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『人口減少社会の教育 日本が上手に縮んでいくために』荻原彰著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

著者(日本社会)が持っている問題意識の前提には「超資本主義」(ロバート・ライシュ、「暴走する資本主義」~NHKの番組で採り上げられたらしい)が日本社会にもたらしている弊害がある。

超資本主義は本書によると、企業が低賃金から競争力を得るしくみで、労働者の立場から見ると収入が減り、子どもの貧困~人口減少~デフレといった救いようのない悪循環となる。

いっぽうで日本の教育制度は地域社会で教育し、育てたトップクラスの人材が中央に出て行ってしまう構図になっている。
日本の経済構造が中央中心で、そこからの資金が地域社会にあてがわれているという現実。
そうした経済構造ゆえ、地方が育てたエリートクラスの人材が大都市圏に奪われ続けるシステム。
これに異議を唱えるというのが本書の骨子のひとつ。

本来脚注に収録するような内容、事例がずらずらと、しかもかなり長文で本文に掲載されているため、そこを割り切ってあるていど飛ばし読みしないと、僕のような人間には苦痛な構成なのだが、地域論としてはとても深い。

経済活動、サービスのなかには医療、教育といった地域内で完結するものがある。
中央に資本、人材が集中する今の日本の状況、人口減少社会の実態では、そうしたサービスもやがて縮小せざるを得なくなり、町あるいは村として成立しない地域も出てくるだろう。

本書はこの部分、特に地域社会消滅への対応に対して正面切った解答は示してくれていないし、それが本書の役割でもないようだ。
しかし題名を見て、それに期待した人も少なくないと思う。

著者は経済分野の専門家ではないようで、この面の専門の方は突っ込みどころがいろいろあると思うが、本書については地域コミュニティー論の視点で読むのが正解。

多用されるキーワードはレイチェル・カーソン(環境保護運動の走りとなった生物学者)が唱えたセンス・オブ・ワンダー。

これは実際に自然に触れることで得られる豊かな感受性……と訳されている。
具体的にモノ、自然と接することで場所への愛着、アイデンティティが醸成される。
著者は、

地域社会で地域コミュニティと教育の場が連携、一体化してゆくことで、地域社会が相応の誇りを持って存続していける

という。
地方の田舎町出身の僕は、これには大いに賛同。

ただし教育の場と地域コミュニティーを結びつける、スクール・コーディネーターの重要性とその増強を主張しているのだが、僕にはこれは唐突な話に思えた。
スクール・コーディネーターという言葉、調べてみると

学校と地域、企業・NPOをつなぎ、外部の講師やボランティアが効果的に子供たちの教育を支援できるよう、様々なコーディネート活動を行い、学校内外の教育活動をサポートする役割を果たす職務

とあった。
果たして、人口減少傾向の地方自治体で、こうしたことに適した人材がどれくらいいるだろうか。

いっぽうで学校制度、教育制度については、市民社会の学校教育との接点を拡大し、教育分野での、専門性の拡張と、それと同調した市民の教育分野での役割の拡大を唱え、そのひとつの解決策として、高等教育への専攻科の導入を拡大してゆくことを提案している。

僕はこの分野、素人なのだが、専攻科というのはユネスコが策定しているフレームのなかでの呼び方で、日本では主に工業・水産・福祉などの専門教育分野を深めることと、社会人の再教育を目的としているらしい。

この専攻科について最後に触れたのは、本書中ほどにちらっと書かれているイギリスの労働者階級とか、ドイツの職人など、学歴とは異なる、人にアピールできる価値観を得ることが、地域社会全体の底上げに役立つということを言いたいのだと思う。
人によってはこの内容、誤解を生むかもしれないが、僕はすっと受け容れられた。

視点がかなり広範囲に分散し、教育の基礎知識が無い僕には読み通すのが辛かったのだが、そもそも本書でいう「超資本主義」が当たり前と考えている自分にとって、ここで触れる必要がある内容だったとも思う。

(レビュー:四次元の王者

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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人口減少社会の教育 日本が上手に縮んでいくために

人口減少社会の教育 日本が上手に縮んでいくために

日本をより住みやすい国、人々の幸せを実現する国へと導くような教育へと能動的に対応していくことが求められている。

教育のあり方を思考することが日本の向かうべき方向性を見出す。教育の仕組み、カリキュラム、学校制度…現状を緻密に分析し、これからの日本に必要な教育を具体的に提言する。

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