―『「IT断食」のすすめ』を読ませていただいた中から、まず「IT中毒」に関してお聞きしたいのですが、 現代人は多かれ少なかれITに依存して生活している部分が必ずあると思います。
「依存は悪くないんですよ。過度の依存が問題なんです。読み物として興味を持ってもらうために『IT断食』とか
『IT中毒』といった刺激的な言葉をあえて使っている部分があるのですが、この本で訴えたかった問題点は、
私たちの生活からアナログの時間が奪われている、ということです。人間の生活の基本はやはりアナログだと思うんですね。
会いに行って直接話してみる。でも、今はメールやツイッターで済んでしまうじゃないですか。それがひどくなると、
ツイッターのどうでもいいつぶやきにわざわざ返答したりして、ITのツールを使うことに時間を奪われてしまいます。
そこには気をつけなければいけませんよね。
それともう1つ、組織としての話ですね。2・6・2の法則というのをご存知ですか?
これは人が集まると2の出来る層と6の中間層、そして2の出来ない層に分かれるという法則なのですが、
日本はもともと6の中間層の質が高かったんです。ところが、ITによって6の質が低下してきている」
―つまり、中間層がどんどん出来なくなっている。
「そうです。高いパフォーマンスを出せる人は、IT中毒になっていてもちゃんと結果が出せるんですよ。 ところが、中間層がIT中毒になってしまうとパフォーマンスが落ちてしまう。これは大問題ですね」
―重度のIT中毒者の特徴はどのようなものがあげられますか?
「終始、ITに追いまくられている状態ですよね。フェイスブックで『いいね!』が押されるだけで携帯電話に通知が来るとか。 インタラプションってすごく怖いんですよ。集中して話しているときに、割り込んでくるわけですから。 ITを通じたコミュニケーションが、集中している状況を途切れさせてしまう」
―なるほど。確かにそうですね。では、IT中毒になりやすい人の性格はどのようなものですか?
「より多くの情報を得たい、多くのコミュニケーションを取りたいというのは本能に根ざしている部分ですから、 誰でも陥る可能性があります。これは例えば食欲と一緒です。ダイエットは理屈からいえば簡単ですよね。 いかに摂取カロリーを抑えるかということが大事になるわけですが、それが出来ない。なぜなら食欲は本能に根ざしている欲求だからです。 同じようにもっとコミュニケーションしたいというのも本能なんです。それは本書の中で特に力を入れて書いているところでもあります。 人間が動物界の中で支配的な地位にいるのは知的能力が高いからですよね。種が生き残るための知的能力を使うためには、 より多くの情報をインプットしないといけません。さらに個々が持っている知的能力を連結、 融合させれば知恵はさらに拡大するわけですから、コミュニケーションをしたがるんです。だから性格に限らず、 全員が陥る可能性がありますね」
―山本さんご自身でそういう状況になっていると自覚されたことありますか?
「ありますね。毎日すごい量のメールが届くのですが、それをさばくのに時間が奪われるわけですよね。 でも、私は経営者として一番大事なことは決断することだと思うんです。その時間が奪われてしまうのは良くありません」
―社長や経営者は本当にすごい量のメールが届きますよね。山本さんはそういったメールを抑えるためにどのような対策を講じていますか?
「社内においてはメールのCCを禁止にしています。CCは念の為とか、とりあえず入れるということで使うじゃないですか」
―そうすると、いざとなったときの言い訳にもできますよね。
「そうなんですよね。だから毎日届くすごい量のメールの多くはCCになってしまう。 CCを入れないというのは、その『念の為』のためを排除するためです。見て欲しいメールは、 CCじゃなくてTOに入れて送ってもらうことにしていますが、それによる不都合は全く生じていません。 先日、フランスのIT企業で社内メールを禁止するというニュースが流れましたよね。 経営者の立場からしてみれば、メールの対応で細切れになった時間が不利益をもたらすと考えてもおかしくはありません」
―ITによって生まれる不利益について、他にはどのようなものがあげられますか?
「ITツールの安直な便利さによって、中身の質が奪われている部分はあるでしょうね。 例えばプレゼンテーションツールが挙げられますが、機能が進化して体裁だけは格好いいプレゼン資料が誰でもできるようになりました。 けれど、最も大事なものは中身ですよね。中身を考える時間が奪われても、体裁だけはなんとかできちゃうんですよ。 それで出来た気になっている。安直な便利さに溺れることによってアウトプットの質が落ちてきていると思います。 メリットがあるものには、必ずデメリットもあります。でも、ITって今までメリットばかりが前面に押し出されてきましたよね」
―確かにそうですね。
「でも、デメリットもある。その問題提起の部分が大きいですね」
―知らないうちに時間が奪われている感じがしますよね。
「これは極端な話ですが、会社の業績が悪くなるとまず出張費が削られたりします。 でも私は、ITの予算を10%減らしてもちゃんと出張して、現場に行って担当者と会ったほうがいいと思うんです。 もともとこの本を書こうと考えてディスカッションをしたとき、これから先、さらにITの機能が発展したら、 10年後にはアンドロイドのアイドルが秋葉原で歌ったりしているかも知れないという話も出ました。繰り返しになりますが、 メリットがあるものはデメリットもあるということを自覚しておくべきです。この本の『はじめに』でも書かせていただきましたが、 これまでのすべてのテクノロジーは油断と慢心によって人間に牙をむいてきているんですよ。産業革命からは公害が生まれましたし、 今回事故が起きた原子力発電所もそうですよね。これはITも一緒です。 今まで表立ったデメリットがないから分かっていない人も多いと思いますが」
―本書の中に、ITによって便利になったけれども、それが結果に結びついていないと書かれていましたが、 結果という視点から考えたITとの理想的な付き合いとはどのようなものですか?
「大事にすべきアナログの時間をより多くつくるために、ITを使うべきです。 ITを使うことによって便利になることはとてもいいことなんですよ。面倒くさいことはテクノロジーに任せてしまえばいい。 その空いた時間を誰かに会って話してみるとか、本屋をまわってみるといったアナログ行動に費やすべきなんです。 ITによって、ビジネスにおいても誰もが同じ技術を手に入れることができるようになったわけですが、 いくらパワーポイントが最新版であっても案件獲得に寄与できるかどうかはまた別の話ですよね。結局はアイデアであって、 それはアナログ時間を使って集めてくるものだと思います」
―IT機器を先取りしたいという欲も多くの人が持っていますよね。 でも、先取りしたい欲が先行してしまっていて、ITを何のために使っているのか目的がなくなってしまっているのかも知れません。
「おっしゃる通りで、あまりにもいろんな場面でITが使えるので、目的が塗りつぶされているんですよ。使うことが目的になってしまっている」
―本書の中で述べられている「IT分解力」についてお聞きしたいのですが、これはどういった力のことでしょうか。
「うまくITの機能を使いこなして、アナログの時間をより多く作ることができる力のことですね。 そういったことができる人は『IT分解度』が高いといえます」
―何を目的としてITを使うのかわかってくると、時間が上手く回り出すのかも知れませんね。
「そうですね。もちろん、ITを仕事にしている人はそれが仕事場なわけですからいいんですよ。 でも、多くの人はそうじゃないはずです。実際に現場に行ってみるなどして、 相手の目を見てコミュニケーションを取るということが大切なんですよね。去年、今年と仕事でインドに行きましたが、 やっぱり実際に行ってみないと分からないことは多いですよね。あの熱気、匂い。それらは写真や動画じゃ分かりません。 逆に行ったことのある人の言葉にはリアリティがあります」
―IT断食を実践する上で、どのように始めてみればいいのでしょうか。何か具体的な方法はありますか?
「例えば休みの日は携帯電話を置いて外に出てみるなどでしょうか。IT断食を試してみることによって、 自分がIT機器に取られていた時間の膨大さに気づくことが大事なんです。また“断食”といってもこれは1つのレトリックであって、 本質的にはITに依存している自分に気づくために、そういったことをしてみたらどうか、ということなんです」
― 一度離れないとなかなか分からないですよね。でも、おそらく最初は不安になると思います。
「そうでしょうね。今、子どもたちが、携帯電話の持ち込みも全部禁止して一週間山の中で冒険するレクリエーションが人気なんだそうです。 子どもたちはITへの依存度が高いですから、安直な便利さとともに困難から逃げることができてしまうんですよね」
―『「IT断食」のすすめ』ですが、特にどのような方に読んで欲しいと思いますか?
「現在働いている人、もしくはこれから社会に出て行く人に読んで欲しいですね。基本的には組織の中での話をしているため、 ビジネスに携わっている方には読んでいただきたいです」
―では、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
「アナログ時間を大事にしよう、ということですね。ちゃんと現場に行って当人に会う。
そのために時間をさいてください、と伝えたいです」