- 定価:
- 1,600円+税
- 著者:
- 五島一輝
- ISBN-10:
- 4863671865
- ISBN-13:
- 978-4863671867
■ 言いなりになるから失敗する「ICT導入」
―― 『業績をあげるとっておきのICT活用術』はICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)を導入しても業績があがらない中小企業向けに書いた、ICT活用の入門書ですが、本書を執筆した経緯を教えていただけますか?
五島さん(以下敬称略):私自身、IT業界に長くいるのですが、ICTの知識がないためにおかしな選択をしてしまっている中小企業が多いように思ったんですね。他のもので置き換えると、自動車を買うべきなのに自転車を買ってしまったり、軽自動車でいいのに、ベンツを買ってしまったり、というようなイメージです。
前者の場合、「とにかく安く」と求める中小企業側に、とにかく買ってもらいたいベンダーが安易に迎合してしまい、結局役に立たないものを購入してしまう。「安物買いの銭失い」というわけです。後者の場合は、ベンダー側も悪意があって余計なものを買わせているというより、「もしかしたら相手が困るかも」と過剰に心配して、オーバースペック(過剰仕様)のものを提案していることがよくあります。
―― なるほど。
五島:一方、中小企業側も知識がないので、疑問に感じていたとしても、結局それを受け入れてしまう。その結果、役に立たない、あるいは、まったく使いこなせいということになる。そういった背景があったので、何か力になればというところで本書を書いたのです。
―― 去年、Windows XPのサポートが切れましたが、いまだに使い続けている人もいます。ICTにまつわる知識がないとそういった変化に対応できにくくなりますよね。
五島:XPを使い続けていて、セキュリティで問題が起きたら取り返しがつきませんからね。ところが、ただバージョンアップすればいいという話でもありません。これは非常に厄介な問題なんですよ。
使っているソフトがXPじゃないと動かなくなる、そういったことで悩んでいる中小企業が結構あるんです。裏技的な対処法もありますが、必ずうまくいくとは限らない。新しいOSに対応しているソフトを入れるとまた大きな費用がかかる。
これは納得いくものではないですよね。資金的に余裕があれば渋々でもやるのでしょうけど、あまり余裕がないと後回しになってしまいます。
―― 中小企業がICTを活用できていない一番の問題はどこにあると思いますか?
五島:一つだけ挙げるとすれば、経営者が「俺はITが分からない」ということで、ベンダーや社員に丸投げしてしまっているところでしょう。そうなると、経営者にとってしっくりこないICTが導入されることがあり、使い始めると違和感を覚えるということがよくあるんですね。
どういうことかというと、経営者と社員はITに対して少し違った見方をするんです。社員は自分たちの業務効率が上がるようにするという視点ですが、経営者は利益という点に着目しています。
丸投げすると、ある社員の仕事は楽になったけど、それで終わり、場合によっては他の社員の仕事が増えてしまったなど、利益に結びついていないということになる。結局、個別最適なんですね。現場で働いている社員に経営者の考えを理解することは難しいですし、会社全体を俯瞰する全体最適の観点を持つことも難しい。ですから、まずは経営者側が無関心から抜け出すことが大事なんです。
―― 人に任せるのではなく、経営者が求めることを具体的に示すことで関わっていくこと必要があるということですね。
五島:そうですね。社内のいろいろな人の意見を聞くことは大事ですが、それぞれ、自分の担当としている持ち場に一番興味を持つことは当たり前ですよね。だから、社員に、会社全体のことを考えろというのは難しいし、現実的ではないんですよ。経営者の想いは、やはり経営者でないとわかりません。
―― この「ICT」はもともと「IT」から派生した言葉ですが、特別な意味があるのですか?
五島:「ICT」は業界がつくり出した言葉です。「IT」においてもコミュニケーションが重要視されることが多くなり、「IT」の進化版と感じてもらうために打ち出した用語です。「IT」と何が違うかというと、実質的に差はないと言っていいでしょう。
―― ICTを使いこなせていない企業に共通する特徴はありますか?
五島:いくつかありますが、代表的なのがコストの観点だけで判断してしまうことですね。「ICT導入にいくらかけたら、これだけコストが下がる」ということだけ考えて進めていくと上手くいきません。ICTだけでコスト削減できるわけではないですから。それを使いこなす人たちの意識が大切です。
日本の場合、現場の担当者たちは実は優秀な場合が多い。自ら工夫もできます。ただ、ソフトウェアに融通が利かないと、工夫の余地がなくなり、「もっと効率を上げていこう」という気概までなくなっていくんです。このあたりにどう配慮するかで、導入効果は結構違ってきます。
どうしてもICT単独で効果を求めがちになりますが、導入の際は人が使うツールであることを意識しておくべきです。そうしないと、狙った効果を出せないままになってしまいます。
―― 企業において特に重要視すべきがセキュリティ面です。ウイルス対策ソフトなどを入れながら情報漏洩に努めないといけない部分ですが、中小企業に取り巻く環境はいかがですか?
五島:中小企業の場合、セキュリティに関する知識は、大抵の場合高くない。ウイルス対策ソフトを入れているものの、あるパソコンのウイルスの定義ファイルが更新されていなかったとか、OSだけではなく、OfficeやAcrobatなども含めたセキュリティアップデートの状況を全社的には把握できていないとか、ということはよくあります。このように、ウイルスなどに対する感染対策も十分とは言えない企業もまだまだあります。
ただ、より深刻なのは情報漏洩への対策です。故意、過失を問わず、対策が出来ていない企業が多い。経営者としては社員を信じるというところになるのでしょうけど、例えば電車の中にノートパソコンを置き忘れたなど、過失で漏洩してしまうこともあります。
だから、社内からデータを持ち出す場合は、暗号化などの手続きをきちんと踏まないと持ち出せないようにするなどして、漏洩リスクを低減するようにしておく。そうすることが、取引先だけではなく、社員の為でもあるということに、是非、気付いてほしいですね。
■ 中小企業の経営者が知っておくべき、ICTとの付き合い方
―― ICTに疎いからといって、パソコンなど機器周りや、クラウドなどのサービス選定のことを社員に任せきりになると失敗しやすいというお話は、ICT導入を外注する際も同様のことが起こりそうですね。
五島:そのとおり。プロの業者に外注するケースでも、残念ながらよく起こります。社員任せでも外注でも、失敗するときは共通して見られる傾向があって、それは導入することがゴールになってしまっているという点ですね。導入は本来スタートなのです。
ですが、真剣に取り組めば、導入には大きなエネルギーが必要になります。そうなると、本書で言っている「自発的変身」という、ICT環境の変化に自在に適応するという発想までは気が回らなくなる。最も、そうでなくてもこの発想はおきざりにされやすい。どちらにせよ、この発想がなかったことを悔やむときがいずれやって来ます。
―― ICTの世界は非常に変化が速く、すぐにバージョンアップしますし、新しいソフトウェアも出てきます。中小企業からしてみれば追いつくのも大変というような感じだと思うのですね。そんなとき、企業側はどこまで対応していけばいいのでしょうか。
五島:ICTの場合、単独で利益を上げる効果を期待するのはナンセンスです。ICTは常に人とセットです。使う人次第で効果は変わるし、使っていくことで気付く知見を積み上げられれば、効果はどんどん高まっていきます。
そういう意味では、従来の設備投資と同じ発想から離れる必要があります。導入した後でICTの効果をどう高めていくかということに意識を傾けるのが妥当です。
バージョンアップについては、必ずしないといけないわけではありません。自分たちがどういうことをしたいかというのが起点になって導入を進め、使っていく中で気付いた改善点について検討する。そして、もし改善点を取りこむならば、バージョンアップをしましょう。こういった発想が大事で、その発想に対応できるICTであることも、同じように大事なのです。
―― 「従来型の設備投資の考え方」とは?
五島:例えば、3000万円の機械であれば1分間に30個造れますが、6000万円の機械であれば、1分間に100個造れます。受注見込みなどを踏まえ、どちらの機械を導入しますか?という類の考え方です。この考え方は、ICT導入にはそのままでは当てはまりません。
使いこなす人の習熟度や工夫、顧客や取引先への影響などが複雑に絡み合い、通常、効果測定は極めて困難です。その割には当てにならず、徒労に終わります。もっと他のことにエネルギー費やす方が賢明です。
パッケージソフトのように、改善ができない、あるいは改善できたとしても現実的ではないようなICTを利用する場合、使い捨てなんだと割り切った方がいいかもしれません。
5年使うつもりで購入しても、3年でバージョンアップしないと使い続けられなくなったというときは、そこで使い捨てる可能性もあり得ると、始めから想定しおくのです。ICTの技術革新や環境変化は将来予測が難しいので、導入時に完全に計算することはできません。
―― なるほど。
五島:だから、はじめの段階でこれは使い捨てるものなのか、「継続的改善」をしながら使い続けていくものなのか、しっかりと決めた上で導入すべきだというのが、私の持論です。そうしないと、先のようなケースで、思いもよらぬ大きな出費を強いられたり、判断を誤ったりしてしまいます。
―― ところで、話は変わりますが、ICTの導入において、専門家であるエンジニアの役割はとても重要だと思います。そこでお聞きしたいのですが、エンジニアに求められる資質や経験とは、どんなものでしょう?
五島:システム構築の場合のことが面白と思うのでお話しします。意外と知られていないことですが、システムを構築する際、始めの方の段階の仕事に求められる資質と、終わりの方の段階で求められる資質はかなり違います。正反対と言っていいかもしれません。
システム系の仕事は理系の人が向いていると思われがちですが、システム構築を企画している段階では、芸術家タイプの素養が必要だと私は感じています。つまり、頭が柔らかい人ですね。
理系出身者の場合、なんでもきっちりとやりたがる人が多い。ものすごく細かいリスクの洗い出しとか、きっちりした正確な処理手順とか。提示された要望や条件を分析して問題点を分析するようなことは得意ですが、漠然とした内容だと戸惑ってしまい、なかなか前に進まない。
漠然とした内容から何かを掴むためには想像力が必要です。もやっとした話にもヒントは隠されています。想像力を発揮してヒヤリングにより引き出して形にする。当社のキーコンセプトである「想像して創造する」、この意味がまさにこういったことで、企画段階で非常に重要な素養です。
リスクを考えたり、正確な処理手順を決めたりすることは確かに大切ですが、そればかり考えていると、使いづらくなってしまうことが多い。一言で言うと「固い」ものになってしまうのです。例えば、1→2→3という手順でしかできなくなってしまう。作業によっては1→3→2という流れになることもありますよね。
大企業ならば、大抵の場合、業務プロセスが固まっているのですが、中小企業の場合は顧客の都合や業務の効率化などの理由から、業務プロセスが変わることも結構多い。だからICTを「柔らかい」ものにすることが必要で、そのためエンジニアにも柔軟な発想が必要になります。
―― それは非常に良く分かります。
五島:ただ、工程を踏んでいき、最後の段階になると、ガラッと変わって理系の緻密さが求められます。つまり正確さですね。システムは基本的に一文字でも間違うと動かないので、正確性が要求されるのです。
―― 必要な人材が工程の中で変わってくる。
五島:そうなんです。システム構築の世界では上流と下流という言い方をするのですが、上流はえらくて、下流は下請け的な扱いをされる傾向があるように感じます。ただ、それは適性が違うというだけですし、下流の工程が向いている人間が無理して上流に行こうとすると不幸なことになってしまうこともある。
上流・下流に優劣はなく、全てが大事な仕事です。ただ、そうは見ない風潮があるように感じるのは残念ですね。
―― この傾向は今後も続くのですか?
五島:そうではありません。システムの構築手法は変わっていきます。既に変わり始めています。詳しくは割愛しますが、もっと、混沌とした構築手法になっていきます。
といっても悪い方向に変化するのではなく、もっと柔軟に、ゆえに混沌としたものに変わっていくのです。システムを必要とする人の要望をより柔軟に、そしてより早く実現できるようになっていきます。「想像して創造する」ことが益々重要になってくるはずです。
―― 今後、ICTの活用術を記した本書の価値はさらに上がっていくと思いますが、その点はいかがでしょうか。
五島:ICT活用が企業の業績に与える影響は、今後大きくなる一方だと思っています。だから中小企業の経営者は、「ITが苦手」という口上で逃げ続けるわけにはいかないということに気づいてほしいのです。ICTはすでに経営の一部です。うまく活用して業績に貢献させる最終責任は経営者にあるのです。
もちろん、技術そのものを知るべきというわけではありません。でも、経営者もICTには意識を持って関わり合い、自分の想いを具体的に伝える努力はするべきです。始めはICTとは関連のうすい、一見的外れな想いであったとしても、伝える努力を続けていけば勘所が分かるようになります。すると、ICTの効果も高まっていくのです。
―― 冒頭の「丸投げをしない」というところに辿りつくわけですね。
五島:そうです。本書を読んで、理解できないところはあると思いますが、どこか引っかかるところがあれば、そこをきっかけに自分がICTに関与していくということを今まで以上に考えてほしいです。もし分からないところがあった場合は、私に質問してくださればお答えします。
―― では最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。
五島:ICTはどうしても同質化する方向へバイアスがかかりやすい傾向があります。この点はまず覚えておいてほしいです。
その上で、自分たちの長所や特徴を活かしながらICTを使うという形で取り組んでいってもらいたいです。それが業績の向上へつながる近道になると思います。ぜひ、自分たちの個性や長所、差別化ポイント、お客様から評価されている部分を磨きながらICTを導入してもらえれば嬉しいですね。
(了)
- 第1章:
業績向上の足を引っ張るBADチョイス -
- BADチョイスを知れば、今やるべきことが分かり、未来の選択も誤らない
- 業務の効率や品質が改善しないBADチョイス
- 欲しい情報が手に入らないBADチョイス
- 顧客の要望に応えられない、商機を逸するBADチョイス
- 無駄な出費となってしまうBADチョイス
- 第2章:
自社の磨くところをチョイスしょう -
- 自社の長所を見つける、伸ばすところを定める
- 意外に気付いていない自社のいいところ見つける
- 経営者自身の直観や嗅覚を信じる
- 第3章:
業績向上に繋がるICT活用アイデア -
- ICTを活用して自社の強みを磨きあげよう
- 顧客サービス・顧客満足度で業績向上を目指すためのICT活用アイデア
- スピードで業績向上を目指すためのICT活用アイデア
- 業務の品質・効率アップで業績向上を目指すためのICT活用アイデア
- 取引先との連携で業績向上を目指すためのICT活用アイデア
- 第4章:
業績向上のアイデアを実現できる仕組みとは -
- 自在に改変可能なICTの仕組みがあれば、経営者の想いをICTで形にできる
- 仕組みに求めることを間違えるとどうなるのか
- 仕組みに求める2つの重要キーワード「継続的改善」と「自発的変身」
- 「継続的改善」がもたらすメリット
- 「自発的変身」がもたらすメリット
- 「継続的改善」が可能な仕組みを手に入れる方法
- 第5章:
業績向上を実現するための調達先・調達方法とは -
- 「継続的改善」や「自発的変身」の要否により調達の仕方を使い分ける
- 「継続的改善」も「自発的変身」も不要な場合の調達の最適解
- 「継続的改善」や「自発的変身」が大切な場合の調達の最適解
- 調達の依頼先と良好な関係を気付くための最適解
五島一輝
1959年生まれ。東京都出身。東洋大学文学部英米文学科を4年で中退。生産性本部認定経営コンサルタント、ITコーディネーター、システム監査技術者。数多くの情報システムの構築やICTの導入にコンサルタント、PM、SEとして従事。販売管理、生産管理、物流、在庫管理、財務・管理会計、人事などの基幹系に加え、ECサイト、会員サービスサイトなど、インターネット系やモバイル系まで多岐にわたるシステムに携わり、中堅・中小企業が必要とするICTの大半に精通。2000年に(株)アイティープランナーズを設立し、代表取締役兼ICTコンサルタント
- 定価:
- 1,600円+税
- 著者:
- 五島一輝
- ISBN-10:
- 4863671865
- ISBN-13:
- 978-4863671867