKING KAZUがライバル、会いたい!と言ってきました。まさか対談できるとは思わなかったけれど、「外に向けて言い続けたら叶う」というのは本当だなと。

これも「夢は言い続ければ叶う」っていうけれど、頭の中で考えただけだと説得力がないですよね。所詮はあなたの頭の中だけで考えたことでしょ?って。でも、実際にこうしたら上手くいったのならば、それは1つの事例に過ぎないかもしれないけれど、叶っているという点においては100%正しいんですよ。そういう実例をたくさん本書に交えました。

■「僕自身、好奇心が皆無といっていいような動けない人間だった」

――前著は「話せ」、そして本書は「動け」がテーマです。読者層としてはどのような人たちを考えていますか?

伊藤:人間には2つパターンがあって、動ける人と動けない人です。動ける人は何も言わなくても自分でどんどん動くので、この本を読む必要は、あまりないかもしれません。

もう一方の動けない人。もっと言うと、仕事に手をつけるのが遅かったり、「面白そう」ということがあってもなかなか乗れなかったり、誘われてもなかなか行動できなかったりという人ですね。

仕事においても、学びにおいても、遊びにおいても、「やってみたい」と思うことってあるじゃないですか。でも、それを経験するには、「恥ずかしい」「失敗したらどうしよう」というハードルを越えないといけなくて、そのハードルの前で足踏みしている。こうなると、経験も積めないし、成長も鈍っちゃう。そういう方々に読んでほしいです。

僕もそうだったんです。例えば高校1年生のとき、友人からサーフィンに誘われて、行きたい気持ちはあったけど「恥ずかしいな」と思って行けなかったんです。結局、未だにやったことはありません。その時、機会を逃したんですよね。でも、そういう心理的なハードルはちゃんとプロセスを踏めば越えることはできるんです。

――動けない人は動くことのメリットより、リスクやデメリットが勝っていると思います。その中で動くことのメリットについてうかがいたいです。

伊藤:成長のスピードが違うという点でしょうね。仕事にはマインドとスキルが必要ですが、スキルとマインドだけを鍛えても成長は緩やかです。学びを得たらアクションして振り返る。そして気づきをえる。そういうサイクルを続けることで成長は加速します。

本書にも書きましたが、例えば英語を使って仕事をしたいと思っても、英語を勉強しただけですぐに仕事ができるようにはなりませんよね。行動して実際に外国人とコミュニケーションを取ったり、現地で働いている日本人に話を聞いたり、海外で働く方法について調べたり、と動かないと夢に近づくことはできない。

――マインドを高め、スキルを学んで、アクションして、振り返るという一連の流れはまさにPDCAですよね。

伊藤:そう、PDCAなんですよ。そして、このサイクルの重要な点は、それぞれのパーツごとを鍛えてもあまり意味がないということです。アクションも含めたセットで繰り返すことで、成長が加速する、ということなんですよね。

――また、動くために必要な「好奇心」は鍛えられると述べられていますが、どのように鍛えるのでしょうか?

伊藤:僕自身、もともとは好奇心が皆無といっていいような人間で、それがずっとコンプレックスだったんです。みんなが「えーっ!すごいじゃん!」って言っているものになかなか乗っかれなかったりして。だから、自分がすごいと思っていなくても「すげー!それ、やばくない?」という反応を口に出して言うことで気持ちを盛り上げていきました。

その後、脳科学者の方にそのことを話したら、「まさに、それなんだよ!」と言われたんです。つまり、思っていなくても「すごい」「やばい」と口にすることで、「すごい」「やばい」の主語が誰ということを認識せず、深層心理の中に自然とインプットされていくんだそうです。そこでその事象に「すごい」とか「やばい」という「タグ」がつく。

――私自身も「すごい」「やばい」とあまり言わない人間です。ただ、それでチャンスを逸していると思うことは多いなと感じていました。

伊藤:周囲が「すごい」と言っていても、自分がそう思えなかったらスルーしちゃうでしょ? それは勿体ないことで、他人が「すごい」と言うものには「種」があるはずなんです。その種が思わぬアイデアにつながることもあるから、「すごい!」はキャッチできたほうがいい。「好奇心」と言ってしまうと急にハードルが上がるけれど、みんなが楽しんでいるものを同じレベルで楽しむ、ということを意識するといいですね。

■人間は忙しすぎると成長が止まる

伊藤:また、もうひとつ「すごい!」をキャッチできなくなる状況があって、「忙しすぎる」ときです。忙しくて、疲れてくると情報のインプット量がどうしても減りますね。

僕の場合、『1分で話せ』が出版されてから、講演の依頼が一気に増えたんですね。いろんな人と出会えるし、まあいいかと思って断らないで全部登壇していたら、去年1年間でなんと登壇回数300回近くになってしまいました。

こうなると視野狭窄になって、周りが見えなくなるような気がするんですよ。そのときに感じたことは、「疲れると好奇心がなくなる」ということでした。友人がSNSに「5Gやばい!世の中はこうなるのか」と書いていても、「あ、俺には関係ないや」って思っちゃう。これじゃダメだと思って、登壇の量を一気に落として、今年は200回くらいにとどめています。

――それでも十分多い気がしますが…。

伊藤:でも、以前よりはるかに時間の余裕がありますね。だから気になった事柄を興味をもって調べたりする時間も増えました。

結局、自分の足元に降ってくる情報を掬い上げる力がなかったら成長できません。もっと言うと、成長する機会を逸してしまう。

――好奇心を保つには環境的な影響も大きいのではないかと思うのですが、その点にはついてはいかがですか?

伊藤:好奇心が強いリーダーたちを見てきて思ったのは、環境よりも自分の経験の方が大事だと思いますね。過去に何かしらの経験をして、それがモチベーションとなっていることが多いんです。孫正義さんしかり、楽天の三木谷浩史さんしかり、彼らは若いときに、今に至るきっかけとなることを経験していることと思います。

――孫正義さんも三木谷浩史さんも志の高いリーダーですが、その志の高さを生んだきっかけがあるということですね。

伊藤:リーダーシップ開発の講師をする中で、リーダーシップって何だろうと四六時中考えました。そこから得た結論は、とにかく行動をして経験し、そこから志を鍛えていく、ということでした。

志は自分の経験から生まれる、ということです。楽しかった、微妙だった、成功した、つまらなかった。そういう足元の小さな気づきの中から、継続するものが出てきて、いつの間にか得意になっていた。振り返ってみて初めて「俺、こっちに向かって進んでるじゃん」って思うと、未来に目を向けることができる。そこでにじみ出てくるものが「志」と呼べるものじゃないかと思うんです。

経験がない状態で「志を立てよ!」というのは難しい。だから、足元から掬い上げた様々な経験から楽しいと感じ取れるものを出発点とすべきじゃないかと思います。
では、その経験はどのように生み出されるかというと、行動ですよね。分からなくてもやもやしているなら、動いたほうがいい。そして、動いた結果、それがポジティブだったなら次に進めばいい。そういう風に考えることがまずは大切ではないかと思います。

後編はこちらから

■伊藤羊一さんプロフィール

ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト Yahoo! アカデミア学長。
株式会社ウェイウェイ代表取締役。東京大学経済学部卒。グロービス・オリジナル・MBA プログラム(GDBA) 修了。1990年に日本興業銀行入行、企業金融、事業再生支援などに従事。2003年プラス株式会社に転じ、事業部門であるジョインテックスカンパニーにてロジスティクス再編、事業再編などを担当した後、2011 年より執行役員マーケティング本部長、2012年より同ヴァイスプレジデントとして事業全般を統括。
かつてソフトバンクアカデミア(孫正義氏の後継者を見出し、育てる学校) に所属。孫正義氏へプレゼンし続け、国内CEO コースで年間1 位の成績を修めた経験を持つ。
2015年4月にヤフー株式会社に転じ、次世代リーダー育成を行う。グロービス経営大学院客員教授としてリーダーシップ科目の教壇に立つほか、多くの大手企業やスタートアップ育成プログラムでメンター、アドバイザーを務める。
(『0秒で動け』より)

0秒で動け

0秒で動け

考える前に「結論」は出ている。

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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